月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第七話 美男薄情(3)

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「そうだなあ、九から九・五ぐらいにはなるんじゃないかな? 男のなりはしてるけど、なかなかの美形だ。ちゃんと着飾りさえすればもっといくだろうね」

 「女を数値で判断するのは……」

 ズデンカは怒りをこらえかねて口を出した。

「ズデンカちゃんなら八から七だろうね。怒こってるから、もう一ランク下げちゃおうかな」
 
「参考になりますね。誰でもこんなお話を?」

 ズデンカに睨まれながらルナは笑った。

「もちろん、普通の女の子だったら、こんな話はしないよ。ルナちゃんもズデンカちゃんも普通じゃないからね。どんな女だって大方分類出来るはずなんだけど、今まで見たこともない」

「なるほど、あえて女性を大掴みな数と認識して個とは見ないようにする訳だ」
「そういうことだね」

 アルチュールは白い歯を見せて笑った。

「でも、その女性たちは一人一人、人間ではありませんかね?」

 ルナはパイプを弄びながら言った。

「どういうことかな?」

「夜道で声をかけられて、怖いと感じた人もいるかも知れない。殺されるかと思ったかも知れない。感じ方は人それぞれでしょうけれど」

 ルナは酷薄なまでに表情を消して言った。

「相手の態度にこだわっても仕方ないよ。俺だって逃げられたことは何度もある。ナンパは一人一人にはこだわらず、数をこなすことを考えないと。お陰か、いまでも繋がってる女の子は多い」
「その方が好都合ですからね」

 ルナは煙を吐いた。

「分かってくれるよね。もちろん、罵られてもうまく切り返して、それでも無理だと分かったらすぐ離れるよ。罵られてくよくよしてるようじゃ、自信がないと思われるし、警察沙汰になってもこっちが困るだけだからね」
「なるほど、上手く心を頑なにしてるわけですね」

 ルナは感心していた。

「頑なか。そう言われりゃそうかも知れないね。俺も十代の頃はあまりモテなかったからさ」

「意外だな。あなたのお顔を褒める方は多いでしょう」

「綺麗と言っては貰えてたけど、男として見られてなかったから。そもそも女は自分を引っ張ってくれるような強い男に惹かれる訳で、実際モテてるやつを見ても顔が全てじゃないって分かる。要はどれだけ自信があるかのように見せるかってことだ」

「そうか。あなたは自信がないんだ」

 ルナは納得したように言った。

 一瞬苛立ちの影がアルチュールの顔を横切ったが、すぐに笑みで取り繕われた。 

「過去形だ。当時は自信がなかったんだね。でも、女はそういうもんだって割り切れば上手くなるのは早かった」

「そういうものとは?」

「女はより子孫を残せるような相手、女にモテる男が好むからね。そう言う男になるように自分を合わせていけば、おのずからモテていったよ」

「へえ、面白いですね。実は同じことを言ってた人がいまして」

 ルナは言った。

「誰だよ?」

 アルチュールは不審げに訊いた。

「モテないって毎日嘆いていた人ですよ」

 ズデンカは黙ったまま腕を組んだ。ルナも大学で先日暴れた犯人の書き残した声明文を読んだのだ。

 大きな音を立ててアルチュールは立ち上がった。その顔には青筋が立ち、怒気が浮かんでいる。

 ややあってアルチュールは怒りを静めて再び坐った。

「それは不思議だなあ。ところで君たちは何で俺についてきたの?」

「面白い綺譚《おはなし》が訊けるかと思ったからです。生憎期待外れでしたけどね」

「悪かったね。いつでもこんなことをやってるの?」
「いえ、正直男性に興味ないので」

 ルナは手を振った。

「そうかあ、でもルナちゃんも男の味を知ったら変わるかも知れないよ」

 アルチュールはにやけて言った。

 引き裂いてやろうかとズデンカは思ったが押さえた。

「アルチュールさんも男の味を知ったら、男が好きになりますかね」

 ルナは笑って返した。

 アルチュールは顔を顰めた。

「それではお邪魔します。料金は割り勘で。私のコーヒー代だけは払っときますよ」

 結局手を付けなかったコーヒーの代金だけ払ってルナは出ていった。

「そんなもの、やつに払わせりゃ良かったんだ」

「相変わらず君はケチだな」 
「飲み物の中になんか入れてるかもしんねえぜ。そう言うことをやる男は山程見てきた。飲まなくて正解だ」

「もしわたしが倒れても君が介抱してくれるだろ」

 ルナはまだパイプを吹かしていた。

「さあ、わからんぜ」

 ズデンカは嘘を吐いた。
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