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第一部

第十一話 詐欺師の楽園(17)

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「協力してくれるね?」

 拒むことは出来ない。

 わたしはゆっくりと頷いた。

 それから地獄の日々が始まった。何日も何日も横になって、ハウザーの実験に付き合わされた。

 脈拍や脳波を計られたよ。実験動物《モルモット》の気分だった。

 今は治ってるけど、身体を一部切られたこともあったさ。でも、そんなことを話して何にも面白くないだろ?

 わたしの綺譚《おはなし》は、これでお終いさ。

 拍子抜けしたかい。

 でも、もう話すことはないんだ。

 仕方ないだろ。

 え、ビビッシェはどうしたのかって? 切り離された後、会うことは二度となかったのさ。

 戦後、収容所から解放されてから、『火葬人』として名前が上がってきたのを知ったんだ。

 残虐な行為の数々を犯した悪逆非道の存在――新聞はそう謳っていたね。

 でも、正直わたしには自分が一緒にいた少女と同一人物かはわからなかった。

 写真を見てもそうなんだと思おうとしたけど、拒んでしまうものがあったよ。

 外で起こったことなんて知れる訳ない。私はずっと閉じ込められていたんだから。

 実験室にはいられたから、他の皆のように殺されることはなかった。

 本は自由に読めたし、食事も大層なものを与えられるようになっていった。

 だけど、その代償にハウザーに隅から隅まで調べられることになったというだけの話さ。

 正直、今でも怖い。

 ステラだけがずっと相手になってくれていたんだ。

 はぐれちゃったけどね。またその時も色々悶着があったんだ。これは別の機会に話そう。

 こうしてまた会えたのは嬉しいよ。姿こそ大分変わっちゃってるけど。

 いつか『大蟻喰』の綺譚《おはなし》を詳しく聞く日もくるかも知れない。

 楽しみにしているよ。

 うん。

 わたしの綺譚《おはなし》もまだ、完結していないんだろう。

 わたし自身が、結末を知らないのだから。

 いつ、終わるのかなぁ。

 わたしが死ぬ時かもね。

 ふふふ、そんな顔をしないでよ。
 
 
 語り終えた時にはルナはすっかり晴れやかな顔になっていた。

 焚き火に当たって身体も十分暖かくなったらしい。

 パイプから絶えず煙をもくもくと吐きだしていた。

 大蟻喰は腕を組んで渋い顔をしていた。

「何と言って良いかわからんのだが……」

 ズデンカはイライラしていた。

「感想は期待していないよ、ふぁー、疲れちゃった」

 ルナは大きく伸びをして立ち上がった。

 その時だった。

 ズデンカの鋭敏な、素早く動く物体でも鈍く捉えられる眼に、小さな鉄の塊が向こうから飛んでいくのを。

 もう少し近づかないと分からなかったが、それは弾丸だった。

 ルナを狙っていた。

「危ない!」

 猛烈な勢いでズデンカは前へ身を乗り出し、ルナを地面へと伏せさせた。

「うわっ!」

 ルナはびっくりして叫んだ。その声が辺りに木魂した。

 銃弾はズデンカの頭を突き抜け、山の向かいに飛んでいった。

 傷口はすぐに塞がる。

「大丈夫か! ルナ!」

 ズデンカが振り返った時、その姿はなかった。

「ルナ! ルナ!」

 ズデンカは絞り出すような声で叫びながら下を見た。

 ルナ・ペルッツは山の中腹から転がり落ちたらしい。
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