いつかの僕らのために

水城雪見

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新世界にて

シュリングまでの旅 3

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 休憩が終わって出発してから少しした頃、俺の肩に乗っていたリュミが鋭く一声鳴いた。
 さっきまでと違って、近くに魔物がいるらしい。
 

「リュミは察知もできるのか。この距離でわかるなんて、かなり優秀だな」


 ルイスに感心したように言われて、誇らしい気分になる。
 リュミは俺の最高のパートナーだ。
 馬車の横を速足で歩きながらついてきている六花と雪花が、行ってもいい?と、俺にお伺いを立てるように小さく吠える。
 狩りに行きたくてうずうずしているようだ。
 この反応からして、簡単に蹴散らせる魔物なのだろう。


「ルイス、六花と雪花が行きたがってるから、任せてもいい?」


 ずっと早歩きじゃ飽きてしまうだろうと、ルイスに聞いてみると、ルイスも六花達の戦闘能力を見たかったのか、すぐに許可を出してくれた。


「六花、雪花も行っておいで。素材を剥ぎ取るから、傷をつけすぎないようにね?」


 御者席に乗ったまま指示を出すと、二匹とも勢いよく駆けていく。
 あまりの勢いの良さに、我慢してスピードを抑えていたんだなぁと伝わってきた。


「さすが狼だ。体は大きいのに、速いな」


 ルイスが馬車を操りながら、感心したように呟いた。
 既に二匹の姿は見えないけど、そのうちに追いつくだろう。
 見えないところで戦っていると思うと、ほんのちょっと心配になるけど、二匹の強さはよく知っている。
 この辺りは辺境で強い魔物がいるけれど、それは森の奥に行かなければ遭遇しないらしい。
 森を切り開いて街道を作ってあるので、馬車が二台、余裕ですれ違えるほどに幅のある街道の両脇は鬱蒼とした森になっているけれど、街道まで脅威になるような魔物が出てくることは滅多にないそうだ。

 馬車が追いつく頃は戦闘も終わっていて、倒した魔物のそばに、二匹ともお座りをして待っていた。
 ルイスは御者をしていて空間庫が使えないから、俺が御者席から飛び降りて魔物を回収することになった。


「六花も雪花もお疲れ様。傷もほとんどないし、よくやったね」


 飛び降りた勢いのまま駆け寄って、まずは六花と雪花の頭を撫でて、しっかりと褒めてやる。
 二匹とも盛んに尻尾を振って喜んでいて、とても可愛い。
 獲物を回収して、追いついてきた馬車に乗り込むと、「お疲れ様」と、ルイスに労われた。
 解体をしないといけないけど、俺は解体をしたことがないから、今夜の野営地で教えてもらうことになっている。
 解体はクラウスさんが一番得意だそうだ。
 フランツさんは、できないことはないけれど、好きじゃないからやらないらしい。
 元々冒険者をしているのも、生活の手段じゃなくて、好きな遺跡に好きな時に、護衛を雇わないで行けるからだそうで、解体が必要な時はギルドに預けてしまうそうだ。
 ちょっとした手数料を払うだけで、プロに綺麗に解体してもらえるのなら、その方がいいと言っていた。
 自分にグロ耐性がどれくらいあるかわからないから、俺もどうしても無理だと思ったら、ギルドで解体してもらうかもしれない。
 一応、覚えられるように頑張ってみるつもりだけど。


「うさぎが3匹と猪だったよ。猪が獲物を追いかけて、飛び出してきちゃったのかも」


 うさぎの背中に猪の牙でついたような傷があったので、狩りの最中の猪がうっかり道に出てきたんじゃないかと思う。
 俺の報告を聞いて、ルイスが納得したように頷いた。


「頭に血が上って、街道に出てきたんだな。人間が通るって知ってるから、街道の近くまで出てくる魔物は少ないんだ。人を食う魔物は多いが、この辺の森の浅い部分にはいない。兎や猪は、遭遇すれば襲ってくるが、そうでなければ近寄りもしないからな」


 どちらの魔物もダンジョンで戦ったことがあったけど、ダンジョンの外で魔物を見たことはあまりなかったから、魔物の生態とかがよくわからない。
 こういうちょっとしたことを教えてもらえるだけでも、とてもありがたい。
 野生動物なんて、カラスやスズメしかいないような都会育ちだから、俺にはわからないことばかりだ。
 バトラーにいろいろと教えてもらったり、本を読んだりもしたけれど、どちらかというと戦い方や生活の仕方を知ることが主で、それ以外まで手が回らなかった。


「今のところ、護衛が必要ないくらいに安全に感じるんだけど、それでも護衛をつけるのって、どうして?」


 ルイスの口ぶりだと、普段からそこまで危険はなさそうに感じる。
 護衛を頼めば、それだけ余分にお金がかかるはずなのに、3人だけとはいえ、護衛を頼むのはどうしてなんだろう?


「魔物は、野営してる時の方がよほど遭遇する。だから、まずは野営の時の魔物対策だな。それと、道中も魔物が全くでない訳じゃないから、それも退治する。後は、ここらでは滅多に出ないが、盗賊対策というのが一番大きい。護衛のいない商人の馬車が通るなんて噂が出回ったら、遠くからでも盗賊がやってくる。護衛なしなら、格好の餌だからな。だから、盗賊を呼び込まないよう予防のためにも、護衛は必要なんだ」


 ルイスの説明に頷きながら、盗賊について考える。
 盗賊を殺しても罪にはならないそうだけど、殺すどころか、傷つけられるかどうかさえわからない。
 魔物を殺すことには慣れてきたけれど、盗賊が出た時、俺はきちんと動けるだろうか?
 被害者を出さないためにも、盗賊を退治することは大事だとわかってる。けど、人に対して武器を向けることを、躊躇ってしまうかもしれない。
 いざという時、その躊躇いは命取りになるだろう。
 

「冒険者をやってると、盗賊って遭遇するもの?」


 口にした言葉は、俺の自信のなさを表すように弱々しくて、それがルイスには伝わってしまったようだ。
 片手で抱き寄せられて、励ますように頭を撫でられた。


「護衛依頼が一番遭遇するだろうな。時々、盗賊の盗伐クエストも出るんだが、それに関しては受けなきゃいい。人に武器を向けるのは怖いよな。そんな気持ち、うっかり忘れそうになるけどよ、忘れちゃいけないんだ。人でも魔物でも、殺すことを楽しむようになったら、人じゃなくなる。だからレイが、盗賊とはいえ、人に対して武器を向けることを怖いと思うのは、当然のことで、それを恥じることはないんだ。ただ、盗賊と遭遇したら、徹底して戦え」


 励ますようだったルイスの声が、最後は一際低くなって、俺に言い聞かせるような響きに変わる。


「約束しろ、レイ。盗賊と遭遇したら躊躇わないって。無力化するのが無理なら、確実に殺せ。そうじゃないと、おまえが殺される。いや、殺される方がまだマシだ。捕まったら死ぬまで嬲られ続ける。冒険者をやってると、盗賊の被害者を見ることもある。そのほとんどは、体も心も壊されていて、元に戻らない。レイにはリッカとセッカがいるからな、余程のことがなきゃ、大丈夫だと思うが、俺のために約束してくれ」


 余程ひどい状態の被害者を見た事があるのか、いつも明るいルイスの表情が暗い。
 ルイスが俺のことを心から心配しているのだと伝わってきて、思わずぎゅっとしがみついてしまった。


「約束するよ、ルイス。盗賊に遭ったときは容赦しない。他の被害者を出さないためにも、しっかり捕まえるか、それができないのなら、殺すよ。盗賊だとしても人を殺してしまったらと、想像するだけでも震えるくらい怖い。でも、ちゃんとやる、約束する」


 こんなに心配してくれる人を悲しませないためにも、しっかりと覚悟を決めよう。
 盗賊なんて、遭遇しないのが一番なんだけど、治安の悪い場所を旅することもあるかもしれないし、心構えが必要だ。
 ルイスにしがみついていた体を、不意に後ろから引き寄せられて抱きしめられた。
 馬車の中から御者席に出るための扉を開けっ放しにしてあったので、俺たちの会話が聞こえていたようだ。


「私とも約束してください、レイ君。君がもし、盗賊につかまったりしたら、私達がその盗賊を捕まえて八つ裂きにしますから、どちらにしてもその盗賊は死ぬことになります。私達に殺されるよりもレイ君に殺される方が、惨殺されないだけマシだと思えば、少しは気も楽になるでしょう? いざという時、躊躇いそうになったら、私の言葉を思い出してください。レイ君を害する盗賊などいようものなら、その時は死んだ方がマシだと思うような残虐な方法で、心が壊れるまで苦痛を与え続けて、身も心も徹底的に壊してから殺してあげます」


 俺を抱きしめたまま、フランツさんが不穏なことを言い出す。
 でも、俺の気持ちが楽になるように、いざという時に俺が躊躇わずに動けるように、わざとこんな風に言ってくれてるんだとわかったから、嬉しくなってしまった。
 背後のフランツさんに体を預けながら、体に回された腕に抱きつく。
 俺を思いやる、優しい気持ちが伝わってきて、胸が熱くなった。
 

「フランツ、お前、二つ名を『冷徹』じゃなくて、『冷酷』か『残酷』に変えた方がいいんじゃねぇ?」


 ここぞとばかりにルイスがフランツさんをからかい出す。
 どれもフランツさんには不似合いだと思うんだけどなぁ。


「ご希望でしたら、ルイスに対してだけは、常に『冷酷』で『残酷』な私でいますが?」


 あっさりとやり返されて、ルイスが撃沈する。
 二人のやり取りに笑ってしまいながら、盗賊対策をしっかり立てようと思った。
 俺を大切に思ってくれる人を傷つけないためにも、迷わず対処できるようにならないといけないのだから。




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