21 / 526
第一部
第三話 姫君を喰う話(2)
しおりを挟む
刑吏に引かれて、白いドレスを着た王女が連れてこられたのだ。
しかし、王女はすこぶる異様な格好だった。後ろ手に枷がされているのは当たり前としても、その顔には仮面が被せられていたのだから。しかも、その口の部分だけがご丁寧に開かれ、小さな鉄格子のような柵が作られていた。
「人を食わないように、だろうな」
ズデンカが察した。
「一国の王女がここまで警戒されるのは珍しいな」
ルナは顎に手をやった。
王女を引き立ててきた刑吏の頭と見える男が嘆いていた。
「共和国から命を救われたはずの旧王族が、このような口にすらできぬ大罪を犯すとは!」
「殺せ」
「叩きつぶせ」
「この人喰いが!」
民衆は叫び声を上げた。中には石を投げる者もいて、王女の仮面へ命中した。
だが王女は虚脱状態なのか、一向に身動ぎせずに立ち尽くしている。
「凄い憎まれっぷりだな」
「王族には熱心なスワスティカの党員もいたからね。シエラフィータの民をこの世から浄化すべきだ、と唱えながら」
「ルナ……」
ズデンカは焦った。ルナの過去はほとんど聞いたことがなかったが、スワスティカの民族根絶政策で辛い思いをしたであろうことは想像がついたからだ。
一方、ルナは微笑みを浮かべてズデンカを見つめるばかりだった。
「これより王女エルゼの処刑を執り行う!」
刑吏頭の指図で、恐る恐る仮面が外される。流れるようなブロンドの見目麗しいエルゼの顔が露わとなった。外した二人の刑吏は、ずだ袋を被り、身体をしっかりと鎧で覆っていた。
さっきまで殺せと怒鳴っていた群衆もそれを見て急に静かになった。
「みなさん、わたくしは確かにキンスキーを殺めました。けれど、キンスキーという男は殺められて当然の男だったのです。その理由を話させてくさだい」
エルゼを両手を広げた。
「魔女め、お前の話など誰が聞くか!」
「そうだそうだ!」
怒りを取り戻した群衆たちは次々に叫んだ。
だが、キンスキーその人を知るものは少ないらしく、本人に関する擁護は見られなかった。キンスキーはオルランド公国でこそ、たまに名前を目にした人物だが、故郷のヒルデガルトではそれほどでもないようだ。
「王女の話、ぜひ聞いてみたいね」
ルナは目を輝かせて言った。早速愛用の古びた手帳と鴉の羽ペンを取り出した。
「慣例として罪人には最期の言葉が許される決まりとなっている。主権者が人民たる共和国ではいかなる者にもそれは許されて然るべきだ。それゆえ、王女エルゼにも権利は与えられる」
大仰な文句を並べ立て、刑吏頭は告げた。
「ふわぁ~、早くしてくれ、待ってるんだよ」
ルナは大きなあくびをした。
化粧もしないのに朱のように赤くみえるエルゼの唇は、自分の物語を話し始めた。
しかし、王女はすこぶる異様な格好だった。後ろ手に枷がされているのは当たり前としても、その顔には仮面が被せられていたのだから。しかも、その口の部分だけがご丁寧に開かれ、小さな鉄格子のような柵が作られていた。
「人を食わないように、だろうな」
ズデンカが察した。
「一国の王女がここまで警戒されるのは珍しいな」
ルナは顎に手をやった。
王女を引き立ててきた刑吏の頭と見える男が嘆いていた。
「共和国から命を救われたはずの旧王族が、このような口にすらできぬ大罪を犯すとは!」
「殺せ」
「叩きつぶせ」
「この人喰いが!」
民衆は叫び声を上げた。中には石を投げる者もいて、王女の仮面へ命中した。
だが王女は虚脱状態なのか、一向に身動ぎせずに立ち尽くしている。
「凄い憎まれっぷりだな」
「王族には熱心なスワスティカの党員もいたからね。シエラフィータの民をこの世から浄化すべきだ、と唱えながら」
「ルナ……」
ズデンカは焦った。ルナの過去はほとんど聞いたことがなかったが、スワスティカの民族根絶政策で辛い思いをしたであろうことは想像がついたからだ。
一方、ルナは微笑みを浮かべてズデンカを見つめるばかりだった。
「これより王女エルゼの処刑を執り行う!」
刑吏頭の指図で、恐る恐る仮面が外される。流れるようなブロンドの見目麗しいエルゼの顔が露わとなった。外した二人の刑吏は、ずだ袋を被り、身体をしっかりと鎧で覆っていた。
さっきまで殺せと怒鳴っていた群衆もそれを見て急に静かになった。
「みなさん、わたくしは確かにキンスキーを殺めました。けれど、キンスキーという男は殺められて当然の男だったのです。その理由を話させてくさだい」
エルゼを両手を広げた。
「魔女め、お前の話など誰が聞くか!」
「そうだそうだ!」
怒りを取り戻した群衆たちは次々に叫んだ。
だが、キンスキーその人を知るものは少ないらしく、本人に関する擁護は見られなかった。キンスキーはオルランド公国でこそ、たまに名前を目にした人物だが、故郷のヒルデガルトではそれほどでもないようだ。
「王女の話、ぜひ聞いてみたいね」
ルナは目を輝かせて言った。早速愛用の古びた手帳と鴉の羽ペンを取り出した。
「慣例として罪人には最期の言葉が許される決まりとなっている。主権者が人民たる共和国ではいかなる者にもそれは許されて然るべきだ。それゆえ、王女エルゼにも権利は与えられる」
大仰な文句を並べ立て、刑吏頭は告げた。
「ふわぁ~、早くしてくれ、待ってるんだよ」
ルナは大きなあくびをした。
化粧もしないのに朱のように赤くみえるエルゼの唇は、自分の物語を話し始めた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!
海夏世もみじ
ファンタジー
旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました
動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。
そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。
しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!
戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!
素材採取家の異世界旅行記
木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。
可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。
個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。
このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。
この度アルファポリスより書籍化致しました。
書籍化部分はレンタルしております。
【完結】虐待された幼子は魔皇帝の契約者となり溺愛される
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
――僕は幸せになってもいいの?
死ね、汚い、近づくな。ゴミ、生かされただけ感謝しろ。常に虐げられ続けた子どもは、要らないと捨てられた。冷たい裏路地に転がる幼子は、最後に誰かに抱き締めて欲しいと願う。
願いに引き寄せられたのは――悪魔の国ゲーティアで皇帝の地位に就くバエルだった!
虐待される不幸しか知らなかった子どもは、新たな名を得て溺愛される。不幸のどん底から幸せへ手を伸ばした幼子のほのぼのライフ。
日常系、ほのぼの、ハッピーエンド
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
【表紙イラスト】蒼巳生姜(あおみ しょうが)様(@syo_u_ron)
2022/10/31 アルファポリス、第15回ファンタジー小説大賞 奨励賞
2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過
2022/03/19 小説家になろう ハイファンタジー日間58位
2022/03/18 完結
2021/09/03 小説家になろう ハイファンタジー日間35位
2021/09/12 エブリスタ、ファンタジー1位
2021/11/24 表紙イラスト追加
愚者の哭き声 ― Answer to certain Requiem ―
譚月遊生季
ホラー
※この作品は「敗者の街」第一部のネタバレを含みます(どちらから読んでも楽しめる作品にしたいとは思っています)
敗者の街はこちら↓
https://www.alphapolis.co.jp/novel/33242583/99233521
これは、死者たちの物語。
亡者だらけの空間に、青年は迷い込んだ。
……けれど、青年は多くのものを失いすぎていた。名前も、記憶も、存在も不安定なまま、それでも歩みを進める。
混ざり合う自我、終わらない苦痛、絡みつく妄念……
「彼ら」は砕け散った記憶を拾い集め、果たして何を見つけたのか。
……なぜ、その答えを紡いだのか
《注意書き》
※ほか投稿サイトにも重複投稿予定です。
※「敗者の街 ― Requiem to the past ―」のスピンオフ作品です。ネタバレを多分に含みますので、ご容赦の上お読みください。
※過激な描写あり。特に心がつらい時は読む際注意してください。ちなみに敗者の街よりグロテスクです。
※現実世界のあらゆる物事とは一切関係がありません。ちなみに、迂闊に真似をしたら呪われる可能性があります。
※この作品には暴力的・差別的な表現も含まれますが、差別を助長・肯定するような意図は一切ございません。場合によっては復讐されるような行為だと念頭に置いて、言動にはどうか気をつけて……。
※特殊性癖も一般的でない性的嗜好も盛りだくさんです。キャラクターそれぞれの生き方、それぞれの愛の形を尊重しています。
※段落での字下げをしていませんが、なろうのレイアウトだと字下げをした文章が読みにくく感じるという私の感覚的な問題です。
異世界転生でチートを授かった俺、最弱劣等職なのに実は最強だけど目立ちたくないのでまったりスローライフをめざす ~奴隷を買って魔法学(以下略)
朝食ダンゴ
ファンタジー
不慮の事故(死神の手違い)で命を落としてしまった日本人・御厨 蓮(みくりや れん)は、間違えて死んでしまったお詫びにチートスキルを与えられ、ロートス・アルバレスとして異世界に転生する。
「目立つとろくなことがない。絶対に目立たず生きていくぞ」
生前、目立っていたことで死神に間違えられ死ぬことになってしまった経験から、異世界では決して目立たないことを決意するロートス。
十三歳の誕生日に行われた「鑑定の儀」で、クソスキルを与えられたロートスは、最弱劣等職「無職」となる。
そうなると、両親に将来を心配され、半ば強制的に魔法学園へ入学させられてしまう。
魔法学園のある王都ブランドンに向かう途中で、捨て売りされていた奴隷少女サラを購入したロートスは、とにかく目立たない平穏な学園生活を願うのだった……。
※『小説家になろう』でも掲載しています。
最難関ダンジョンで裏切られ切り捨てられたが、スキル【神眼】によってすべてを視ることが出来るようになった冒険者はざまぁする
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
【第15回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作】
僕のスキル【神眼】は隠しアイテムや隠し通路、隠しトラップを見破る力がある。
そんな元奴隷の僕をレオナルドたちは冒険者仲間に迎え入れてくれた。
でもダンジョン内でピンチになった時、彼らは僕を追放した。
死に追いやられた僕は世界樹の精に出会い、【神眼】のスキルを極限まで高めてもらう。
そして三年の修行を経て、僕は世界最強へと至るのだった。
ユイユメ国ゆめがたり【完結】
星乃すばる
児童書・童話
ここは夢と幻想の王国。
十歳の王子るりなみは、
教育係の宮廷魔術師ゆいりの魔法に導かれ、
不思議なできごとに巻き込まれていきます。
骨董品店でもらった、海を呼ぶ手紙。
遺跡から発掘された鳥の石像。
嵐は歌い、時には、風の精霊が病をもたらすことも……。
小さな魔法の連作短編、幻想小説風の児童文学です。
*ルビを多めに振ってあります。
*第1部ののち、番外編(第7話)で一旦完結。
*その後、第2部へ続き、全13話にて終了です。
・第2部は連作短編形式でありつつ、続きものの要素も。
・ヒロインの王女が登場しますが、恋愛要素はありません。
[完結しました。応援感謝です!]
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる