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三者三様のコンプレックス

問題解決

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「瀬永先輩、さっき、ぞくぞくするくらいかっこよかったです! でも、俺が切れたせいで、迷惑をかけてすみませんでした!」


 事のきっかけを作った水上君が、深々と頭を下げる。


「災い転じてってやつじゃないか? 瀬永は見ててイライラするくらい、自分のことでは我慢してばかりだったからな」

「そうそう。もっと早く言ってやればよかったんだよ。嫉妬して、ないことばっかり言うなって」


 同じ部署の先輩達が次々に声をかけてくれて、イライラしながらも見守っていてくれたんだとわかった。
 随分もどかしい思いもさせたに違いないのに、みんな、優し過ぎる。


「……結局、男なんて、美人に甘いだけじゃない!」


 いい雰囲気になってきたところだったのに、輪の外でずっと黙っていた潮田さんが、苛立ちをぶつけるように叫んだ。
 それに対するみんなの反応は、ムッとしていたり苦笑していたり、それぞれだ。


「女だって、イケメンに甘いだろ。他と合同の飲み会の時だって、課長や杉野のテーブルは女ばっかりだけど、俺たちのところには近寄りもしないし」

「そうだよなぁ。たまに来たかと思えば、可愛い後輩の悪口を吹き込むだけとか、質の悪いのだと、酔わせてお持ち帰りするように唆すとか、性格が悪い女が多いよな」


 色々と被害にあっているのか、苦い顔で語り合ってる。
 二課だけの飲み会のときは和気藹々としているけれど、他と合同の時は殺伐とすることが多かったから、みんな色々と溜め込んでいたらしい。
 合同の飲み会の時は、課長と杉野の隣の席を巡って、軽い言い争いが起きたりすることもあった。


「それにさ、潮田はやらないけど、瀬永は入社した時からずっと、毎朝俺達の机の上とか周囲を掃除してくれてる。領収書とか、うっかり出し忘れた時も、事前に声を掛けたりしてくれて、ミスを防いでくれるし、出先で忘れ物に気づいた時に、駅から走って届けてくれたこともあった。俺のミスなのに、文句一つ言わずに『間に合ってよかった』って、笑顔になる奴に、甘くなっても当然だろ?」

「確かに瀬永は、目の保養になる美人だけどさ、それだけでちやほやされるのは、責任のない学生時代までだろ。特に営業部なんて、馬鹿みたいに忙しいんだから、仕事ができるかどうかが一番重要なんだよ」

「心地よく仕事できるようにサポートするって、言うのは簡単だけど、やるのはものすごく大変です。俺達、学生の頃、部活でマネージャーを見てて、それは身に染みて知っていますから、二課に配属されて、頑張ってる瀬永先輩を見て、俺らもあのサポートを受けるにふさわしくなれるように頑張ろうって思いました。俺ら新入社員3人が熱血って言われてますけど、俺らに火をつけたのは瀬永先輩です」


 先輩達に続いて、いつもはどちらかというと無口な熊野君まで、一生懸命に語りだす。
 語るのが照れくさいのか、日に焼けた顔が赤らんでいて、それに気づいた課長が熊野君の頭を褒めるように撫でた。


「潮田さんには、先入観を捨てて瀬永さんを見てほしいと思うよ。二課は結束が固い、だからこそ、入ったばかりの潮田さんが疎外感を感じることもあるかもしれない。それに、瀬永さんは近寄りがたい雰囲気があるから、二人きりの女子社員なのに馴染めないのは、やり辛くもあるだろう。別に、無理やり仲良くしろとは言わない。仕事仲間だからって、性格や価値観の違いはどうしようもないことだからね。ただ、後から入った者として、教えを乞う立場なのは忘れないでほしい」


 課長の言葉は、私の胸に突き刺さった。
 潮田さんに嫌われていると思い込んで、必要以上に近寄ろうとしなかった私にも非があったことに、気づかされてしまった。
 心の中で潮田さんのことを責めるようなことを思っていたから、潮田さんも余計に私に歩み寄れなかったのかもしれない。
 早紀先輩が私に仕事を教えてくれた時のように、親身になって頑張らなければならなかったのに、新入社員ではないし、年上の人だからという先入観で、慣れない部署にきて、今までとは違う仕事をすることの意味をあまり考えていなかった。
 潮田さんに対して、私は不親切だったと思う。
 課長の言葉でやっと気づいたのだから、これからは気を付けなければ。


「社会人として、恥ずかしいことを口にしました。申し訳ありませんでした」


 課長の言葉に何か感じるところがあったのか、潮田さんは神妙な顔で深々と頭を下げて謝罪した。
 顔を上げて、初めてまっすぐに視線を合わされて、潮田さんは意外に背が高いんだなと思った。
 毎日隣の机で仕事をしていたのに、そんなことにすら気づいていなかった。


「二課に移動になる前から、総務部にいる友人にあなたのことを聞かされていて、課長の言う通り先入観を持って、瀬永さんを見ていたわ。自分から溶け込む努力もしないで、二課の社員があなたに優しいのは、あなたが私と違って美人だからだって僻んでた。酷い態度をとって、ごめんなさい。これからは、もっと熱心に仕事を覚えるから、明日からまた教えてもらえるかな?」


 みんなの前で心情を口にするのは、とても勇気がいるに違いないのに、潮田さんは謝罪してくれた。
 私の持っていた印象とは全然違う潮田さんを見て、やっぱり私にも悪い部分がたくさんあったんだと思い知らされて、申し訳ない気持ちになる。


「私こそ、部署を移ったばかりで不安なはずなのに、そんなことすら気づきませんでした。今までと違う仕事に戸惑うのは当然なのに、教え方も不親切だったと思います。配慮が足りず、すみませんでした。明日から、よろしくお願いします」


 心から謝罪すると、課長が私と潮田さんの背中を軽く叩く。


「和解したところで、相互理解を深めるためにも飲みに行こうか? 君たちは、意外と気が合うと思うよ。二人とも料理上手だから。お弁当って、意外と作った人の性格が表れるものだって知っていた? 君たちの作るお弁当には、似通ったところがあるよ」


 お弁当を見て性格を推し量れるのは、課長の鋭い洞察力のせいだと思うけど、その課長が似通っているというのだから、信じていいかもしれない。
 私は潮田さんがお弁当を作ってることすら知らなかった。
 最近、自分の机でお弁当を食べることが多い課長は、電話番をする私達が、それぞれに手作りのお弁当を持っていたことに気づいていたのだろう。


「瀬永さんも、お弁当派なの? 知らなかったわ」


 驚いたように問われて、頷きを返した。


「私も知りませんでした。私、料理とお菓子作りが趣味なんです。凄いインドア派で、ずっと家にいていいって言われたら、何か月でも籠っていられる自信があります」


 自信たっぷりに言い切ると、潮田さんが思わずといった風に笑みを漏らした。
 初めて見る笑顔はとても優しくて、こんな風に笑う人なんだと知れたことが嬉しいと思う。


「そういえば、そうよね。あなたの爪、綺麗に整えられているけれど、料理をする人の爪だもの。……私、本当に何も見ていなかったのね」


 マニキュアすらしていない私の手を見て、潮田さんが自嘲するように呟く。


「私も隠してましたから。だから、お互い様なんです。これからは、できるだけ話します。黙って我慢するばかりの私も悪いって、最近気づきましたから」


 そのことをはっきりと指摘してくれたのは凛だけど、反論するきっかけをくれたのは課長だ。
 今、こうして潮田さんとの関係が改善できそうなのも、二課の人達の本音が知れたのも、課長が助けてくれたからだ。


 感謝だけじゃない、もっと違う気持ちも芽生えかけている。
 けれど、一人だけ暗い顔をしている杉野のことも気がかりで、放っておけない気がした。



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