上 下
98 / 526
第一部

第十話 女と人形(11)いちゃこらタイム

しおりを挟む
 ズデンカは近くの繁華な街まで送り届けた。ルナはなぜか、メリザンドの個人を証明するものやロランの資産関係にまつわる書類を事前にくすねていたらしい。

 いきなり封筒から出してポンと手渡したのでズデンカもメリザンドも驚いていた。

「執事たちがみんな地下に降りていたからね。メリザンドさんの防音対策のお陰だ」

「世間知らずのお前らしくもない」

「最近、ちゃんとしなきゃなってつくづく思い知らされる出来事があったからだよ。これがあれば、当座は凌《しの》げるでしょう」

  と言って気前よく札束を手渡した。

 ズデンカは渋い顔をする。ルナがこう言うことをやるのは今回が初めてでないと知っていたからだ。

「こんなに! 受け取れません!」

 メリザンドは首を振るが、ルナは強く札束を押し付けた。

 「これも含めてお願いを叶えたってことで!」

 ルナはそう言ってマントを翻し、すたすたと歩み去った。

 ズデンカはしっかりついていく。

「これで何人目だ? お前が人生を変えたのは」

「さあね。よっこいしょっと!」

 ルナは馬車へよじ登った。幌はもう上げられている。

「口先じゃ構わないでいてあげる優しさとかかっこつけやがって」

 と言いつつ馭者台に上がるズデンカ。

「メリザンドさんは教育もちゃんと受けている。何の心配もないさ」

「頭で考えるの実際にやるのは違うだろう」

「また気難しいこと言っちゃって。それより……ぷぷぷ。君が女は人間なんて言い出したのには後から思い出しても笑えてくるよ」

「何がおかしいんだ」

 ズデンカは無表情のまま手綱を握った。

 馬車は走り出す。

「お元気で!」

 メリザンドは大きく手を振って二人を送った。

 ルナは片手を軽く上げてにこやかに微笑むだけだった。

 冬枯れの季候とは言え、道脇の針葉樹は立派な葉並を見せていた。雪の訪れがないせいだろう。

「自然に浮かんできたんでな」

 弁解するようにズデンカは付け加えた。

「人間じゃなく、吸血鬼の君がか?」

 ルナは追撃した。

「じゃなくても共感することはある」

 ズデンカはどことなく恥ずかしそうに言った。

「まあ、わかるけどね」

 しばらく間を置いてからルナは静かに言った。

「お前にわかってもらおうとは思っていない」

「分からなければこうやって一緒に旅はしてないよ。ぶっちゃけた話、人は自分と違う意見を持つ相手とは共存していけないものなんだ。対話を重ねてわかり合おうなんて幻想だね」

 ルナは立て板に水のように元気よく話した。体調は戻りつつあるらしい。

「世間で正しいといわれていることの逆ばかり言うなお前は」

「だいたい、この世の中にいったいどれぐらい人がいると思っているのさ。知り合える量なんて限られてるし、親しくなれるとも限らない、むしろ関わらないほうがいいやつのは多い」

「ひねくれた見解だな。だからお前は友達がいないんだ」

 ちょっとグサッときたのかルナは身を乗り出して、

「でも、関わらない方がいい奴もいるってことは君も同意するだろ?」

 と勢い込んで訊いた。

「まあ、それは分かる」

 ズデンカは頷いてやった。

「だろ? 君とわたしはまあ何となく話は通じる。でも、通じ合えない者どうしなら会話するのは苦痛だ。わざわざ関わりを持つ必要はない」

「そこまで人間関係にこだわるお前があたしにはわからん。自然と続いて行くやつは続いて行くし、それっきりのやつはそれっきりでいいだろうがよ」

「君と同じことをわたしは言葉を変えて言っているのさ」

 ルナは鼻息荒く腰に手をやった。

「そう言うことにしといてやるよ」

 会話はしばらく途切れた。

「幌を外したのは間違いだったな。寒すぎる」

 ルナは毛布を引きずり出した。

「じゃあ戻してやるよ」

 馬車が止まった。

 ズデンカはわざとゆっくりと幌をつけてやり、寒さに縮こまるルナの顔を見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

まほカン

jukaito
ファンタジー
ごく普通の女子中学生だった結城かなみはある日両親から借金を押し付けられた黒服の男にさらわれてしまう。一億もの借金を返済するためにかなみが選ばされた道は、魔法少女となって会社で働いていくことだった。 今日もかなみは愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミとなって悪の秘密結社と戦うのであった!新感覚マジカルアクションノベル! ※基本1話完結なのでアニメを見る感覚で読めると思います。

処理中です...