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第一部
第十話 女と人形(5)
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「ペルッツさまらしいですね。いえ、本からうかがい知るお姿のみですが」
メリザンドは微笑んだ。
「あなたも綺譚《おはなし》をお持ちなら、ぜひ教えて頂きたいです」
「あることはあるのですが……お話ししてもよろしいでしょうか、お父さま?」
メリザンドは少しぎこちなく、ロランの方へ顔を向けた。
「まあ、いいだろう。話しておあげ」
「ルナさまとお二人だけでお話ししたいのですが……」
「ふむ」
ロランの顔に一瞬嫌そうな表情が浮かんだが、
「よろしい。上の階に案内して差し上げなさい」
と応じた。
「ぜひ伺いたいですね。ただし、メイドも同伴です」
ルナは条件を付けた。
「えっ……」
メリザンドは不安そうにしたが、
「うちのメイドは口が硬いので」
とルナは念押しした。
「では……」
と言いながらメリザンドは先に立ってルナとズデンカを案内した。
慎重にあたりを見回しながら。
「探したんだろ?」
階段を上がり終えた後、ズデンカは小声になってルナの耳元に囁いた。
「うん。でも見つからなかった。絶対あると思うんだけどなあ、『鐘楼の悪魔』が。もちろんお手洗いも使ったけどね」
「嫌な予感がするぜ」
「同じ思いだ」
後は二人とも黙って歩いた。
一階に辿り着くと、図書室を抜け玄関まで移動して、また二階へ上がる。
吹き抜けになっており、手摺りから階段を見おろせば、一階の様子が手に取るごとく見えるようになっていた。
メリザンドは自室に案内した。ルナとズデンカが中に入るが早いかメリザンドは奇妙なことをした。
「こちらです」
本棚を凄い勢いで閉まった扉に置き、さらに被せるように衣装棚を持っていったのだ。
どちらも重いものに思われたが、メリザンドは顔を赤くして引きずっていった。
「いきなりどうしたんだ」
最初はビックリしていたズデンカも手を貸してやる。
「こうやれば少しは声が漏れなくなると思いまして。父や忙しい時は執事たちが訊き耳を立てているんです」
「知られたらまずいことなのか?」
「あまり、良いことではありませんね」
「面白そうですね。ぜひ話してください」
とルナは手帳を開き、鴉の羽ペンを手に取った。
「あくまで私の話、ということになりますが……」
「みんなそうですよ。あなたの物語が一番面白い」
ルナはにっこりと笑った。
「では最初に訊きますが、私の格好を見て、ルナさまはどう思われたでしょうか?」
「扇情的だなあ、と思いましたよ。そして、それはムッシュー・ロランに命じられたものではないか、とも」
ルナはペンを動かしていった。
「ご賢察の通りです。私は父――いえ、オクターヴ・ロランから、この格好をするように強制されています。でも表向きは喜んでいるようにみせないと怒られるのです」
「あの調子じゃなあ」
ズデンカはため息を吐いた。
「この家は異常です」
吐き捨てるようにメリザンドは言った。
「義父とは言え、娘にこんな服を着せる親はおかしいですね」
ルナは文字を書き進めながら言った。
「出ていきたいです。でも、私には生活する力がありません」
「あなた以外にもいらっしゃるのでしょう? この家に囚われている女性が」
「どうしてお分かりになったのですか?」
「鎖の音は複数聞こえて来ました」
「はい、ロランは身寄りのない娘たちを連れてきて地下に閉じ込めています。私は辛うじて部屋を与えられていますが、彼女たちはただ見世物として……すみません、私のことばかり。本来ならその娘たちを何とかしてくれと頼むべきですよね」
「まあまあ、わたしは綺譚《おはなし》を集めたいだけで人助けをしたい訳ではありませんからね。もっとも」
とルナはモノクルを光らせて、
「あなたが蒐集に値する話をしてくれるなら、願いを一つだけ叶えて差し上げますけど」
メリザンドは唾を飲み込み、ルナを見つめて、
「それではお話ししますね」
と語り始めた。
メリザンドは微笑んだ。
「あなたも綺譚《おはなし》をお持ちなら、ぜひ教えて頂きたいです」
「あることはあるのですが……お話ししてもよろしいでしょうか、お父さま?」
メリザンドは少しぎこちなく、ロランの方へ顔を向けた。
「まあ、いいだろう。話しておあげ」
「ルナさまとお二人だけでお話ししたいのですが……」
「ふむ」
ロランの顔に一瞬嫌そうな表情が浮かんだが、
「よろしい。上の階に案内して差し上げなさい」
と応じた。
「ぜひ伺いたいですね。ただし、メイドも同伴です」
ルナは条件を付けた。
「えっ……」
メリザンドは不安そうにしたが、
「うちのメイドは口が硬いので」
とルナは念押しした。
「では……」
と言いながらメリザンドは先に立ってルナとズデンカを案内した。
慎重にあたりを見回しながら。
「探したんだろ?」
階段を上がり終えた後、ズデンカは小声になってルナの耳元に囁いた。
「うん。でも見つからなかった。絶対あると思うんだけどなあ、『鐘楼の悪魔』が。もちろんお手洗いも使ったけどね」
「嫌な予感がするぜ」
「同じ思いだ」
後は二人とも黙って歩いた。
一階に辿り着くと、図書室を抜け玄関まで移動して、また二階へ上がる。
吹き抜けになっており、手摺りから階段を見おろせば、一階の様子が手に取るごとく見えるようになっていた。
メリザンドは自室に案内した。ルナとズデンカが中に入るが早いかメリザンドは奇妙なことをした。
「こちらです」
本棚を凄い勢いで閉まった扉に置き、さらに被せるように衣装棚を持っていったのだ。
どちらも重いものに思われたが、メリザンドは顔を赤くして引きずっていった。
「いきなりどうしたんだ」
最初はビックリしていたズデンカも手を貸してやる。
「こうやれば少しは声が漏れなくなると思いまして。父や忙しい時は執事たちが訊き耳を立てているんです」
「知られたらまずいことなのか?」
「あまり、良いことではありませんね」
「面白そうですね。ぜひ話してください」
とルナは手帳を開き、鴉の羽ペンを手に取った。
「あくまで私の話、ということになりますが……」
「みんなそうですよ。あなたの物語が一番面白い」
ルナはにっこりと笑った。
「では最初に訊きますが、私の格好を見て、ルナさまはどう思われたでしょうか?」
「扇情的だなあ、と思いましたよ。そして、それはムッシュー・ロランに命じられたものではないか、とも」
ルナはペンを動かしていった。
「ご賢察の通りです。私は父――いえ、オクターヴ・ロランから、この格好をするように強制されています。でも表向きは喜んでいるようにみせないと怒られるのです」
「あの調子じゃなあ」
ズデンカはため息を吐いた。
「この家は異常です」
吐き捨てるようにメリザンドは言った。
「義父とは言え、娘にこんな服を着せる親はおかしいですね」
ルナは文字を書き進めながら言った。
「出ていきたいです。でも、私には生活する力がありません」
「あなた以外にもいらっしゃるのでしょう? この家に囚われている女性が」
「どうしてお分かりになったのですか?」
「鎖の音は複数聞こえて来ました」
「はい、ロランは身寄りのない娘たちを連れてきて地下に閉じ込めています。私は辛うじて部屋を与えられていますが、彼女たちはただ見世物として……すみません、私のことばかり。本来ならその娘たちを何とかしてくれと頼むべきですよね」
「まあまあ、わたしは綺譚《おはなし》を集めたいだけで人助けをしたい訳ではありませんからね。もっとも」
とルナはモノクルを光らせて、
「あなたが蒐集に値する話をしてくれるなら、願いを一つだけ叶えて差し上げますけど」
メリザンドは唾を飲み込み、ルナを見つめて、
「それではお話ししますね」
と語り始めた。
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