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第一部
第六話 童貞(9)いちゃこらタイム
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ホテルに着くと、ズデンカはルナの外套を脱がせた。
ズボンを脱がせシャツだけにして、ベッドへ寝かせる。
タオルを水で濡らし、ルナの額に置いて何度も代え続けた。氷嚢を用意して頭の下に乗せた。
「口を開けろ。薬を飲め」
「うん」
ズデンカはアスピリンの錠剤をルナの口の中に入れ、水と一緒に流し込んだ。
「高い金を払って混ぜ物とかしてないやつを選んやってるんだぞ」
ズデンカは恩を着せたが答えはない。
「眠れるか?」
「なかなかそうはいかないみたいだ」
ルナはズデンカとは眼を合わせようとせずと顔を伏せていた。
「お前は結局弱虫だな」
ズデンカは言った。
「ああ」
ルナは否定しなかった。
「何も出来なかったことを言っているわけじゃねえ。お前があたしの目を見て語れねえからだ。苦しみを分け合わないからだ」
「……」
「怯えている顔を覗かれたくないんだろ? 苦しんでいる様子を見せたくないんだな?」
「何とでも言えよ」
「ヴィルヘルミーネもイヴォナもお前に救って貰おうなんて言ってねえよ。お前は誰も救えないんだ」
ズデンカはイライラしていた。
「わたしも救おうなんて……」
「守れなかったって言ったろ?」
「うん」
「何で守ろうとした? お前の目的は面白い話を集めることじゃなかったのかよ? 何で変わってるんだ?」
「変わってないさ」
「あいつらの庇護者にならなきゃいけない、みたいな使命感を覚えてないか?」
「覚えてないよ」
オウム返しに否定するルナをズデンカは殴ってやろうかとすら思った。
だが、間髪置かずルナは、
「わたしも……彼女たちも女だから」
と言った。
ズデンカはルナが同じことを多少気取った言い方で口にするのを聞いたことがあった。だが、今のルナにそんな余裕がないのは目に見えて明らかだった。
「そうだ。あたしも女だ。あるいは、だったといってもいいが」
ズデンカは不死者だ。子供が作れない。犯人の書いた声明文の内容を思い出していた。
「女でいいよ」
初めてルナは笑った。ズデンカは顔を見たわけでないが。
「お前なんかに決められてたまるか」
そう言うズデンカだったが、わずかに口元を弛めていた。
「彼女たちが苦しむのは……苦しんで死んでいかなきゃならないのは、女だからだろ?」
「そうかもしれん。だが苦しんで死んでいくのはあいつらだけじゃない。誰だって同じだ――とにかく、お前が気に病む必要はない」
「病まないよ」
「またかよ」
ズデンカはベッドから離れて椅子に坐った。
「向こう行っちゃうの?」
ルナは訊いた。
「ああ」
ズデンカは短く答えた。
「そうか」
ルナは黙った。
ズデンカは椅子に坐ったまま、懐から取り出した皺茶くれた紙を広げながら読んだ。
暁がまた去りゆく
独り立つ暮れ
化石の首は落ち
砂は珊瑚のように引いていく
四行詩だった。
「なんなんだよ、化石の首って」
ルナがむくりと顔を上げた。
ズデンカは見つめられていることに気付いた。
ルナの口元は引き攣っていた。笑いを堪えているのだろう。
「それに珊瑚のようにって! あまりにも月並みな比喩だな」
「悪かったな月並みで!」
ズデンカはまた紙をくちゃっと丸めて懐へしまった。
趣味で詩を書いているズデンカはルナにだけ読み聞かせているのだった。
「でも、おかげで元気になった」
ルナがぽつりと漏らした。にんまりと笑いながら。
「こんのぅ!」
ズデンカはごしごしとルナの頭を撫でた。
「痛い」
「熱は下がってるが、それは薬のお陰だからまた上がるぜ。安静にしとけよ」
「はいはい」
「はいは一回でいい」
大人しく横になるルナへ羽根布団を深めに被せてやるズデンカだった。
ズボンを脱がせシャツだけにして、ベッドへ寝かせる。
タオルを水で濡らし、ルナの額に置いて何度も代え続けた。氷嚢を用意して頭の下に乗せた。
「口を開けろ。薬を飲め」
「うん」
ズデンカはアスピリンの錠剤をルナの口の中に入れ、水と一緒に流し込んだ。
「高い金を払って混ぜ物とかしてないやつを選んやってるんだぞ」
ズデンカは恩を着せたが答えはない。
「眠れるか?」
「なかなかそうはいかないみたいだ」
ルナはズデンカとは眼を合わせようとせずと顔を伏せていた。
「お前は結局弱虫だな」
ズデンカは言った。
「ああ」
ルナは否定しなかった。
「何も出来なかったことを言っているわけじゃねえ。お前があたしの目を見て語れねえからだ。苦しみを分け合わないからだ」
「……」
「怯えている顔を覗かれたくないんだろ? 苦しんでいる様子を見せたくないんだな?」
「何とでも言えよ」
「ヴィルヘルミーネもイヴォナもお前に救って貰おうなんて言ってねえよ。お前は誰も救えないんだ」
ズデンカはイライラしていた。
「わたしも救おうなんて……」
「守れなかったって言ったろ?」
「うん」
「何で守ろうとした? お前の目的は面白い話を集めることじゃなかったのかよ? 何で変わってるんだ?」
「変わってないさ」
「あいつらの庇護者にならなきゃいけない、みたいな使命感を覚えてないか?」
「覚えてないよ」
オウム返しに否定するルナをズデンカは殴ってやろうかとすら思った。
だが、間髪置かずルナは、
「わたしも……彼女たちも女だから」
と言った。
ズデンカはルナが同じことを多少気取った言い方で口にするのを聞いたことがあった。だが、今のルナにそんな余裕がないのは目に見えて明らかだった。
「そうだ。あたしも女だ。あるいは、だったといってもいいが」
ズデンカは不死者だ。子供が作れない。犯人の書いた声明文の内容を思い出していた。
「女でいいよ」
初めてルナは笑った。ズデンカは顔を見たわけでないが。
「お前なんかに決められてたまるか」
そう言うズデンカだったが、わずかに口元を弛めていた。
「彼女たちが苦しむのは……苦しんで死んでいかなきゃならないのは、女だからだろ?」
「そうかもしれん。だが苦しんで死んでいくのはあいつらだけじゃない。誰だって同じだ――とにかく、お前が気に病む必要はない」
「病まないよ」
「またかよ」
ズデンカはベッドから離れて椅子に坐った。
「向こう行っちゃうの?」
ルナは訊いた。
「ああ」
ズデンカは短く答えた。
「そうか」
ルナは黙った。
ズデンカは椅子に坐ったまま、懐から取り出した皺茶くれた紙を広げながら読んだ。
暁がまた去りゆく
独り立つ暮れ
化石の首は落ち
砂は珊瑚のように引いていく
四行詩だった。
「なんなんだよ、化石の首って」
ルナがむくりと顔を上げた。
ズデンカは見つめられていることに気付いた。
ルナの口元は引き攣っていた。笑いを堪えているのだろう。
「それに珊瑚のようにって! あまりにも月並みな比喩だな」
「悪かったな月並みで!」
ズデンカはまた紙をくちゃっと丸めて懐へしまった。
趣味で詩を書いているズデンカはルナにだけ読み聞かせているのだった。
「でも、おかげで元気になった」
ルナがぽつりと漏らした。にんまりと笑いながら。
「こんのぅ!」
ズデンカはごしごしとルナの頭を撫でた。
「痛い」
「熱は下がってるが、それは薬のお陰だからまた上がるぜ。安静にしとけよ」
「はいはい」
「はいは一回でいい」
大人しく横になるルナへ羽根布団を深めに被せてやるズデンカだった。
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