いつかの僕らのために

水城雪見

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新世界にて

シュリングまでの旅 6

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「一人で行くと子供だと侮られそうだから、一緒に商業ギルドに行ってもらえるのは、凄く助かるよ。特許の申請って、何か準備しておいた方がいいものとかあるかな?」


 話が大きくなりそうだなぁと、漠然と感じながらフランツさんを見上げると、優しく髪を撫でられた。


「加工に必要な道具があるのでしたら、持って行った方がいいかもしれません。ただ必要以上に手の内を晒すことはないので、レイ君が空間庫を使えることや、マジックバッグを持っていることを知られないように、道具は手荷物として持っておいた方がいいでしょう。スキルや自分の使える属性なんかも、安易に口にしてはいけません。冒険者というのは、自分の手の内を明かさないものです」


 髪を撫でながら優しく諭されて、素直に頷いた。
 フランツさん達だからこそ話したのだと理解しているから、こんなに優しい口調なのだろう。


「他の人といるときは、気を付けるよ。大きめのバッグを、いつも一つは持ち歩くようにするね」


 ランクの高い冒険者ならともかく、登録したての俺が高価なマジックバッグを持っているのがわかれば、それを奪おうとする人もいるのかもしれない。
 自分が平和ボケした日本人だという自覚があるから、用心し過ぎるくらいでちょうどいい。
 早速、空間庫から裁縫の練習ついでに作った布製のバッグを取り出してみた。
 紺色の頑丈な布で作ったショルダーバッグだから汚れも目立たないだろうし、大きさも邪魔にならない程度のサイズなので程よいだろう。
 革と布を使ってリュックも作ってあったから、ついでにそれも取り出して、街で使っても悪目立ちしないか聞いてみることにした。


「こういう形のバッグってあるのかな?」


 リュックを差し出しながら尋ねると、ルイスが受け取って、興味深げにリュックの作りを確かめ始めた。


「似たような形のは見たことがありますが、ちょっと違いますね。これは、背中に背負うんですか?」


 ルイスの横からリュックを見ながら、フランツさんが首を傾げる。
 俺に合うサイズで作ったから、ルイスには小さすぎて背負えないようだ。


「ルイス、貸してみろ」


 リュックを背負えなくて、心なしかしょ気ているルイスからリュックを受け取って、クラウスさんが背負ってみた。
 細身で一般的な体型のクラウスさんなら、問題なく背負うことができたので、クラウスさんは色々と確かめるように、しゃがんだり飛び跳ねたりし始めた。


「これは、荷物を持っていても両手が空くからいいな。それに、この肩のところを調整すれば、体にぴったりと合うから、激しい動きをそれほど阻害することもないようだ。よくできている」


 クラウスさんはリュックが気に入ったみたいで、作りを確かめるみたいにリュックを検分している。


「荷物も結構入るし、それに軽量化の魔法陣を使ってるから、荷物を入れてもあまり重たくならないんだ。防御の魔法陣を入れたら、背中の守りになるかと思ったんだけど、一応自重したんだよ」


 ちゃんと自重も知ってることを、しっかりアピールしておいた。
 陶器を作った時みたいに、これも軽量化を掛けたいものを纏めて箱に入れて、箱ごと軽量化をかけてあるので、魔皮紙は一枚しか使っていない。
 コストはかなり下げてあるけど、それを知らないクラウスさんは、魔法陣と聞いて深々と息をついた。


「まさか、これも魔道具とは……。レイ、魔法陣というのは、日用品にそうほいほいと取り入れるものではないからな?」


 自分で作れるから魔道具を凄く身近に感じていたけれど、それはどうやら普通ではないらしい。
 俺が興味の赴くままに作ったリュックは、一般人の手の届かない高価な魔道具化していたようだ。


「ただのバッグならともかく、魔道具のバッグとなると値段は跳ね上がるでしょうが、欲しがる冒険者は多そうです。これと似た形のバッグは、片方の肩に掛けるような形の物で、荷物もそんなに入らないですからね」


 まさか、リュックにそこまで需要があるとは思わなかった。
 あれ? ふと思ったけど、バッグ類の空間拡張も、箱に入れて纏めて掛けられたりするのかな?
 欲張ってたくさん入れると、さすがに魔力の消費が大きすぎて死ぬだろうか?
 でも、拡張の範囲を狭くして、見た目よりもたくさん入るバッグ程度のものだったら量産できるかもしれない。
 バッグの中に時間停止した異空間を作るマジックバッグと違って、既にある空間を拡張するだけのバッグなら、作るときの魔力の消費は段違いに減るはずだ。
 思いつくと、試してみたくてうずうずとしてしまう。
 それにしても、魔道具って本当に出回ってないんだなぁ。
 安くて便利な魔道具を広められるように頑張ろう。


「そもそも、どうしてそんなに魔道具の値段が高いの? 素材が貴重だから? それとも作る人がいないから?」


 俺が問いかけると、話が長くなりそうだと感じたのか、ルイスが俺を引き寄せて、胡坐をかいた膝に座らせた。
 逞しい太ももに大人しく座りもたれ掛かると、やけに嬉しそうに頭を撫でてくる。
 子ども扱いだなぁと思うけど、意外に座り心地がいいので素直に体を預けた。


「魔道具が高い理由なんて、考えたこともありませんでした。魔道具は高いというのが常識ですから。昼間にも少し話しましたが、魔道具職人は貴重なんです。魔道具が作れるとなると、どの国でも優遇されます。税が安くなったり、一等地に店を構えられるように補助されたりと、土地によって違いはありますが、どこにいても大切にされるのは間違いありません。腕のいい魔道具職人ともなると、一代限りの爵位を賜ることもあるほどです。職人の流出を防ぐために、あの手この手を使ってきますよ」
 
 
 魔道具職人に関するいろんな話を知っているのか、自分のマジックバッグから椅子を取り出して腰掛けたフランツさんが、苦笑交じりに語る。
 俺が考えているよりも、魔道具職人というのは貴重なようだ。
 魔道具を作るのは好きだけど、束縛されるのは嫌だし、魔道具ばかり作るのはもっと嫌だから、俺が魔道具職人として店を構えることはないだろう。
 自作の魔道具を売るなら、信用できる商人に売ったり、商業ギルドを利用するだけで十分だ。
 

「それに、魔道具を作るための素材も高い。魔皮紙を一枚買うだけでも、金貨2~3枚は必要だ。軽量化などのありふれた魔法陣なら安いが、レアな魔法陣ともなると、冒険者としてかなり稼いでいる俺達でさえも、簡単には払えないほどに高いんだ」


 簡単に作れるのに、魔皮紙が何でそんなに高いんだろう?と、クラウスさんの説明を聞いて不思議に思った。
 もしかして、魔皮紙の作り方って、秘伝だったりするんだろうか?
 作れない頃も、値段なんて考えることもなく使ってたし、残っていた魔皮紙もバトラーに勧められて全部もらってきたから、あれだけでも一財産になるのかな?
 それに、馬車に安易に使ったけど、もしかして、空間拡張って物凄く高い魔法陣だったりする?
 隠し部屋のことが知られないにしても、空間拡張してある俺の馬車は、人前に出せないかもしれない……。


「もしかして、空間拡張の魔法陣って、レア?」


 恐る恐る尋ねると、3人揃って重々しく頷く。


「まず、空間拡張の魔法陣を使えて、馬車も作れるという魔道具職人が、数えるほどしかいない。そして、そういう魔道具職人は国に抱えられていることが多くて、余程のコネがなければ、紹介すらしてもらえない」


 クラウスさんに追い打ちを掛けられて、ショックのあまり言葉を失った。
 せっかく作った馬車なのに、人前に出せないなんて思わなかった。
 がっくりと項垂れる俺の頭を、ルイスがぐりぐりと撫でてくる。


「レイ、気がかりがあるなら、吐いて楽になった方がいいぞ?」


 ルイスに促されて、恐る恐る顔を上げた。
 話したらドン引きされる自信があるけど、黙ってもいられない。
 

「俺の馬車……空間拡張、してある……」


 頑張って作ったのに使えないかもしれないと、涙目で呟くと、ルイスが慌てたように俺を抱きしめた。


「泣くな、レイ。大丈夫だ、空間拡張した馬車がないわけじゃないからな? 冒険者で使ってる奴だってたくさんいるし、俺達も、職人の伝手は何とかなりそうだったんだが、馬車にそこまで金を掛けるか悩んで、まだ早いと、先送りしただけなんだ」


 俺が余程情けない顔をしていたのか、ルイスが必死に宥めてくる。
 抱きしめたまま子供をあやすみたいに体を揺らされて、焦っているのが伝わってきた。


「馬車の中に入らなければ、空間拡張してあることはわかりませんし、許可なく馬車の中を覗いたりするのはマナー違反ですから、そう中を覗かれることもないはずです。ばれてしまっても、レイ君ならば富裕層の子供だとすぐにわかりますから、成人祝いに親にもらったのだとでも言えば、不思議に思われることもないでしょう。だから、そんなに悲しそうな顔をしないでください」


 俺の横に膝をついたフランツさんが、慰めるように優しく頬を撫でる。
 綺麗な手で頬を包み込むように触れられて、顔を覗き込まれると、気遣うように俺を見つめるフランツさんと目が合った。
 美形なフランツさんと至近距離で見つめあうのは、何だかちょっと緊張してしまう。
 そんな俺の状態に気づいたのか、ふっと優しく微笑んだフランツさんが、頬の手を滑らせて俺の唇を軽く撫でた。


「大丈夫ですよ、レイ君。馬車を出しているときのあなたには、リッカとセッカという最強のガードもついているのですから。彼らがきっと守ってくれます」


 テントの外でお座りをして待っている六花と雪花が、フランツさんの言葉に応えるように短く吠える。
 馬車を使えないかもしれないというショックが消えて、自然に笑みが浮かぶ。
 自衛や警戒はもちろん必要だけど、必要以上に委縮するのはやめよう。
 それよりも、魔道具を普及させて、俺の持っている珍しい魔道具が、珍しくなくなるようにする方がいい。
 早く大量に普及させるためにも、特許を取らなければ。


「ありがとう、フランツさん」


 お礼を言って微笑みかけると、離れ際にちゅっと頬にキスを落とされた。
 フランツさんって、時々仕草が甘くて気障だけど、それが凄く様になってて違和感がない。
 かっこいいなぁと素直に感心してしまう。


「レイ、テントはこのままで、馬車を見せてくれるか? 楽しみにしていたんだ」


 俺を腕に抱いたまま立ち上がりながら、ルイスに笑顔でねだられる。
 馬車を見せることが嫌なわけじゃないから、テントの外に出て馬車を出すことにした。
 



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