月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

文字の大きさ
上 下
74 / 526
第一部

第八話 悪意(7)

しおりを挟む
 ベッドの上の服やパイプまでなくなっていることにしょんぼりした。

 ぼんやりと天井を眺める。明るい光を点した電球が吊り下げられ、ゆらゆら弧を描いて揺れている。

「二日の間に全てを失っちゃうなんてな……」

 ルナは声に出してみた。

 コンコン。
 軽く、扉がノックされた。

「誰?」

 ルナは訊いてみる。

――エスメラルダかな。

 返事はなかった。

 いや、返事を待つまでもなく扉が勢いよく開け放たれたのだ。

「え」

 ルナはまた、血の気が引いていくのを覚えた。

 部屋に雪崩れ込んできたのは酒場にいた男たちだった。

 ルナの手を触った男の他に、何人もの仲間が付き添っている。

 男はルナの顎を持ち上げ、顔を近づけた。

「年増かと思っていたが、女のかっこうしてみりゃ、なかなかの上玉だな!」

――なんで? なんで?

 この家は安全なはずだ。あまりの突然な出来事に、ルナは恐慌状態に陥って身
動き出来なかった。

 幻解《エントトイシュング》しようと思っても、パイプがない。もともとパイプがなくても出来るはずだが、今はなぜか出来ない。力が使えないのだ。

「お前、まだ気付いてないのか?」

 男は嘲笑った。

「騙されてるんだよ」
「ひえっ!」

 ルナは変な声を上げた。

――騙されたって誰に?

「ルナ。あんたさぁ……」

 男たちの後ろから、ひっそりとエスメラルダが入ってきた。

 一瞬安心したルナだが、すぐに全身が震え始めた。

 エスメラルダの口元に、あの――悪意の笑みが浮かんでいたのだから。
 
「娼婦《あたしら》のこと、蔑んでたよね」
「そっ、そんな! そっ、そっ、んなことないっ!」

 ルナはどもりながら叫んだ。だが、実際は気付いていた。

――エスメラルダの言うことは正しい。

 ルナには多くの恋人がいたが、男と関係を持った女もいた。ルナはそんな時、どこか嫌な思いをした。

――汚れる。

 言葉にすれば凄く嫌だが、そんな思いを感じていたのだ。

 ましてや不特定多数の男と関係のある娼婦のエスメラルダにはどこか忌まわしい印象を覚えていた。

 もちろん、ルナだって男の友人はいたし、全員が嫌いではないが、身体を接することは何となく気持ち悪さを感じてしまうのだった。

 本人のことはすごく好きだった。でも、ベッドの上にいるときは、何か嫌な感じがした。眼を見つめ合い、寄り添っても、どこか不潔な感じがしたのだ。

――男と寝て金を取る娼婦なんて、なくなればいい。

 ときどき、そう思うこともあった。

「気付いていないとでも思ってた?」

 ルナはやっと逃げようとしたが、ドレスに足がとられて縺れる。

――歩き慣れていない。着換えさせられたのはこのため?

 酒もまだ残っているのか頭が重くなってきた。

 その間に、男たちがルナの周りを囲んだ。

「この家は、小さな娼館でもあるんだよ。ちょうど人手が足りなかったんだ。ルナにはその一人になって貰おうと思ってね」

 エスメラルダは悪意をたたえた笑顔のままルナを見据えた。

 恐怖が極限に達して、思わずルナは笑ってしまった。

「なんだ。お前も楽しそうじゃねえか」

 男がそう言ってルナの胸元へ手を入れる。虫酸が走ったルナは後ろに下がった。

 そこへ無数の手が身体を撫で回してくる。

 臭い息が掛けられた。

 悪寒がした。

「やめて! やめでぇ! いやだぁ、なんで、なんでこんなことするのぉ!」

 歪んだ叫びを上げ続けるルナを、

「こいつ、もうよがってやがるぜ!」
「うひゃひゃひゃ。なら抱いてやらなくちゃな!」

 男たちは手を叩いてはやし立てた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

処理中です...