35 / 526
第一部
第四話 一人舞台(6)
しおりを挟む
女主人から教えて貰ったヴィルヘルミーネの下宿を目指す二人。
本人らしき影が扉に消えていくのが目に入った。
「急ごう。嫌な予感がする」
そう言うルナを横抱きにして物凄い速度で駆け抜けるズデンカ。
周りの人々はビックリした顔で見つめていた。
扉を蹴立てて開け、ルナを降ろして二階へ先に上がるズデンカ。
「おい待てよ! ヴィルヘルミーネだろ?」
ヴィルヘルミーネは綺麗に整頓された部屋の窓辺に置かれた机にぐたりとなって上半身を預けていた。
ルナも急いで部屋へ入ってきた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。逃げるつもりはなかったんです。お二人を避けたくなかったんです。なのにっ!」
ガタガタと震えながら泣き叫ぶような大声を上げていた。
「どうかしたの?」
ルナはその肩に手を掛けようとした。
「近づかれるのが怖くって!」
呻いてそれを避けるヴィルヘルミーネ。顔を見られたくなさそうに両腕の中に押し隠した。
「リヒテンシュタットに何かされたんだろ?」
「講座で起こったこと、言っちゃダメなんです。言ったらルナさまにも迷惑掛かるし、わたしも……」
「言わないと分からないだろうがよ!」
ズデンカは勢い込んで言った。
「怖いんです。ずっと頭の中で繰り返されて、止まらなくて。言葉に出来なくなって、それをやろうとするとまた甦ってきちゃう。だからもう嫌! 本当は家の中にずっといたくないんです。考え込んでしまって。ずっと、触られているような気がしてしまって」
ヴィルヘルミーネは両手で顔を覆った。
「考えちゃいけない! 何も考えないで」
ルナも思わず叫んでいた。
「考えちゃいけない……いけない、いけない。そうだ……」
ズデンカも止められないほどの早さで、机の上に登ったヴィルヘルミーネは、窓から外へ飛び下りた。
ズデンカは何も言わずすぐに階段を駆け下り、ヴィルヘルミーネを追った。
膝を開き、両手を押し広げるかたちでヴィルヘルミーネは石畳の上に倒れていた。幸い二階からだったのでさほど傷はなかったが、流れる血痕は泥と混じって点々と広がっていた。
通行たちは驚いてあたふたしている。
「医者を呼べ!」
ズデンカは怒鳴った。パン屋の女主人が走ってきた。
「何が起こったんですか?」
「ヴィルヘルミーネが飛び降りた!」
「ええっ!」
急いで医者がやってきた。ヴィルヘルミーネは担ぎ上げられて一階の大家の部屋に寝かされた。
気を失ったその顔は死人のように生気がなかった。
ルナは起こっていることをただ見つめているばかりだった。
静かに俯き、表情も変えずに。
ズデンカはその肩を叩いた。
「行くぞ」
「うん」
わざわざ言葉を交わさずとも、二人に行き先は分かっていた。
――リヒテンシュタットの元へだ。
ヴィルヘルミーネが何をされたのかも二人には分かっていた。
本人らしき影が扉に消えていくのが目に入った。
「急ごう。嫌な予感がする」
そう言うルナを横抱きにして物凄い速度で駆け抜けるズデンカ。
周りの人々はビックリした顔で見つめていた。
扉を蹴立てて開け、ルナを降ろして二階へ先に上がるズデンカ。
「おい待てよ! ヴィルヘルミーネだろ?」
ヴィルヘルミーネは綺麗に整頓された部屋の窓辺に置かれた机にぐたりとなって上半身を預けていた。
ルナも急いで部屋へ入ってきた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。逃げるつもりはなかったんです。お二人を避けたくなかったんです。なのにっ!」
ガタガタと震えながら泣き叫ぶような大声を上げていた。
「どうかしたの?」
ルナはその肩に手を掛けようとした。
「近づかれるのが怖くって!」
呻いてそれを避けるヴィルヘルミーネ。顔を見られたくなさそうに両腕の中に押し隠した。
「リヒテンシュタットに何かされたんだろ?」
「講座で起こったこと、言っちゃダメなんです。言ったらルナさまにも迷惑掛かるし、わたしも……」
「言わないと分からないだろうがよ!」
ズデンカは勢い込んで言った。
「怖いんです。ずっと頭の中で繰り返されて、止まらなくて。言葉に出来なくなって、それをやろうとするとまた甦ってきちゃう。だからもう嫌! 本当は家の中にずっといたくないんです。考え込んでしまって。ずっと、触られているような気がしてしまって」
ヴィルヘルミーネは両手で顔を覆った。
「考えちゃいけない! 何も考えないで」
ルナも思わず叫んでいた。
「考えちゃいけない……いけない、いけない。そうだ……」
ズデンカも止められないほどの早さで、机の上に登ったヴィルヘルミーネは、窓から外へ飛び下りた。
ズデンカは何も言わずすぐに階段を駆け下り、ヴィルヘルミーネを追った。
膝を開き、両手を押し広げるかたちでヴィルヘルミーネは石畳の上に倒れていた。幸い二階からだったのでさほど傷はなかったが、流れる血痕は泥と混じって点々と広がっていた。
通行たちは驚いてあたふたしている。
「医者を呼べ!」
ズデンカは怒鳴った。パン屋の女主人が走ってきた。
「何が起こったんですか?」
「ヴィルヘルミーネが飛び降りた!」
「ええっ!」
急いで医者がやってきた。ヴィルヘルミーネは担ぎ上げられて一階の大家の部屋に寝かされた。
気を失ったその顔は死人のように生気がなかった。
ルナは起こっていることをただ見つめているばかりだった。
静かに俯き、表情も変えずに。
ズデンカはその肩を叩いた。
「行くぞ」
「うん」
わざわざ言葉を交わさずとも、二人に行き先は分かっていた。
――リヒテンシュタットの元へだ。
ヴィルヘルミーネが何をされたのかも二人には分かっていた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
世界の端に舞う雪
秋初夏生(あきは なつき)
現代文学
雪が降る夜、駅のホームで僕は彼女に出会った
まるで雪の精のように、ふわりと現れ、消えていった少女──
静かな夜の駅で、心をふっと温める、少し不思議で儚い物語

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
くじら斗りゅう
陸 理明
歴史・時代
捕鯨によって空前の繁栄を謳歌する太地村を領内に有する紀伊新宮藩は、藩の財政を活性化させようと新しく藩直営の鯨方を立ち上げた。はぐれ者、あぶれ者、行き場のない若者をかき集めて作られた鵜殿の村には、もと武士でありながら捕鯨への情熱に満ちた権藤伊左馬という巨漢もいた。このままいけば新たな捕鯨の中心地となったであろう鵜殿であったが、ある嵐の日に突然現れた〈竜〉の如き巨大な生き物を獲ってしまったことから滅びへの運命を歩み始める…… これは、愛憎と欲望に翻弄される若き鯨猟夫たちの青春譚である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる