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第一部
第二話 タイコたたきの夢(2)
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「あー、ペルッツ。シエラフィータの女か。俺はハンス。どこにでもある名前だろ? クラスで三人も被るやつがいたよ」
「なるほど、君は平凡に思われたくないんですね」
ルナはクスッと笑った。
「平凡だからなんなんだ!」
ハンスは怒鳴った。
「おめえ軍務はどうしたよ? 一人サボってると営倉入りだろ?」
突如割り込んできたズデンカがハンスの胸倉を掴んで吊り上げた。
「そんなもん……どうでもいい」
ハンスは首を背けた。
「こちらはメイドのズデンカです。ぜひ、君とはお茶でもご一緒したいですね。ホテル内の喫茶室で一服しましょう」
ルナはパイプを取り出した。
ズデンカは周りの目が気になった。
さきほど、玄関口で自分から騒ぎを起こしておいて気になるというのも変だが、喫茶室のソファに腰掛けたぼろぼろのハンスを見やる周囲の視線はあまり芳しいものとは言えなかったからだ。
「俺は音楽家になりたいんだ。だが、兵隊なんかに入って何になる? 一斉に揃って演奏しても、俺に注目されることはない。金を貰えてもな」
ルナに奢って貰ったお菓子を頬張り、紅茶でむせながら流し込んでハンスは言った。
「なるほど、それはサボるのにうってつけの理由だ」
ルナがぽんと手を打った。
「馬鹿言え。皆が当たり前にやっていることをこいつはやっていないだけの話だ。つうか単なる言い訳だろ。ちゃんと働け、このクソガキ」
ズデンカはハンスの頭を小突いた。
「まあまあ。でも、注目されたいなら、それなりの工夫はしなきゃいけないでしょうね」
「どんなのだよ?」
ハンスはちょっと興味を引かれたようだった。本当に子どもなのだと、ズデンカもルナも思った。
「例えば、道ばたで楽器を弾くとかね。ちょっとはお金を貰えるかも知れない」
「俺に出来るのはこいつだけだ」
と言って、ハンスはスティックで強く太鼓を弾いた。
周りのお上品な客はまた顔を顰めた。
「ドラムだけだとけっこう厳しいかな。友達と組んでバンドでも始めるのはどう?」
「とっ、友達なんかいねえよ」
ハンスは辛そうに言った。
「いいか、クソガキ」
ズデンカは渋い声を唸りだした。
「なんだよ?」
「さっさと現実を見ろ。好きなことで食っていけるやつなんてほとんどいないんだぜ。あたしだってな、こんなコドモ大人の面倒見るのは」
と、ここでルナを見やって、
「ごめん被りたいが……」
「え? そうなんだ」
ルナが心細そうな顔をした。ズデンカは焦って、
「いっ、いや、楽しいって感じられる日もあるぞ。……ま、仕事なんてそんなもんだ。たまの息抜きを楽しみに、辛いことを繰り返すのは当たり前なんだよ」
ルナの丸顔に満面の笑みが浮かんだ。騙されたとズデンカは気付いた。
「お前ら女こそ軍隊の暮らしがどんなに辛いか知らんくせに!」
ハンスは身を乗り出した。
そこにルナは手を差し伸べ、
「ハンスくんだって、これまでズデンカみたいな現実的なことは一杯言われてきただろ。耳たぶが重くなるぐらいね。わたしから提案できることはただ一つだ」
「なんだよ」
「面白い綺譚を教えてください。わたしが記録するに足る」
「面白い……うーん」
ハンスは考え込んだ。
「最近、俺の……同期が見た夢の話ぐらいしかねえ」
「夢か。ぜひぜひ」
パイプに火を点すルナに急かされるまま、ハンスは話し始めた。
「なるほど、君は平凡に思われたくないんですね」
ルナはクスッと笑った。
「平凡だからなんなんだ!」
ハンスは怒鳴った。
「おめえ軍務はどうしたよ? 一人サボってると営倉入りだろ?」
突如割り込んできたズデンカがハンスの胸倉を掴んで吊り上げた。
「そんなもん……どうでもいい」
ハンスは首を背けた。
「こちらはメイドのズデンカです。ぜひ、君とはお茶でもご一緒したいですね。ホテル内の喫茶室で一服しましょう」
ルナはパイプを取り出した。
ズデンカは周りの目が気になった。
さきほど、玄関口で自分から騒ぎを起こしておいて気になるというのも変だが、喫茶室のソファに腰掛けたぼろぼろのハンスを見やる周囲の視線はあまり芳しいものとは言えなかったからだ。
「俺は音楽家になりたいんだ。だが、兵隊なんかに入って何になる? 一斉に揃って演奏しても、俺に注目されることはない。金を貰えてもな」
ルナに奢って貰ったお菓子を頬張り、紅茶でむせながら流し込んでハンスは言った。
「なるほど、それはサボるのにうってつけの理由だ」
ルナがぽんと手を打った。
「馬鹿言え。皆が当たり前にやっていることをこいつはやっていないだけの話だ。つうか単なる言い訳だろ。ちゃんと働け、このクソガキ」
ズデンカはハンスの頭を小突いた。
「まあまあ。でも、注目されたいなら、それなりの工夫はしなきゃいけないでしょうね」
「どんなのだよ?」
ハンスはちょっと興味を引かれたようだった。本当に子どもなのだと、ズデンカもルナも思った。
「例えば、道ばたで楽器を弾くとかね。ちょっとはお金を貰えるかも知れない」
「俺に出来るのはこいつだけだ」
と言って、ハンスはスティックで強く太鼓を弾いた。
周りのお上品な客はまた顔を顰めた。
「ドラムだけだとけっこう厳しいかな。友達と組んでバンドでも始めるのはどう?」
「とっ、友達なんかいねえよ」
ハンスは辛そうに言った。
「いいか、クソガキ」
ズデンカは渋い声を唸りだした。
「なんだよ?」
「さっさと現実を見ろ。好きなことで食っていけるやつなんてほとんどいないんだぜ。あたしだってな、こんなコドモ大人の面倒見るのは」
と、ここでルナを見やって、
「ごめん被りたいが……」
「え? そうなんだ」
ルナが心細そうな顔をした。ズデンカは焦って、
「いっ、いや、楽しいって感じられる日もあるぞ。……ま、仕事なんてそんなもんだ。たまの息抜きを楽しみに、辛いことを繰り返すのは当たり前なんだよ」
ルナの丸顔に満面の笑みが浮かんだ。騙されたとズデンカは気付いた。
「お前ら女こそ軍隊の暮らしがどんなに辛いか知らんくせに!」
ハンスは身を乗り出した。
そこにルナは手を差し伸べ、
「ハンスくんだって、これまでズデンカみたいな現実的なことは一杯言われてきただろ。耳たぶが重くなるぐらいね。わたしから提案できることはただ一つだ」
「なんだよ」
「面白い綺譚を教えてください。わたしが記録するに足る」
「面白い……うーん」
ハンスは考え込んだ。
「最近、俺の……同期が見た夢の話ぐらいしかねえ」
「夢か。ぜひぜひ」
パイプに火を点すルナに急かされるまま、ハンスは話し始めた。
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