106 / 526
第一部
第十一話 詐欺師の楽園(8)
しおりを挟む
「断っとくけど。ボクはキミと共闘しているわけじゃないからね。あいつの手にルナを渡しちゃいけないから、仕方なくやっただけの話だ」
大蟻喰は無表情だった。
「ルナとお前は……」
と言いかけてズデンカは口を噤んだ。
青い顔でぼんやりしているルナが訊いているかも知れないからだ。
「なんだよ言い止《さ》して。気持ち悪いやつだな」
大蟻喰は初めて笑った。
「お前ほどじゃねえよ」
ズデンカは吐き捨てた。同時にルナの顔を見る。
ハウザーの顔を見ただけで、ルナは震えが止まらなくなった。まだ青白く、項垂れたままだ。
ルナが少しでも苦しんでいるなら、肩代わりしたい。ズデンカは次第にそう思うようになっていた。
今まで押し隠していたルナの過去を知りたいという気持ちが急激に強くなってくる。
「過去を知りたいんだろ、前も言っていたよね」
その気持ちに押し被せるように、大蟻喰は訊いてきた。
「知っても知らなくても変わりない。ルナはルナであたしはあたしだ!」
ズデンカは自分の望みを絶つかのように叫んだ。
「でも、相手の過去を知ることでそいつを深く理解できるってことはあるよ。ボクの場合、喰ったらいいだけだけど」
と言って懐から肉を取り出した。
「お前は知ってるんだろう」
「知ってる。でも、キミにそれを話したいかは別だ。二人だけの秘密って言っただろ?」
「訊くとしてもあたしはルナから直接訊きたいんだ」
「知りたいなら、話すよ」
ルナだった。
ズデンカと大蟻喰は振り返った。
「ルナ……大丈夫なのか?」
「うん。怯えてばかりもいられないからね」
ルナは苦く微笑みながらパイプを取り出して口に咥えた。
「ああ。こうしてると落ち着く」
「なら、ずっとやっとけ」
とりあえず休める場所を確保しなければならない。ズデンカと大蟻喰はいっせーのーで、ルナを担ぎながら少し小高い山に登って、中腹あたりで焚き火をすることにした。
枯れ木を並べ、ルナのライターで火が点される。
「敵にとったら目印になっちゃうかもね」
大蟻喰は言った。
「仕方がねえ、あたしらは大丈夫だが。ルナが凍え死にそうだ」
「えー、ボクも死んじゃいそうだよ」
大蟻喰はクスクス笑った。
ズデンカは無視して用意を進めた。
「キミは寂しいだろうなあ。自分の身体じゃ暖められないからねえ」
大蟻喰は丸太の上に寝っ転がって言った。
「そりゃ死んでるしな」
ズデンカは表情を隠しながら言った。
「死後の生をルナの世話で送って虚しくならないの?」
「……」
ズデンカは答えなかった。
ルナは微笑みを浮かべて パイプを咥えたまま黙っていた。
「どこから話したらいいかな?」
ルナはいつも以上に優しかった。
「お前と大蟻喰についてだ。他は良い」
「わかった。手短にするね」
「何だよ! ボクの目の前で!」
大蟻喰が子供っぽく喚いた。
「目の前だからこそいいじゃないか。これは言ってみれば、わたしの綺譚《おはなし》なんだから」
ルナは初めて朗らかに言った。いつも使っている手帳を取り出し、ページを開く。
「むう」
大蟻喰はぷくーと頬を膨らませた。
「わたしはね、昔、双子だったんだよ」
ルナは話し始めた。
大蟻喰は無表情だった。
「ルナとお前は……」
と言いかけてズデンカは口を噤んだ。
青い顔でぼんやりしているルナが訊いているかも知れないからだ。
「なんだよ言い止《さ》して。気持ち悪いやつだな」
大蟻喰は初めて笑った。
「お前ほどじゃねえよ」
ズデンカは吐き捨てた。同時にルナの顔を見る。
ハウザーの顔を見ただけで、ルナは震えが止まらなくなった。まだ青白く、項垂れたままだ。
ルナが少しでも苦しんでいるなら、肩代わりしたい。ズデンカは次第にそう思うようになっていた。
今まで押し隠していたルナの過去を知りたいという気持ちが急激に強くなってくる。
「過去を知りたいんだろ、前も言っていたよね」
その気持ちに押し被せるように、大蟻喰は訊いてきた。
「知っても知らなくても変わりない。ルナはルナであたしはあたしだ!」
ズデンカは自分の望みを絶つかのように叫んだ。
「でも、相手の過去を知ることでそいつを深く理解できるってことはあるよ。ボクの場合、喰ったらいいだけだけど」
と言って懐から肉を取り出した。
「お前は知ってるんだろう」
「知ってる。でも、キミにそれを話したいかは別だ。二人だけの秘密って言っただろ?」
「訊くとしてもあたしはルナから直接訊きたいんだ」
「知りたいなら、話すよ」
ルナだった。
ズデンカと大蟻喰は振り返った。
「ルナ……大丈夫なのか?」
「うん。怯えてばかりもいられないからね」
ルナは苦く微笑みながらパイプを取り出して口に咥えた。
「ああ。こうしてると落ち着く」
「なら、ずっとやっとけ」
とりあえず休める場所を確保しなければならない。ズデンカと大蟻喰はいっせーのーで、ルナを担ぎながら少し小高い山に登って、中腹あたりで焚き火をすることにした。
枯れ木を並べ、ルナのライターで火が点される。
「敵にとったら目印になっちゃうかもね」
大蟻喰は言った。
「仕方がねえ、あたしらは大丈夫だが。ルナが凍え死にそうだ」
「えー、ボクも死んじゃいそうだよ」
大蟻喰はクスクス笑った。
ズデンカは無視して用意を進めた。
「キミは寂しいだろうなあ。自分の身体じゃ暖められないからねえ」
大蟻喰は丸太の上に寝っ転がって言った。
「そりゃ死んでるしな」
ズデンカは表情を隠しながら言った。
「死後の生をルナの世話で送って虚しくならないの?」
「……」
ズデンカは答えなかった。
ルナは微笑みを浮かべて パイプを咥えたまま黙っていた。
「どこから話したらいいかな?」
ルナはいつも以上に優しかった。
「お前と大蟻喰についてだ。他は良い」
「わかった。手短にするね」
「何だよ! ボクの目の前で!」
大蟻喰が子供っぽく喚いた。
「目の前だからこそいいじゃないか。これは言ってみれば、わたしの綺譚《おはなし》なんだから」
ルナは初めて朗らかに言った。いつも使っている手帳を取り出し、ページを開く。
「むう」
大蟻喰はぷくーと頬を膨らませた。
「わたしはね、昔、双子だったんだよ」
ルナは話し始めた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる