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三者三様のコンプレックス

プロローグ

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 私は目立つのが嫌いだ。
 じろじろと無遠慮に見られるのも大嫌いだ。
 小さな頃はピアノやバレエなどの習い事もしていたけれど、発表会に出るのが嫌で、どちらもやめてしまった。
 断り切れず、学芸会の主役などを引き受けてしまったときのことは、完全にトラウマになってしまっていて、今でも疲れた時に夢に見ることがある。
 顔がいいから贔屓されていると、クラスでもリーダー格の女子とその取り巻きに陰湿な嫌がらせをされ、小学校を卒業するまでいつも一人だった。
 男子は庇ってくれたけれど、当然ながら異性に庇われれば嫉妬も絡んで余計に嫌がらせがエスカレートするだけで、何の解決にもならなかった。
 当時、不登校にもならず学校に通い続けていたのは、意地と、育ててくれる祖父母に迷惑を掛けたくない一心だった。

 中学からは私立だったし、環境が変わることで気持ちを切り替えられた。
 裕福な家の子供が多かったので、みんな放課後は習い事をしていたりして、学校内でだけ、それなりの関係が築ければ、問題なく生活できていた。
 だけど中学生ともなると、異性を意識し始める時期だ。
 中学に入ってから仲良くなった友人は、二つ年上の従兄のことが大好きで、当時生徒会長をしていたその従兄に逢いに行くのに、私もよく付き合わされた。
 上級生の教室や生徒会室というのは、私にとっては敷居が高かったけれど、一人で行くのは怖いという友人を放ってはおけなかった。
 可愛くて甘え上手で、ちょっと我儘なその子は、私にないものばかりを持ち合わせていて、こんな子だったなら苛められることもなかったのかもしれないと、羨ましく思う気持ちがあった。
 必然的に私も生徒会長と親しくなってしまい、知り合って2か月たった頃に告白された。
 友人の好きな人だし、まだ恋愛感情はよくわからなかったので、一度は断ったのだけど、『従兄は真剣なのに可哀そうだから、どうか付き合ってあげてほしい』と、何度も友人に説得されて、結局は付き合うことになってしまった。

 その生徒会長は、中学生とは思えないほどに落ち着いていて、頭がよかった。
 好きな本の趣味も似通っていて、本の貸し借りをしたり、勉強を教えてもらったりと、中学生らしい健全なお付き合いをしていた。
 春に高等部に上がってしまえば、中々逢えなくなってしまうと、それを寂しく思うくらいには好意を持っていたから、初めてキスされたときには驚いたけれど、でも、嫌だとは思わなかった。
 けれど、友人が私に求めていたのは、そういう役割ではなかったのだ。
 すぐに別れるだろうと思っていた私達が、いつまで経っても別れることもなく仲を深めているのを知って、彼女はしびれを切らした。
 彼女のシナリオでは、私と付き合うことで、ずっと慕ってくれていた妹のような従妹の良さを知り、彼は自分の元へ戻ってくるという流れになるはずだったようだ。
 それが上手くいかなかったので、ずっと好きだった人を友人に奪い取られた悲劇のヒロインに方向転換してしまった。
 そんな状態で普通に友人として付き合っていけるはずがなく、私は孤立するようになった。
 聡い彼は私達の状況に気づいて、友人を窘めてくれたようだったけれど、火に油を注ぐようなものだった。
 反対に彼の母親に、評判の悪い女の子と付き合っていると告げ口されて、彼は私との交際を禁止されてしまった。
 私の両親が離婚していて、祖父母に育てられていることを友人は知っていたので、それを聞いた彼の母親は、『付き合うなら、もっときちんとした家の子と付き合いなさい』と彼に言ったらしい。
 私が女優をしている母の子であるとばれないように、住み慣れた故郷を離れて引っ越しまでして、私を育ててくれている祖父母には深く感謝していたので、彼は何も悪くないけれど、その言葉で私の気持ちは冷めてしまった。
 初恋だったのかもわからない彼との付き合いは、あっけなく終わり、私には、『友人の好きな人を奪って、飽きたら次に乗り換えた』という、悪い噂だけが残った。

 彼と別れてからも、告白されることはそれなりにあった。けれど、誰かと付き合うのはもうこりごりだと、全部断るようにしていた。
 友達ができかけても、その友達の好きな人から告白されることがあって、拗れてしまったりした。
 おかげで、誰かを好きになるという気持ちがよくわからないまま、恋愛に対する苦手意識だけが募っていった。
 歳を重ねるに連れて恋愛がらみのトラブルは増える一方で、同性には敬遠されるようになった。
『人の恋人を奪って捨てるのが好き』だとか、『休日は派手な格好をして遊びまわっている』とか、果ては『援助交際をしている』とか、事実無根の陰湿な噂をいくつも流された。
 中、高、大と一貫校だったから、それらの噂が増えることはあっても消えることはなくて、大学を卒業する頃には、『気が向けば誰でも誘惑して寝る悪女』というレッテルを貼られていた。

 幸いだったのは、そんな私にも惜しみない愛情を注いでくれる家族がいたことだ。
 私が中3の時に母が再婚して、私には義父と二人の義兄ができた。
 ずっと女の子が欲しかった義父と、妹が欲しかった義兄達は、私のことを普通の子供のように可愛がってくれた。
 いつも実年齢よりも上に見られていて、女優である母親に似た顔と左目尻の泣きぼくろのせいで、色気があると言われることも多かった私を、ただの子供として扱ってくれるのが嬉しかった。
 告白してくる男子の中には、明らかに体目当てと分かる人もいて、欲を伴った男の視線に敏感になっていた時期だったから、余計に心が慰められた。
 母が再婚していなかったら、多分私は男嫌いになっていたと思う。
 義父と義兄達のおかげで、世の中には素敵な人もたくさんいるんだと思えるようになった。
 初めて付き合った彼のことも、彼自身はとてもいい人だったのだと、楽しかった頃の事なども思い出すようになって、悪いばかりの思い出ではなくなった。
 頑なさも少しはマシになって、ずっと私には似合わないからと遠ざけていた可愛い服やアクセサリーなども、家の中限定だけど身につけるようになった。

 唯一の誤算は、私が上の義兄を好きになってしまったこと。
 初めて女性として見られたいと心から願った相手は、私を妹としてしか見ていなくて、しかも婚約者がいた。
 義兄の婚約者は、背の高い派手な顔立ちの私とは違って、小柄で可愛くてとても優しい、素敵な人だった。
 最初から婚約者がいるのは知っていたから、初恋は実らないものと自分に言い聞かせて気持ちを封じ込めることができたけれど、その後も、心惹かれるのはどこか義兄に似た人で、そして、その人が選ぶのはいつも、私とは違う可愛いタイプの女性だった。
 そんなことを繰り返すうちに、私は自分に自信が持てなくなっていった。



 大学を卒業して、義父の友人の会社に入社して4年目の6月。
 私はまたしても同じパターンで失恋してしまったようだ。
 会社で聞かされた噂は、同期で一番仲のいい杉野が、新入社員の可愛い女の子と恋人になったというものだった。
 


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