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第一部
第十話 女と人形(9)
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そこには壁から吊された大きなひとがたが幾つも並んでいた。
しかし、それは木で作られたひとがたではなかった。もちろん、石や粘土などでもない。
材料は人の肉だった。頭に腕、足や胴体をバラバラにして、他人の肉体の一部と繋ぎ合わせたものだった。肌の色が違うことからよく分かった。
血抜きされているようで、死後何日かは経っているものと思われた。
首輪に腕輪に脚輪がはめられ、そこから伸びる鎖で壁に繋ぎ止められているようだった。
いずれも腹の部分が大きくくり抜かれ、糸で新しく皮を張り直された箇所があった。
「これはどういうことでしょうか?」
ルナはしゃがんでその部分を指でなぞりながら言った。
「女の器官をくり抜いたのですよ。冷凍室の中に入れてあります。大切に保存して置くためにね」
ロランは煙草を吹かした。
「なぜそんなものを? 女から――いえ、わたしからしたら持ち重りするもの、でしかないですよ」
ルナは嘲るように唇を歪めた。
「所有しておくことで、優越感に浸れるからです。完全に女を手に入れたという感じがするのですよ。そうなると完全に人形になるでしょう」
「ゲスが」
ズデンカは言った。
遠くからメリザンドは震えていた。親しかった者たちがこのような姿に変えられていることに耐えられなかったのだろう。顔を覆った。
いつの間にか執事たちが現れ、無言で壁から鎖を外していった。
肉で作られた人形たちは、がたりと壁を背にして床に崩れ落ちる。
「まあ見ていてください」
ロランが目を輝かせて言った。
また鎖の音の鳴る音が一斉に聞こえた。
人形たちが立ち上がり、うつろな目でルナとズデンカをみたのだ。
「危ない!」
突然ズデンカが叫び、ルナに覆い被さるように床に伏せた。
物凄い勢いで鎖が引っ張られ、談笑していた客の頭蓋骨を貫き通した。
幾つもの鎖が武器となって、客たちへと襲いかかった。
「ひええっ!」
ある者は鎖で足の骨を砕かれ、地面に転がって呻いた。
ある者は首を絞められ、ジタバタと藻掻いていた。
助かったものは皆魂切る叫びを上げながら地上へ登る階段へ詰め寄せ、押し合いへし合いしている。
ロザリンドは遠く離れていたため、鎖の打撃をまぬがれたようだ。
ズデンカは立ち上がってルナを脇に寄せると、張り巡らされた鎖を避けて歩いた。
人形たちは続々と立ち上がった。両脚を震わせながら。
うつろな目でズデンカを見つめ、驚くべき早さで手を伸ばしてきた。
ズデンカは払いのける。
「適材適所というやつだよ。脚の速い女の脚は頭の良い女の胴体に結び付けるという具合にね」
ロランはうそぶいた。
ズデンカは鎖を掴んで、人形を近くに引き寄せ、頭を押さえつけた。
「糞が。女は人形じゃねえ」
強い力で頭を叩きつぶした。
「女は人間だ」
ズデンカに睨み付けられてロランは少し狼狽えたが、苛立たしく煙草を吸った。
「人形たち、やってしまえ!」
頭を潰したはずの人形がなお、ズデンカに縋り付いてくる。
鎖がまた幾つも飛んできて、ズデンカの両腕と両脚に巻き付いた、
「ちっ!」
ズデンカは舌打ちした。
「ペルッツさま、あなたも知ってしまった以上、ただでヴィルヌーヴ荘を出られると思われては困りますよ」
ロランは煙草を床に放り、脚ですり潰した。
「どこかに『鐘楼の悪魔』が隠れているはずですね」
ルナは人形の腹を指差しながら、ニヤリと微笑んでいた。
「だからどうだというのです? あなたのメイドは両脚の動きを封じられているのですよ?」
そう焦りを押し隠すような様子で居丈だけに言うロラン。
バリバリと骨の砕ける音がした。
ズデンカは身体を雑巾のように螺旋状に引き絞って、両腕と両脚を自ら砕き、皮膚を引きちぎったのだ。
「馬鹿なぁ!」
思わずロランは叫んでいた。
皮ばかりになった腕と脚から、しゃなりと滑り落ちる鎖。
砕けた身体は瞬時に元の形へ戻っていく。
ズデンカは一息に跳躍して、人形の腹へ腕を突っ込んだ。
「ねえな」
もう一体へも腕を突っ込んだ。
「あった!」
血まみれになりながら、ズデンカは金色の文字が輝く『鐘楼の悪魔』を引きずり出した。
人形たちは突然動きを止めた。
「止めろっ! その本はぁ!」
息せき切って走ってくるロランの喉元にズデンカは噛みついた。
血を瞬く間に吸い尽くされ、ロランの頬は窪み眼窩から目玉が飛び出した。
皮が張り付いた骨のみとなった手がだらんと垂れ、ロランだったものは床に崩れ落ちた。
「不味い血だ」
ズデンカは口を拭った。
「しけた幻想に報いあれって、ことですよ。ムッシュー・ロラン」
ルナは静かに言った。
執事たちがズデンカを囲もうとしたが、
「お前らもこうなりたいか?」
とズデンカに一喝されると、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
残りの客たちは逃げ去ったようでホールの中はがらんとしていた。屍体が幾つか残されただけだった。
「メリザンドさん。これからあなたは自由の身だ」
ルナは煙を吐きだした。
「手始めに何をします?」
しかし、それは木で作られたひとがたではなかった。もちろん、石や粘土などでもない。
材料は人の肉だった。頭に腕、足や胴体をバラバラにして、他人の肉体の一部と繋ぎ合わせたものだった。肌の色が違うことからよく分かった。
血抜きされているようで、死後何日かは経っているものと思われた。
首輪に腕輪に脚輪がはめられ、そこから伸びる鎖で壁に繋ぎ止められているようだった。
いずれも腹の部分が大きくくり抜かれ、糸で新しく皮を張り直された箇所があった。
「これはどういうことでしょうか?」
ルナはしゃがんでその部分を指でなぞりながら言った。
「女の器官をくり抜いたのですよ。冷凍室の中に入れてあります。大切に保存して置くためにね」
ロランは煙草を吹かした。
「なぜそんなものを? 女から――いえ、わたしからしたら持ち重りするもの、でしかないですよ」
ルナは嘲るように唇を歪めた。
「所有しておくことで、優越感に浸れるからです。完全に女を手に入れたという感じがするのですよ。そうなると完全に人形になるでしょう」
「ゲスが」
ズデンカは言った。
遠くからメリザンドは震えていた。親しかった者たちがこのような姿に変えられていることに耐えられなかったのだろう。顔を覆った。
いつの間にか執事たちが現れ、無言で壁から鎖を外していった。
肉で作られた人形たちは、がたりと壁を背にして床に崩れ落ちる。
「まあ見ていてください」
ロランが目を輝かせて言った。
また鎖の音の鳴る音が一斉に聞こえた。
人形たちが立ち上がり、うつろな目でルナとズデンカをみたのだ。
「危ない!」
突然ズデンカが叫び、ルナに覆い被さるように床に伏せた。
物凄い勢いで鎖が引っ張られ、談笑していた客の頭蓋骨を貫き通した。
幾つもの鎖が武器となって、客たちへと襲いかかった。
「ひええっ!」
ある者は鎖で足の骨を砕かれ、地面に転がって呻いた。
ある者は首を絞められ、ジタバタと藻掻いていた。
助かったものは皆魂切る叫びを上げながら地上へ登る階段へ詰め寄せ、押し合いへし合いしている。
ロザリンドは遠く離れていたため、鎖の打撃をまぬがれたようだ。
ズデンカは立ち上がってルナを脇に寄せると、張り巡らされた鎖を避けて歩いた。
人形たちは続々と立ち上がった。両脚を震わせながら。
うつろな目でズデンカを見つめ、驚くべき早さで手を伸ばしてきた。
ズデンカは払いのける。
「適材適所というやつだよ。脚の速い女の脚は頭の良い女の胴体に結び付けるという具合にね」
ロランはうそぶいた。
ズデンカは鎖を掴んで、人形を近くに引き寄せ、頭を押さえつけた。
「糞が。女は人形じゃねえ」
強い力で頭を叩きつぶした。
「女は人間だ」
ズデンカに睨み付けられてロランは少し狼狽えたが、苛立たしく煙草を吸った。
「人形たち、やってしまえ!」
頭を潰したはずの人形がなお、ズデンカに縋り付いてくる。
鎖がまた幾つも飛んできて、ズデンカの両腕と両脚に巻き付いた、
「ちっ!」
ズデンカは舌打ちした。
「ペルッツさま、あなたも知ってしまった以上、ただでヴィルヌーヴ荘を出られると思われては困りますよ」
ロランは煙草を床に放り、脚ですり潰した。
「どこかに『鐘楼の悪魔』が隠れているはずですね」
ルナは人形の腹を指差しながら、ニヤリと微笑んでいた。
「だからどうだというのです? あなたのメイドは両脚の動きを封じられているのですよ?」
そう焦りを押し隠すような様子で居丈だけに言うロラン。
バリバリと骨の砕ける音がした。
ズデンカは身体を雑巾のように螺旋状に引き絞って、両腕と両脚を自ら砕き、皮膚を引きちぎったのだ。
「馬鹿なぁ!」
思わずロランは叫んでいた。
皮ばかりになった腕と脚から、しゃなりと滑り落ちる鎖。
砕けた身体は瞬時に元の形へ戻っていく。
ズデンカは一息に跳躍して、人形の腹へ腕を突っ込んだ。
「ねえな」
もう一体へも腕を突っ込んだ。
「あった!」
血まみれになりながら、ズデンカは金色の文字が輝く『鐘楼の悪魔』を引きずり出した。
人形たちは突然動きを止めた。
「止めろっ! その本はぁ!」
息せき切って走ってくるロランの喉元にズデンカは噛みついた。
血を瞬く間に吸い尽くされ、ロランの頬は窪み眼窩から目玉が飛び出した。
皮が張り付いた骨のみとなった手がだらんと垂れ、ロランだったものは床に崩れ落ちた。
「不味い血だ」
ズデンカは口を拭った。
「しけた幻想に報いあれって、ことですよ。ムッシュー・ロラン」
ルナは静かに言った。
執事たちがズデンカを囲もうとしたが、
「お前らもこうなりたいか?」
とズデンカに一喝されると、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
残りの客たちは逃げ去ったようでホールの中はがらんとしていた。屍体が幾つか残されただけだった。
「メリザンドさん。これからあなたは自由の身だ」
ルナは煙を吐きだした。
「手始めに何をします?」
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