月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第十二話 肉腫(4)

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 今にも話し出しそうなぐらいの迫力を持っていた。

「ずっと母親の言うがままなんだな」

 思わず口を突いて言葉が出た。何となく感じていたことだった。

「生まれた時からそうです。私は本当に病弱な子供で……しょっちゅう身体を悪くしていました。母親はどこへ行く時も私を連れ歩くのです。体力がなくてへとへとになってしまいました」

 サロメは必死に、息苦しげに言葉を続ける。 

「いつから肉腫が出来たんだ」

「六歳からです。本当なら学校に通い始める年齢でした。楽しみにしてたのに。私はその可能性を永遠に断たれたんです。背中に痛みを感じて気がついたらどんどん腫れが大きくなっていきました。最初のうちこそ動けたんですが、日を追うごとに大きくなっていって」

「普通、そこまでの病気なら死ぬはずだが……」

 フランツが放ったのは時に相手の心を抉る言葉だったが、サロメは妙に口調を明るくして、

「死ねないんです! 死ねるならどんなに楽だったでしょう。私はあの母親からおさらばしたいんです。母はわたしのすることなすことを全て管理しています。二十歳も近いのに裸にされて身体を拭かれたり、排泄の世話までされるのは屈辱です。それぐらいのこと自分で出来るのに」

――あの母親あらばこそ、この娘ありとでも思えるほど饒舌だな。

 フランツは皮肉っぽく思った。

「お前の場合、もうどちらに転んで助からないようだから、死ぬのが一番良いな」

 フランツは自分の残酷さを感じながら静かに言った。

「そうでしょう。何度も死のうと試みているんです。でも、果たせなくて。これでもまだ動ける時は首が吊ろうとしたこともありました」

「だが、結局出来なかったんだろう。出来もしなかった過去を悔やむのは無駄でしかない」

「母親は私に早く結婚して子供を産むことを求めていました。幼い頃からずっと言い聞かされてきて自分の人生と同じ人生じゃないと幸せになれない。そう思っていました。私を学校にすら通わせようとしなかったほどで。その時は生きていた父が反対して、通うことになったのに、病気のせいでだめになって……。お金もまだあったから、辛うじて家庭教師に字を教えて貰うことは出来たから、本を読んで、外の世界に憧れて暮らしました」

 サロメは無視して続けた。

 フランツも読書好きである以上、その気持ちは理解できた。自分の行ったこともない世界を知るのは本を読むのが一番だからだ。

 だが、オドラデクとの会話でも言ったように今フランツは世間を旅をする身だ。

「お前のは想像の世界だろう。俺は現実を少しは見て知っている。お前のようなひ弱な人間が生きていけるほど、甘くはない」

――なぜ人は自分より経験のない者に対しては優越感をさらけ出せるのだろう。

 言った後で、自分の発言に含まれた高慢さに気付いて、嫌な気持ちになるフランツだった。

――ルナ・ペルッツはそうじゃなかった。やつは誰に対しても優越感なんて持たず、自分の好悪をはっきり示した。ある意味対等なその態度は分かりやすかった。


  心なしか、フランツはルナのことを思い出していた。

――赤ちゃんのような奴だった。

  フランツは自然と笑みになった。

「どこだって、母と私の閉じた世界だけよりはましです!」

  首を無理に曲げて振り返り、サロメは怒っていた。
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