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第一部
第一話 蜘蛛(6)
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第一話 蜘蛛(6)
蜘蛛は糸を静かに這い進み、リーザの元へ辿っていった。
役人たちもしばらく呆気にとられていたものと見え、リーザから手を離した。
「蜘蛛さん」
リーザはぽつりと漏らした。
自分から歩み寄って、指先で蜘蛛の背を撫でた。頬は涙で濡れていた。
「来てくれたんだね、夜の奥から」
「わたしはただ、あなたにこの部屋から出て欲しかった」
声が聞こえた。多少くぐもっていはしたが、蜘蛛が喋っているのが分かった。
「面妖な! 取り押さえろ」
町長は怒り狂って叫んだ。我に返った役人たちがリーザを引き離す。
「リーザもリーザだ。お前は人の親なんだぞ。蜘蛛さんだとか、子供みたいなことを口走ってどうなる?」
ズデンカは無言のまま拳を握り締めて震えていた。
ルナはその手を軽く押さえた。
「まあ待って。君は言葉とは裏腹だね。あんなにリーザさんを悪く言ってたのに」
「そんなんじゃねえよ」
それには答えず、ルナは蜘蛛へ話し掛けた。
「蜘蛛さん、この部屋で何が行われたかご存じですね」
「この部屋でマルタは虐待された。そして殺された、町長に」
「だ、そうですよ。町長さん?」
ルナは笑っていた。
顔を真っ赤にして身を震わせる町長を前に、野次馬たちが口々に叫んだ。
「町長はボッシュの抵抗の英雄なんだぞ! 腹話術か知らんが、何てことを言うんだこの女は! 名高い人だと聞いたからご客人として扱ってやったが、もう我慢ならん」
「お前のやっていることは名誉棄損だぞ! 分かっているのか!」
町長はやっと怒鳴り声をあげた。
「マルタのあざはリーザが付けたものだけではなかった。虐待を知っていた町長はそれを利用してマルタを嬲った」
蜘蛛は粛々と事実を告げる。
「町長はマルタが吐いても殴り続けた。オットーは顔を背けてそれを見なかった」
オットーは陰鬱な表情を浮かべたまま黙りこくっていた。
「毎夜毎夜犯され続け、靴作りの商売道具でマルタは殺された。目を抉り抜かれて、三日納屋の中へ。その後に……」
蜘蛛は黙った。
「それじゃあ、マルタさんの眼窩に蜘蛛の巣がかかっていたのはどうしてですか?」
ルナは訊いた。
「わたしはあの鐘楼に悪い気が集まっていると知っていた。リーザに知って貰いたかったのだ。だが、それがマルタのことだとは分からなかった。だから、マルタが殺されたとき、わたしは一夜かけて鐘楼を登った。小さな身体で、時間は掛かったがマルタの元へと辿り着いた。小さくて何も出来ないわたしは、その開いた目を閉じてやろうと、糸で覆ったのだ。それすら、朝がくるまで満足に出来なかった。明るくなればわたしは去らないといけない」
オットーがいきなり立ち上がった。頭を抑えて叫んだ。
「その通りだ! 俺は言えなかった。神すら許さぬことを。俺の娘に! 俺は言えなかった! 仕事がなくなるのが怖かったからだ!」
「何を言うオットー! お前は疲れているんだ。落ち着け!」
焦って泡を吹く町長。有り余った贅肉が服ごとたぷたぷと動いていた。
ルナは平然としていた。
「わっ、わしはやっていない。やったのはリーザだ!」
「幾ら問い質しても、こればっかりでしょうね。あくまでわたしは探偵ではないので」
ルナはまた煙を吐いた。
「何をやったかはやった『物』に訊いてみましょう」
と、オットーの仕事部屋へ歩いていった。
「おやおや、不思議ですね。オットーさんはリーザさんには自分の仕事部屋に一ミリたりとも立ち入らせなかったのに、目上の町長さん各位には平気で使わせたんですねー」
靴作りの道具へ煙を吹きかけながらルナは言った。
「さて、何が行われたんでしょうね。楽しみだなぁ」
蜘蛛は糸を静かに這い進み、リーザの元へ辿っていった。
役人たちもしばらく呆気にとられていたものと見え、リーザから手を離した。
「蜘蛛さん」
リーザはぽつりと漏らした。
自分から歩み寄って、指先で蜘蛛の背を撫でた。頬は涙で濡れていた。
「来てくれたんだね、夜の奥から」
「わたしはただ、あなたにこの部屋から出て欲しかった」
声が聞こえた。多少くぐもっていはしたが、蜘蛛が喋っているのが分かった。
「面妖な! 取り押さえろ」
町長は怒り狂って叫んだ。我に返った役人たちがリーザを引き離す。
「リーザもリーザだ。お前は人の親なんだぞ。蜘蛛さんだとか、子供みたいなことを口走ってどうなる?」
ズデンカは無言のまま拳を握り締めて震えていた。
ルナはその手を軽く押さえた。
「まあ待って。君は言葉とは裏腹だね。あんなにリーザさんを悪く言ってたのに」
「そんなんじゃねえよ」
それには答えず、ルナは蜘蛛へ話し掛けた。
「蜘蛛さん、この部屋で何が行われたかご存じですね」
「この部屋でマルタは虐待された。そして殺された、町長に」
「だ、そうですよ。町長さん?」
ルナは笑っていた。
顔を真っ赤にして身を震わせる町長を前に、野次馬たちが口々に叫んだ。
「町長はボッシュの抵抗の英雄なんだぞ! 腹話術か知らんが、何てことを言うんだこの女は! 名高い人だと聞いたからご客人として扱ってやったが、もう我慢ならん」
「お前のやっていることは名誉棄損だぞ! 分かっているのか!」
町長はやっと怒鳴り声をあげた。
「マルタのあざはリーザが付けたものだけではなかった。虐待を知っていた町長はそれを利用してマルタを嬲った」
蜘蛛は粛々と事実を告げる。
「町長はマルタが吐いても殴り続けた。オットーは顔を背けてそれを見なかった」
オットーは陰鬱な表情を浮かべたまま黙りこくっていた。
「毎夜毎夜犯され続け、靴作りの商売道具でマルタは殺された。目を抉り抜かれて、三日納屋の中へ。その後に……」
蜘蛛は黙った。
「それじゃあ、マルタさんの眼窩に蜘蛛の巣がかかっていたのはどうしてですか?」
ルナは訊いた。
「わたしはあの鐘楼に悪い気が集まっていると知っていた。リーザに知って貰いたかったのだ。だが、それがマルタのことだとは分からなかった。だから、マルタが殺されたとき、わたしは一夜かけて鐘楼を登った。小さな身体で、時間は掛かったがマルタの元へと辿り着いた。小さくて何も出来ないわたしは、その開いた目を閉じてやろうと、糸で覆ったのだ。それすら、朝がくるまで満足に出来なかった。明るくなればわたしは去らないといけない」
オットーがいきなり立ち上がった。頭を抑えて叫んだ。
「その通りだ! 俺は言えなかった。神すら許さぬことを。俺の娘に! 俺は言えなかった! 仕事がなくなるのが怖かったからだ!」
「何を言うオットー! お前は疲れているんだ。落ち着け!」
焦って泡を吹く町長。有り余った贅肉が服ごとたぷたぷと動いていた。
ルナは平然としていた。
「わっ、わしはやっていない。やったのはリーザだ!」
「幾ら問い質しても、こればっかりでしょうね。あくまでわたしは探偵ではないので」
ルナはまた煙を吐いた。
「何をやったかはやった『物』に訊いてみましょう」
と、オットーの仕事部屋へ歩いていった。
「おやおや、不思議ですね。オットーさんはリーザさんには自分の仕事部屋に一ミリたりとも立ち入らせなかったのに、目上の町長さん各位には平気で使わせたんですねー」
靴作りの道具へ煙を吹きかけながらルナは言った。
「さて、何が行われたんでしょうね。楽しみだなぁ」
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