上 下
69 / 526
第一部

第八話 悪意(2)

しおりを挟む
 ルナは財布を弄った。小銭がちょっとばかり、紙幣が五枚ほど。いつも食べているようなランチを頼めばあっという間に消えてしまう程度しかない。

 ハンカチで額を拭った。冷や汗を掻いている。

――なんで、こんなことに。

 ズデンカが姿を消したことと、何か関係があるのだろうか。
 
 ルナは意外と自分に社会経験がないことに思い至った。

 十代でベストセラーを世に送り出し、大金を手にして、以来毎日のように巨万の富が入ってきていたのだ。

 まさか、一瞬にしてそれが失われるなんて思ってみもしなかった。

――とりあえず、馬車を確認してみなきゃ。いざとなったら馬を売ってでも……。

 厩に行ってみると、ルナの馬も車体も残らず消えていることを知った。

「誰か、馬を勝手に出した人がいるんじゃないですか?」

 ルナは疑い深く訊いた。

 厩の管理人は首を振った。

「いえいえ、そもそもルナ・ペルッツさま名義の馬はここにはありませんよ」

 やはり、管理人もあの悪意を含んだ笑いをしていた。

――信じられない。嘘を吐いてるんじゃないだろうか。

 ルナは道行く人を見た。皆、自分を見て笑っているような気がした。

 曇天は濁りをまし、心の中もすっかり重苦しくした。

 超自然的な事件に巻き込まれることなんて生まれてから何千回とあったし、慣れているつもりだった。

 でも、ここまでたくさんの人に悪意を向けられるのはどうしてだろう。

 確かに、自分があまり好かれることはやってきていないという自覚はあった。

 でも、旅先では歓迎してくれる人たちだっていたし、世の中自分を嫌う人ばかりじゃないと思っていた。

――それが、悪意ばかり。

 心細くなって、ルナはあちらこちらぶらぶらした。

 ルナは自分がいままで相当たくさんの無駄遣いをして暮らしてきたことを知った。

 何かやりたいなあと頭の中に浮かぶたび、お金がどれだけ必要なのか計算してしまう。つい先日まで、そんなこと貧乏くさいと思っていたのに。

 考えているうちにお腹がグーと鳴った。

 結局、行きつけの店でいつものランチを頼んでしまっている自分に気付いた。 

 実に美味しかったものの、紙幣が二枚も飛んでいってしまった。

 ――どうしよう。

 浪費している自分の馬鹿馬鹿しさにまた冷や汗が出る思いがした。

 ――ズデンカなら、何て言うだろう。

 震える手でパイプを取り出して、煙草を詰め、火を付ける。

 煙草入れをみると、ほとんどなくなっていることに気付いた。

 ルナはニコチン中毒だ。煙草がなくなって買えないなんて地獄のような苦しみだろう。

 ――これからは切り詰めなくちゃ。誰かのの力を借りるしかないかも……。

 頭で考えるのはたやすい。でも、実際行動に移すとなると億劫だった。

 ルナは自分から頭を下げることが苦手だ。友だち付き合いだって悪かった。

 エルキュールにも知り合いこそ多いが、頼れる相手となると思い浮かばない。
 ふらふらと通りを歩くルナはやがて見知った姿を目に留めた。

 メイド服姿、肌が浅黒く、背が高い――ズデンカだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

まほカン

jukaito
ファンタジー
ごく普通の女子中学生だった結城かなみはある日両親から借金を押し付けられた黒服の男にさらわれてしまう。一億もの借金を返済するためにかなみが選ばされた道は、魔法少女となって会社で働いていくことだった。 今日もかなみは愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミとなって悪の秘密結社と戦うのであった!新感覚マジカルアクションノベル! ※基本1話完結なのでアニメを見る感覚で読めると思います。

処理中です...