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新世界にて
空間庫の返礼 後編 ルイス視点
しおりを挟む「ルイス、あれは想像以上です。すぐに保護して教育しないと、次に逢ったときには誰かの奴隷になっていても不思議じゃありません」
食後、俺の部屋に入ったフランツが、真っ先に不穏な予言をする。
クラウスも同感とばかりに頷いていて、頭を抱えたくなった。
「どうするのが一番いいと思う? 何とかしてやりたいが、俺は考えるのがあまり得意じゃないからな」
自慢じゃないが、俺は本能で生きている。
考えて動いた時よりも、本能で動いた時の方がいい結果に繋がることが多い。
直感というスキルを持っていることも、物を考えないことに拍車をかけているかもしれない。
「ルイスが放っておかない方がいいと直感したなら、そういうことなのでしょう。そうですね……とりあえず、シュリングまでレイ君も同行させて、もう少し親しくなりましょう。冒険者としての仕事を間近で見せるとでも理由をつければ、納得してくれると思います」
明日までは休養日だが、俺たちは今、護衛依頼の真っ最中なので、明後日には街を出ないといけない。
今回の依頼人であるアレンなら、よく知った仲だし、新人冒険者を一人混ぜても問題ないだろう。
レイの分の依頼料は発生しないし、食料はこっちで用意しておけば、新人とはいえ働き手が一人増えるのだから、むしろ助かるはずだ。
「数日様子を見て、その間にどうするのか判断しましょう。今の状態では、情報が少なすぎます。レイ君はこの街の出身ではない様子ですし、何か訳ありのようにも見えました。彼に必要なのは、彼自身のことを詮索せず、改めた方がいい部分はきちんと指摘してくれる、身近な大人ではないでしょうか」
フランツが、もやもやとして言葉にならなかった気持ちを、わかりやすく言葉にしてくれる。
頭のいい奴はやっぱり違うなと、感心していると、クラウスも口を開いた。
「レイがどんな事情を抱えているにしても、善良なのは間違いない。知り合ったばかりのルイスのために、惜しみなく働き、逢ったことのない俺達の分まで料理を作ってくれた。あの子が、酷い目にあうのは見たくない。だから、俺も俺のできる限りのことをする」
クラウスの言葉は、数少ない分、いつも重みがあるけれど、今日は特に強い決意が秘められているように感じた。
仲間が同じ気持ちでいてくれることを嬉しく思いながら、レイがふるまってくれた料理を思い起こした。
アサリはあんなに小さいのに旨味があって、とても美味しかった。
アジなんて、あんなに安く売っていたのに、レイの手にかかると特別な料理みたいで、夢中で食べてしまった。
魚は下処理が面倒らしいのに、あの小さな手で頑張って作ってくれたんだと思うと、胸が熱くなる。
「そもそも、どうやって知り合ったんです? ルイスにそういう趣味はなかったはずでしょう?」
どんなに綺麗でも可愛くても、男は全く相手にしていなかった俺が宗旨替えしたのかと、フランツは疑っているようだ。
フランツに不思議そうに問われて、レイと知り合ったときのことを思い出してみる。
「最初は砂浜でしゃがみこんでる後姿しか見えなかったんだ。遠目にも細いのがわかって、街の子供が遊んでいるのかと思って声をかけた。何か、寂しそうに見えたんだ」
あの時、何でか声を掛けなければいけないような気がした。
直感のスキルを持っているから、そういう感覚には、普段から従うようにしている。
声をかけて、俺を見上げてきたレイを初めて見た時は、その美しさに驚いた。
まだ子供なのに、将来が楽しみになるような美形だった。
でも、しばらくレイと一緒に過ごすうちに、外見はレイの魅力の一部でしかないと思い知らされた。
子供らしくくるくると変わる表情が愛らしく、打てば響くように返ってくるやり取りも楽しい。
短い時間で何度も驚かされ、何度も常識を覆された。
「確かに、無邪気に見えるのに、時々寂しそうに瞳が翳ることがありましたね。まだ成人したばかりでは、家族が恋しいのでしょう。あんなに目立つ子供を、親が手放したがったはずはないと思いますから、レイ君が一人でいるのには、何がしかの事情があるのでしょう。もしかしたら、家族は亡くなっているのかもしれません」
冒険者で家族と縁が切れていたり、孤児だったりすることは珍しくない。
何の後ろ盾がなくても、誰でもなれるのが冒険者だからだ。
貴族の屋敷の下働きや、商家などに勤めようとすれば、紹介状や、きちんとした保証人が必要だ。
保証人もなくつけるまともな仕事は冒険者しかないのだ。
フランツの言う通り、親が生きているのなら、あれだけ可愛い子供を手元から放すことはないだろう。
レイが一人でいればどんな危険を引き寄せるのか、大人ならば確実にわかるのだから。
レイを見ていれば、きちんと愛されて育った子供だとよくわかるから、親と不仲で家を出てきたというわけでもなさそうだ。
孤児にありがちな、荒んだところがレイには全くなかったから、孤児院育ちということもないだろう。
もしも親元にいられたなら、きちんと教育も受けているようだし頭もいいから、冒険者でなくても、他の仕事がいくらでも選べたはずだ。
「レイは、何か放っておけない感じがする。抱きたいとかそういう下心じゃなく、保護したくなるっていうか。……うまい言葉が見つからん」
考えても俺の気持ちをうまく表すことができなくて、イラっとする。
とりあえず、俺はレイに欲情しているわけじゃないのだ。
元々、子供は守られるものだと認識している。
成人しているとはいえ、レイは15歳に見えないほど小さく、守られるべき子供だと感じた。
「とりあえず、レイ君と話をしに行きましょうか。レイ君が寝る直前まで私達が一緒にいれば、その分、夜這いも防げるでしょう。一番奥の部屋を割り当てたくらいですから、オヤジさんも警戒しているでしょうけど」
フランツに促されて部屋を出る。
2階は一人用の個室しかないが、今、レイのいる奥の部屋だけは部屋にトイレもついていて、できるだけ他の客と接触しないで済むようになっている。
客を夜這いなどから守るためのオヤジさんなりの防衛策だ。
オヤジさんの怖さは知れ渡っているけれど、食堂でレイを見ている客も多かったから、注意は必要だろう。
無邪気なレイは、他の客もアジフライを食べたがっているのだと勘違いしていたようだったが、ボーっとレイに見惚れている男もいた。
女の冒険者はもっと小奇麗な宿に行くので、この宿を利用するのは圧倒的に男が多いのだ。
だから、女っ気のない宿の食堂で、レイはすごく目立っていた。
レイの部屋を訪ねて、出てきたレイの姿を見た途端、顔に血が上った。
子供だと思っていたレイの思いがけない艶めかしさに驚いて、思いっきり動揺してしまった。
寝る前だったのか、サイズのあっていないパジャマ姿のレイは、頼りなげで抱きしめると折れてしまいそうだった。
胸元から見える肌の白さが際立って見えて、あまりのギャップに醜態を晒してしまった。
でも、フランツだって咄嗟にローブを着せかけたのだから、俺と同じようにレイの姿を直視できなかったんじゃないかと思う。
動揺したのは絶対に俺だけじゃないはずだ。
シュリングまで一緒に行く話をした時、レイが俺に飛びついてきた。
抱きしめた体は細く、そして温かかった。
レイに触れていると、欲を刺激されるというよりも、幸せな気分になる。
主に幸運をもたらすという伝説のカーバンクルを抱きしめたら、きっとこんな気持ちになるんじゃないだろうか。
「レイは、カーバンクルだ」
レイの部屋を出た後、俺がそう呟くと、危ないものを見るような目を向けられたが、理由を説明すると二人とも納得してくれた。
「駄熊にしては、珍しく詩的な表現です。情緒まで育ててくれるとは、レイ君に感謝をしなければ」
フランツの憎まれ口など気にならない。
明日もまた、レイと一緒にいられるのだから。
とにかくレイは特別だから、それでいいのだ。
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