上 下
116 / 526
第一部

第十二話 肉腫(1)

しおりを挟む
ロルカ諸侯連合東部――僻村キローガ 


 スワスティカ猟人《ハンター》フランツ・シュルツは眼を見張っていた。

 寝台にうつぶせに横たわる少女の背中には大きな肉腫が開いて中が見え、表皮にはかさぶたのように赤黒い血がわだかまっていたからだ。背骨や肋骨が浮いて見えるほど痩せこけている。

 その栄養全てを貪食するかように、肉腫は太りきっていた。身体の半分ほどの皮膚が膨れ上がっているのだから。少女は背中の部分だけ大きく穴を開けられた服を着ている。

 よく眼を凝らしてみると、その中には人の顔があった。黒い血の中に出来た歪んだ皺が、そうであるかのように見えたのだ。

 少女はあえいで枕を握り締めていた。熱があるようで顔も赤くなっている。

 その身体が揺れるごとに肉腫も動き、まるで人のかたちをした皺が喋り出すかのようにも見えた。

「スワスティカの残党の仕業、ですかねえ」

 青年の姿となったオドラデクは横に立ち、小首を傾げる振りをしていた。本来は人ではないのだから、そのようなことはしなくて良いのだ。

 事の起こりはこんな風だった。

 フランツとオドラデクは二三時間前にこの町に辿り着いたばかりだった。

 総選挙が近いため各村で政治運動が盛り上がり、駅ごとに熱く議論しながら多くの客が乗り込んでくるトゥールーズ国内とは違って、民主制を採用していないロルカ諸侯連合では打って変わって静かな汽車旅を楽しむことが出来た。

 ここから乗り換えて北部に移ろうとしたのだが、なんと明日にならないと汽車が来ないという。

 仕方なく宿の二階に部屋を借り、フランツはベッドに横になって旅の疲れを休めようとした。

「相変わらず気難しい顔しちゃって」

 オドラデクはふざけていた。

「……」

 すぐに眠気はやってこないと分かっていたので、フランツは無言のまま本を読んでいた。親交があった綺譚収集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツを真似たわけではないが、フランツも読書は好きだ。

「本で旅をするとか言う気取った御仁もいますけど、あなたの場合旅をしているのに本を読むんですか」

 逆にオドラデクが本を読んでいる姿を見せることは少ない。ほとんど鞘の中にいるからだが。

「……」

 フランツは返事をしなかった。

「つれないですねえ。なら、ぼくは勝手に出ていっちゃいますよ」

「やめとけ」

 そう止める暇もあらばこそ、オドラデクは外へ飛び出していった。

――まったくどこかの誰かのようだな。

 ルナの顔を思い浮かべながら、フランツは本を読んだ。

「ねえねえ」

 だが十分もせずにオドラデクは戻ってきた。

「面白いものを見付けたんですけど」

「知らん。お前にとって面白いものが俺にとって面白いとは限らん」

「相変わらず理屈っぽいんですね。なら、見てみないことには分からないでしょ。近くの部屋ですよ」

「面白くなかったらなんかくれるのか?」

「さあ、ぼくの糸で良ければ存分に」

 オドラデクはにこりと笑った。

「いるか。そんなもん」

「じゃあ、死んでしまうかも知れませんね」

「お前が? なら望むところだ」

「悲しいなあ。でも死にかけてるのはぼくじゃない。女の子です」

 フランツは立ち上がった。

「へー。あなたも年頃なんだな。女の子なら救いたいと思うものなんですか?」

「……」

 フランツは無視して部屋の外へ出た。

「どこだ?」

「三つ扉を置いた部屋」

 扉の間隔は短い。フランツは足早に近づき中に入った。

 そして、今の光景を目の当たりにしたというわけだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷遇ですか?違います、厚遇すぎる程に義妹と婚約者に溺愛されてます!

ユウ
ファンタジー
トリアノン公爵令嬢のエリーゼは秀でた才能もなく凡庸な令嬢だった。 反対に次女のマリアンヌは社交界の華で、弟のハイネは公爵家の跡継ぎとして期待されていた。 嫁ぎ先も決まらず公爵家のお荷物と言われていた最中ようやく第一王子との婚約がまとまり、その後に妹のマリアンヌの婚約が決まるも、相手はスチュアート伯爵家からだった。 華麗なる一族とまで呼ばれる一族であるが相手は伯爵家。 マリアンヌは格下に嫁ぐなんて論外だと我儘を言い、エリーゼが身代わりに嫁ぐことになった。 しかしその数か月後、妹から婚約者を寝取り略奪した最低な姉という噂が流れだしてしまい、社交界では爪はじきに合うも。 伯爵家はエリーゼを溺愛していた。 その一方でこれまで姉を踏み台にしていたマリアンヌは何をしても上手く行かず義妹とも折り合いが悪く苛立ちを抱えていた。 なのに、伯爵家で大事にされている姉を見て激怒する。 「お姉様は不幸がお似合いよ…何で幸せそうにしているのよ!」 本性を露わにして姉の幸福を妬むのだが――。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

ユイユメ国ゆめがたり【完結】

星乃すばる
児童書・童話
ここは夢と幻想の王国。 十歳の王子るりなみは、 教育係の宮廷魔術師ゆいりの魔法に導かれ、 不思議なできごとに巻き込まれていきます。 骨董品店でもらった、海を呼ぶ手紙。 遺跡から発掘された鳥の石像。 嵐は歌い、時には、風の精霊が病をもたらすことも……。 小さな魔法の連作短編、幻想小説風の児童文学です。 *ルビを多めに振ってあります。 *第1部ののち、番外編(第7話)で一旦完結。 *その後、第2部へ続き、全13話にて終了です。 ・第2部は連作短編形式でありつつ、続きものの要素も。 ・ヒロインの王女が登場しますが、恋愛要素はありません。 [完結しました。応援感謝です!]

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【完結】令嬢は異世界で王となり、幽閉されるもざまぁする。

アキ・スマイリー
ファンタジー
【第1部 令嬢勇者アキラ】※TS要素あり。 国王(おっさん)の正体は、悪役令嬢!? 魔王に対抗する為、勇者召喚を行った国王。 だが、邪悪な欲望むき出しのチート勇者に、逆らえる者はいなかった。 妻と娘を奪われ、地下牢に幽閉された国王。辛くも脱出し、森の賢者を訪ねる。賢者は親友である国王に、かつて施したという封印を解く。 それにより国王は、全てを思い出す。自分がかつて、悪役令嬢と呼ばれる存在だった事。そして逆転ざまぁした後に勇者として召喚された、異色の存在だった事を。 【第2部 令嬢魔王リーファ】※TS要素なし 公爵令嬢リーファは勇者の娘で、魔王の隠し子!? 公爵夫人である「勇者アキラ」の娘、リーファ。静かな学校生活を送りたいだけなのに、周囲はそれを許してくれない。 リーファを魔王ともてはやし、勝手に盛り上がって行く有能な十人の使い魔(ファミリア)たち。 ファミリアの活躍で、魔王は善の象徴へと変わっていく。 やがてリーファは誰もが名前を知っている「世直し魔王リーファ」と呼ばれる事に。

婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。

なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。 そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。 そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。 彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。 それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。

倒したモンスターをカード化!~二重取りスキルで報酬倍増! デミゴッドが行く異世界旅~

乃神レンガ
ファンタジー
 謎の白い空間で、神から異世界に送られることになった主人公。  二重取りの神授スキルを与えられ、その効果により追加でカード召喚術の神授スキルを手に入れる。  更にキャラクターメイキングのポイントも、二重取りによって他の人よりも倍手に入れることができた。  それにより主人公は、本来ポイント不足で選択できないデミゴッドの種族を選び、ジンという名前で異世界へと降り立つ。  異世界でジンは倒したモンスターをカード化して、最強の軍団を作ることを目標に、世界を放浪し始めた。  しかし次第に世界のルールを知り、争いへと巻き込まれていく。  国境門が数カ月に一度ランダムに他国と繋がる世界で、ジンは様々な選択を迫られるのであった。  果たしてジンの行きつく先は魔王か神か、それとも別の何かであろうか。  現在毎日更新中。  ※この作品は『カクヨム』『ノベルアップ+』にも投稿されています。

夏の葬列

烏田夕里
現代文学
とある夏の日。 姉妹が不思議な夢を語り出す。

処理中です...