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第一部
第七話 美男薄情(6)
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「別れられるなら、ですね」
ルナがパイプを燻らしながら言った。普段のように羽ペンは手に取らず、手帳に書きもしていない。
「あたしのお話が気に入りませんでしたか」
「残念ながら、あなたの綺譚《おはなし》は完結していない。アルチュールさんとどうなるのかすら、分からないのだから」
「そうですか」
ファビエンヌは項垂れた。
「何か続きがあったら、その時はいつでも言ってくださいね」
ルナはにこりと微笑んだ。
「はい」
ファビエンヌは素直に立ち上がって出ていった。
「何もしなくて良かったのか。あいつの様子じゃきっと……」
ズデンカは腕を組んで言った。
ルナは立ち上がった。
「さあ、今から追うよ」
急いで帽子を頭に被るが、他の服を探しに歩き出すとすぐ落っことしてしまった。
やれやれと思いながらズデンカは拾ってやり、ルナの頭の上に乗せた。
「マフラーはちゃんときつく巻けよ」
予想通り、夜の街は冷えていた。
冬が深まるとともに風は強くなっていく。暖かい日が訪れることは絶えてないかのようだった。
「また風邪引いちゃったら嫌だから」
ルナは二重に外套を羽織っていた。
今回は持ってきたステッキの音が石畳にコツコツと軽快に響く。
「寒がりだな」
着せてやったのはあたしだと内心呟きながらズデンカは言った。
「メイド服だけで歩ける君の方が珍しいよ」
今回はルナが正論だった。
「ファビエンヌさんも寒くないのかな」
「そういやそうだな」
寒さを感じないズデンカは今初めて思い至った。
ファビエンヌは悩んでいたのだ。そう考えると素直に帰したルナに呆れてしまうズデンカだった。
ファビエンヌの後ろ姿はすぐ見えてきた。真っ暗な中、棚引く紅いドレスの裳裾は火を点したようだった。
ステッキの音という分かりやすい兆しすらあるのに、離れているからか二人が付けていることに気付きもしないようだった。
その右手には銀色の拳銃が握られていた。
「殺すつもりだな」
ズデンカは言った。
言葉とは裏腹に、ファビエンヌは嫉妬しているのだ。
「相手の女性を?」
ルナは的外れだった。
「馬鹿言え。男をだろ」
「分からない心境だな」
ルナは顎を摘まんだ。
「お前にも分かるように言ってやる。女を殺しても相手は他に一杯いるだろ。なら、男を殺してしまうほうが手っ取り早いわけだ。コスト面から見てもな」
「なるほど。君もわたしみたいな考え方が身に付いてきたじゃないか」
「そりゃ身に付きもするさ、どれだけ面倒見てやってるんだ」
と言いながら、さらに続けて、
「あいつ、お前にも妬いてたぜ」
ズデンカはせせら笑った。
「何で分かるの?」
「お前を見つめていた顔から分かるさ」
「そんな曖昧なもの、証拠に使われてもな」
ルナは笑った。
「勘だよ勘。結局、理屈よりこっちの方が役立つ」
ズデンカは頭を指差した。そのなかに脳はないのだが。
二人はカンテラの灯りを点している。遠く先が見通せた。
ファビエンヌはよろめいた。溢れ出す感情に耐え切れなくなったかのように。
ズデンカは足を速めた。
「ちょっとまってよー!」
ルナはカツカツとステッキを鳴らしながら進んできた。
「しーっ。静かにしろ」
ズデンカは人差し指を口元に当てた。
ルナがパイプを燻らしながら言った。普段のように羽ペンは手に取らず、手帳に書きもしていない。
「あたしのお話が気に入りませんでしたか」
「残念ながら、あなたの綺譚《おはなし》は完結していない。アルチュールさんとどうなるのかすら、分からないのだから」
「そうですか」
ファビエンヌは項垂れた。
「何か続きがあったら、その時はいつでも言ってくださいね」
ルナはにこりと微笑んだ。
「はい」
ファビエンヌは素直に立ち上がって出ていった。
「何もしなくて良かったのか。あいつの様子じゃきっと……」
ズデンカは腕を組んで言った。
ルナは立ち上がった。
「さあ、今から追うよ」
急いで帽子を頭に被るが、他の服を探しに歩き出すとすぐ落っことしてしまった。
やれやれと思いながらズデンカは拾ってやり、ルナの頭の上に乗せた。
「マフラーはちゃんときつく巻けよ」
予想通り、夜の街は冷えていた。
冬が深まるとともに風は強くなっていく。暖かい日が訪れることは絶えてないかのようだった。
「また風邪引いちゃったら嫌だから」
ルナは二重に外套を羽織っていた。
今回は持ってきたステッキの音が石畳にコツコツと軽快に響く。
「寒がりだな」
着せてやったのはあたしだと内心呟きながらズデンカは言った。
「メイド服だけで歩ける君の方が珍しいよ」
今回はルナが正論だった。
「ファビエンヌさんも寒くないのかな」
「そういやそうだな」
寒さを感じないズデンカは今初めて思い至った。
ファビエンヌは悩んでいたのだ。そう考えると素直に帰したルナに呆れてしまうズデンカだった。
ファビエンヌの後ろ姿はすぐ見えてきた。真っ暗な中、棚引く紅いドレスの裳裾は火を点したようだった。
ステッキの音という分かりやすい兆しすらあるのに、離れているからか二人が付けていることに気付きもしないようだった。
その右手には銀色の拳銃が握られていた。
「殺すつもりだな」
ズデンカは言った。
言葉とは裏腹に、ファビエンヌは嫉妬しているのだ。
「相手の女性を?」
ルナは的外れだった。
「馬鹿言え。男をだろ」
「分からない心境だな」
ルナは顎を摘まんだ。
「お前にも分かるように言ってやる。女を殺しても相手は他に一杯いるだろ。なら、男を殺してしまうほうが手っ取り早いわけだ。コスト面から見てもな」
「なるほど。君もわたしみたいな考え方が身に付いてきたじゃないか」
「そりゃ身に付きもするさ、どれだけ面倒見てやってるんだ」
と言いながら、さらに続けて、
「あいつ、お前にも妬いてたぜ」
ズデンカはせせら笑った。
「何で分かるの?」
「お前を見つめていた顔から分かるさ」
「そんな曖昧なもの、証拠に使われてもな」
ルナは笑った。
「勘だよ勘。結局、理屈よりこっちの方が役立つ」
ズデンカは頭を指差した。そのなかに脳はないのだが。
二人はカンテラの灯りを点している。遠く先が見通せた。
ファビエンヌはよろめいた。溢れ出す感情に耐え切れなくなったかのように。
ズデンカは足を速めた。
「ちょっとまってよー!」
ルナはカツカツとステッキを鳴らしながら進んできた。
「しーっ。静かにしろ」
ズデンカは人差し指を口元に当てた。
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