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第一部
第十二話 肉腫(2)
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この宿の客なのだろうか。確認する術が思い付かない。
「誰か連れがいるはずですよ」
フランツも同じことを思ったが、オドラデクに肯うのは気持ち悪いので黙っていた。
「どちらにしてもこの部屋に留まっていると色々まずそうです。女性と大の男が三人一緒、なんてね」
さっと顔を赤くしたフランツの肩を指で突きながらニヤニヤしてオドラデクは出ていった。
「さーて、まず宿屋の主人から聞きましょう」
誰とでも話せてしまうオドラデクは先に階段を降りていった。
フランツは一人廊下に取り残されつつ、ぼんやり飾られた絵を見つめていた。
すると階下から泣き声が聞こえてきた。
「あいつ……」
フランツは苛立たしくつぶやいて降りていった。
カウンターの前で、一人の女がハンカチを手に泣いていた。
見るからに上階の少女の母親らしい。
オドラデクは笑顔のまま、顔の下半分だけを歪めていた。
「ぼくはただ単にあの部屋の女の子の話をご主人としていただけなんですよ。そしたらこの御婦人がいきなり泣き始めて」
「申し訳ありません。子供のようなやつでして」
フランツは母親の前で平謝りに謝った。
母親はなおも泣き続けていた。
「もう何日も前から泊まっていらっしゃるお方でして、しかし宿代もろくに頂いていないんです。そろそろ出ていって頂かなければなりません」
うんざりしたように店主が口を挟んだ。
「どこにもいくあてがないんです。病気の娘を抱えて、一体どこへいけばいいんでしょう? 私には夫もありませんし身寄りもありません。家財一式だって売り払ってしまっているんですよ。ああなんて惨いことばかりいうんでしょう。お金さえ取れればそれでいいんですか。まったく何て阿漕《あこぎ》な方なんでしょう! 娘は病気なんですよ。いつ死んでもでもおかしくないんです。娘を少しでも動かして死んだりしたら、一体どう責任を取ってくれるんですか。大事な大事な、この世に一人しかいない娘を! なんて惨い! ひどい! ひどすぎるっ!」
堰を切ったように母親はまくしたてた。流石の主人も毒気を抜かれて黙り込んでしまった。
「なんか凄まじいですね」
オドラデクも身を屈めてフランツに耳打ちしたほどだった。
フランツは返事しなかった。代わりに主人に向かって、
「俺が出します」
と言い懐から何枚もの紙幣を取り出した。資金はシエラレオーネ政府から潤沢に貰っていたからだ。
「あちゃー。甘々ですねえ」
オドラデクが額を押さえるポーズをした。
「ありがとうございますっ!」
今までの涙などどこへやら、女性は顔を輝かせてフランツの手を握った。
フランツはどぎまぎと握り返した。
「娘の病気のありさまを見て、助けてくださったのですね! 心から感謝致します」
言葉の割りに随分と軽薄さを感じた。もう何度も何度もその言葉を繰り返しているような。
「いえ、見るに見かねてって感じで……」
「ありがとうございます。むさ苦しいところではありますが二階に上がりましょう」
押っ被せるように母親は言った。
三人は連れ立って元の部屋に戻ることになった。
「誰か連れがいるはずですよ」
フランツも同じことを思ったが、オドラデクに肯うのは気持ち悪いので黙っていた。
「どちらにしてもこの部屋に留まっていると色々まずそうです。女性と大の男が三人一緒、なんてね」
さっと顔を赤くしたフランツの肩を指で突きながらニヤニヤしてオドラデクは出ていった。
「さーて、まず宿屋の主人から聞きましょう」
誰とでも話せてしまうオドラデクは先に階段を降りていった。
フランツは一人廊下に取り残されつつ、ぼんやり飾られた絵を見つめていた。
すると階下から泣き声が聞こえてきた。
「あいつ……」
フランツは苛立たしくつぶやいて降りていった。
カウンターの前で、一人の女がハンカチを手に泣いていた。
見るからに上階の少女の母親らしい。
オドラデクは笑顔のまま、顔の下半分だけを歪めていた。
「ぼくはただ単にあの部屋の女の子の話をご主人としていただけなんですよ。そしたらこの御婦人がいきなり泣き始めて」
「申し訳ありません。子供のようなやつでして」
フランツは母親の前で平謝りに謝った。
母親はなおも泣き続けていた。
「もう何日も前から泊まっていらっしゃるお方でして、しかし宿代もろくに頂いていないんです。そろそろ出ていって頂かなければなりません」
うんざりしたように店主が口を挟んだ。
「どこにもいくあてがないんです。病気の娘を抱えて、一体どこへいけばいいんでしょう? 私には夫もありませんし身寄りもありません。家財一式だって売り払ってしまっているんですよ。ああなんて惨いことばかりいうんでしょう。お金さえ取れればそれでいいんですか。まったく何て阿漕《あこぎ》な方なんでしょう! 娘は病気なんですよ。いつ死んでもでもおかしくないんです。娘を少しでも動かして死んだりしたら、一体どう責任を取ってくれるんですか。大事な大事な、この世に一人しかいない娘を! なんて惨い! ひどい! ひどすぎるっ!」
堰を切ったように母親はまくしたてた。流石の主人も毒気を抜かれて黙り込んでしまった。
「なんか凄まじいですね」
オドラデクも身を屈めてフランツに耳打ちしたほどだった。
フランツは返事しなかった。代わりに主人に向かって、
「俺が出します」
と言い懐から何枚もの紙幣を取り出した。資金はシエラレオーネ政府から潤沢に貰っていたからだ。
「あちゃー。甘々ですねえ」
オドラデクが額を押さえるポーズをした。
「ありがとうございますっ!」
今までの涙などどこへやら、女性は顔を輝かせてフランツの手を握った。
フランツはどぎまぎと握り返した。
「娘の病気のありさまを見て、助けてくださったのですね! 心から感謝致します」
言葉の割りに随分と軽薄さを感じた。もう何度も何度もその言葉を繰り返しているような。
「いえ、見るに見かねてって感じで……」
「ありがとうございます。むさ苦しいところではありますが二階に上がりましょう」
押っ被せるように母親は言った。
三人は連れ立って元の部屋に戻ることになった。
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