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三者三様のコンプレックス

裏話あれこれ

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 二課でよく利用する居酒屋に辿り着くと、今日は直帰の予定だった人達も集まっていた。
 どうやら電話で呼ばれたらしい。
 杉野の後に続いて店に入ると、一瞬だけ課長と視線が合う。
 けれどすぐに声を掛けられたので、意識がそちらにそれてしまう。


「瀬永、総務の子、とうとうやっつけたんだって? 中々のドSっぷりを発揮してたって聞いたんだけど、何で俺がいるときにやらないのさ」


 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべてからかってくるのは、同期の中村だ。
 人をからかうのが好きな困った人だけど、面倒見がよくて、杉野とは特に仲がよかった。
 私達が出遅れた間に、何やら大げさに色々伝わっているらしい。


「杉野が情けないから、仕方なく口を挟んだのよ。でも、結局、課長に助けられたわ」


 あの時課長が来なければ、私は諦めて、言い返すことも説明もしなかったと思う。
 せっかく勇気を出したのに、中途半端におわってしまっていただろう。


「最近の杉野は、腑抜けだったからなぁ。瀬永にケツ叩かれて、少しはマシになったんじゃないの? あんまり言いたくないけどさ、あんな猫かぶりに引っかかるとかないだろ? 瀬永が作ったクッキーを、いかにも私が作りましたって様子で杉野に渡してるのを見た時は、ドン引きしたぞ」


 クッキーって、私が休憩室にお菓子ばら撒きテロしてたのは、ばれてたの?
 それに私が作ったのを渡してたって何で?


「なんで知ってるの?」


 混乱しながら尋ねると、座敷の隣の席をぽんぽんと叩いて呼ばれる。


「瀬永は、時々凄く甘い匂いをさせてたから、休憩室に置いてあったお菓子の作り主は、わかってるやつも多かったと思うぞ? 何、お前、ばれてないつもりだったの?」


 からかうように言いながら、ドリンクのメニューを渡される。
 私が飲み物を選ぶと、隣のテーブルの杉野が自分のと一緒に頼んでくれた。
 

「こっそり、ばら撒きテロしてるつもりだったの。ばれてるなんて、思ってなかった」


 こっそり行動していたつもりがばればれだったなんて、恥ずかしくて頬が熱くなっていく。


「瀬永、テロリストだったのか。美味しくて嬉しいテロだから、大歓迎だけどな」


 ばら撒きテロという言葉を笑われて、更に恥ずかしさが増していく。
 でも同時に、大歓迎といわれて、迷惑にはなってなかったのだと、ちょっとホッとした。


「瀬永が何も言わなくても、二課の奴らのほとんどは、瀬永が作ったお菓子だって知ってたんだ。杉野は気づいてなかったみたいだけどな。あいつ、たまにありえないくらい鈍いから。で、厚かましくも営業部のフロアにやってきてた猫かぶりが、作り主が秘密なのをいいことに、『お菓子作りが、得意なんですぅ~』って、ラッピングをちょっと変えただけのお菓子を杉野に渡し始めたわけ。杉野がいつ気づくのかなぁって思って、実は同期のみんなで賭けをしてた」


 田辺さんの口真似をする中村が気持ち悪い。
 それにしても、同期のみんなということは、当然そこに凛も含まれるわけで。
 前に凛がお菓子のことで微妙そうな顔をしていたのを思い出した。
 課長も、もしかして知っていたから、お菓子を全種類持っていたの?
 一度廊下で行き合わせた時のことを思い出して、ちらっと課長の方を見ると、いつも通り二課のメンバーに囲まれていた。
 他の部署と合同の時は女子社員に囲まれてしまう課長だけど、二課だけの時は、気心の知れた部下と楽しそうにおしゃべりをしていることが多い。


「杉野がちょっとかわいそうじゃない?」


 知っていたなら教えてあげればいいのにと思ってそう言うと、苦笑を返された。


「瀬永は杉野に甘過ぎ。見てれば気づくようなこと、気づかないあいつが悪い。大体さ、あんな女を名前で呼ぶくらいなら、瀬永のことを名前で呼べって思ったね、俺は」


 少し酔いが回ってきたのか、中村が言いたい放題だ。


「瀬永さー、男子トイレにいると、結構女子トイレの話し声とか聞こえてくるの知ってる? 最近、営業部と全く関係のないのが、女子トイレを占拠してるだろ? 姦しく囀ってるのが、全部筒抜けでさ。それを聞いてりゃ、あんな可愛く装ってるだけの女、話をする気にもならない。杉野はさ、営業やってるくせに、情報収集を怠り過ぎなんだよ」


 まさか、女子トイレの話し声が聞こえているとは思わなかった。
 私はトイレでおしゃべりなんてしないからいいけど、総務の子たちは、気を抜いた女同士の会話が全部ばれているわけだ。
 総務部のフロアのトイレでやっていれば気づかれることもなかったのに、わざわざうちのフロアでおしゃべりしてたわけだから、同情する気にもなれないけど。


「もしかして、昼のも聞かれてた? 田辺さんが杉野とのことを私に話した時の」


 昼間の女子トイレでのやり取りを思い出して、思わず苦笑してしまいながら尋ねると、大きな頷きが返ってくる。


「瀬永がいなくなった後の会話まで、ばっちり聞いた。ちょっと、杉野、来い!」


 隣のテーブルの杉野を呼びつけて、中村が内緒話をするように顔を寄せてくる。
 どれだけ飲んだのか少し酒臭くて、顔を顰めてしまった。


「なんだよ、中村。飲み過ぎじゃないのか?」


 素直にやってきた杉野も含めて、3人で顔を突き合わせて内緒話の態勢を取る。


「武士の情けだ、特別に教えてやる。杉野、お前な、もし、あの猫かぶりの処女を奪ったと思って付き合ってやってるなら、気にすることないぞ。『タイミングよく生理が来たから、ちょっと痛がる振りをしただけで勘違いしてくれてラッキーだった』って、言ってたから」


 男の人から聞かされる、あまりにもあからさま過ぎる言葉が気まずくて、ふいっと視線を逸らす。
 彼女の言葉でわかっていたけど、やっぱり手を出してたんだと思ったら、杉野を見る目が冷たくなりそうだ。


「さすがにそれに気づかないほど間抜けじゃない。ただ、もうどうでもよかったから、適当に相手してただけだ」


 私には知られたくなかったのか、杉野が苦い表情だ。
 私に男性経験がないからかもしれないけど、好きでなくても抱けるというのが理解できない。
 田辺さんも杉野を騙そうとしたわけだし、お互い様なんだろうけど、嫌悪感を表に出さないようにするのが大変だった。


「俺、しばらくは、課長を見習って馬車馬のように働く。恋愛は、しばらくいいや。末っ子だから、結婚はせっつかれてないしな」


 苦い顔でビールを飲みながら、杉野が宣言した。
 課長の代わりに、今度は杉野が仕事人間になるのか。
 課長が仕事を減らそうとしているから、ちょうどいいのかもしれない。


「結婚より前に、彼女が欲しいよ、俺は。別に瀬永みたいな美人じゃなくていいから、普通の性格の子、どこかにいないかなぁ。妬みとかと無縁の子がいい。肉食は怖いから嫌だ」


 トイレで漏れ聞く話は中村にトラウマを作ったのか、肉食恐怖症になりかけているらしい。
 探せばちゃんといると思うけど、二課のみんなは結構忙しいから、仕事に理解のある人じゃないと長続きしないと聞いたことがある。
 一緒にいる時間を確保するために、さっさと結婚してしまっている人も多い。
 中村に可愛い恋人ができるように、心の中でお祈りしておいた。


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