15 / 61
神の森でチュートリアル
クエストクリア報酬
しおりを挟む旅の支度を整え、六花達を交えた戦闘訓練も終わらせて、とうとう旅立つ時がやってきた。
結局、半年以上もの間お世話になったので、バトラーとも明日にはお別れだと思うと寂しくなる。
気を抜くと泣いてしまいそうだった。
「お客様、これが私からの最後の講義です。――まずは、外に出てからのことですが、お客様は見るだけで高等教育を受けた育ちのいい方だということがわかります。ですから、下手に平民や農民の振りなどして、嘘やごまかしを口にしない方がよいでしょう。没落した貴族や、妾腹の子が冒険者になることは、稀にですがございます。成人を機に、冒険者になるためにやってきたと説明すれば、誰もが勝手に事情を納得してくれるでしょう」
バトラーがわざわざ忠告するからには、ばれる嘘やごまかしなどは、最初から口にしない方がいいということなのだろう。
もしかしたら、嘘を判別するための魔道具やスキルがあるのかもしれない。
確かに、バレバレの嘘をつく人なんて信用できないし、下手なことを言うよりは、本当のことだけ口にした方がよさそうだ。
バトラーの言う高等教育がどの程度のものかはわからないけど、外の世界で学校に行けるのは特権階級の人達と、裕福な商人の子供、それから、極一部の才能のある平民だけだと前に教えてもらった。
ほとんどの平民は、自分の名前が書けて、簡単な計算ができればいい方だそうだ。
その程度なら、小学校入学前にクリアしているから、その後に学んだことは高等教育の部類に入るのかもしれない。
以前に冒険者ギルドのことをバトラーに教えてもらったときに、ギルドの登録のときには読み書きと計算のテストがあると聞かされた。
貼ってある依頼が読めなければ依頼を受けづらいし、簡単な計算ができなければ、複数でクエストを受けた時に、分配金の金額を誤魔化されていても気づけないので、そういったトラブルを防ぐために、冒険者ギルドでは簡単な読み書きと計算を教えているらしい。
どんなに戦闘能力があっても、このテストをクリアするまでは登録が仮登録になって、最低ランクの10級の依頼しか受けられないそうだ。
冒険者ギルドを作った勇者が考案した登録システムらしいけれど、冒険者になるのは身寄りがなかったり貧しかったりと、親から読み書きなどを教えてもらえない子供も多いそうなので、冒険者の質を高めるのにとても役に立っているみたいだ。
「そうします。嘘はつかないように気を付けます」
元々、嘘をつくのも、人を騙すのも好きじゃないから、素直に頷くと、バトラーも頷きを返した。
「次にギルドに登録するときや名乗るときですが、名前だけでいいでしょう。お客様の姓はこちらでは珍しいですので、素性を探られる元になります。転移者であることは、変な輩を引き付けないためにも、隠しておくのが無難です」
記憶を取り戻した転生者は、時に利用するために監禁されることもあったらしいから、転移者であることは隠すようにしよう。
俺の麗という名前は、最初は父さんの名前から一文字もらって、零と名付けられるはずだった。
けれど、生まれた俺を見た父さんが、『麗しいという字の方がふさわしい子になるだろう』と、麗と名付けた。
おかげで女の子と間違えられやすかったけれど、父さんのくれた名前だから俺は自分の名前が好きだ。
こちらの文字だと、俺が麗と書いても零と書いても、同じ文字に変換される。
ちなみにレイとカタカナで書いた場合も同じだ。
だから、名前だけ名乗るということに対して、拒否感のようなものはなかった。
「それからお客様の容姿ですが、黒髪黒目は珍しいので目立つかもしれません。もしよろしければ、旅立つ前に髪や目の色は変えることもできますが、どうなさいますか?」
バトラーは落ち着いた色合いの茶色の髪や目だけど、外の世界に出ると、俺の感覚で行くと奇抜な髪色の人も多いらしい。
緑や青、ピンクの髪というのも珍しくはないと聞いていた。
金髪や銀髪は貴族階級に多いらしいと聞いた時は、神様のとても綺麗だった銀色の髪を思い出した。
「黒髪黒目でいると疎まれるとか、忌避されている色だとかそういうことはありますか?」
たまにライトノベルで黒が嫌われる色の時もあるから、先に確認しておく。
漆黒といってもいいほどに黒い、父さんと同じ色の髪と目は気に入っているから、できるならば変えたくないけど、でも、それが原因で迫害されるならば、対策を考えなければならない。
「黒髪だったり、黒目だったりは珍しくもないのですが、両方が揃うとなると珍しいのです。ただ、それ故に忌避されることはございません。むしろ好まれると思うので、変な輩を寄せ付けないためには、ありふれた色に変えることも一つの手だと愚考いたしまして、申し出させていただきました」
バトラーの親切心からの提案だったようだ。
黒髪黒目で嫌われるわけじゃないとわかって、ホッとした。
「この色は父さんと同じ色なので、このままにしておきます。変態が近寄ってきたときには、ちゃんと撃退しますので、安心してください。ご心配くださって、ありがとうございます」
俺を思っての言葉だと思ったから、きちんとお礼を言っておいた。
これから先も、俺がバトラーに感謝することは何度もあるんだろうけど、それを直接バトラーに告げる術はない。
感謝を伝えられるのも、今だけだと思うと、言葉を惜しんでなどいられない。
「父君と同じですか。家族を偲ぶ縁を変えるわけにはいきませんね」
納得したように頷きながら、バトラーがローテーブルの上に箱をいくつも置き始めた。
どれも長方形の木箱で、両手で簡単に持ち上げられそうなサイズだ。
「次ですが、主はお客様をこちらに送った時に、いくつかの課題を設定しておりました。その報酬がこちらになります。報酬は既にお渡ししたものもございますが、他にも多数ありますので、ご覧ください。まずはこれですが、3日に一度、ランダムで調味料の出てくる箱になっています。こちらも同じタイプの箱で、これは魔物素材、これはポーション、それから、一番大きな箱は、お客様の世界のお菓子が、ランダムで出てくる箱になっています」
こんなに報酬があるなんて、どれだけ細かく課題を設定していたのだろう?
服や小物とか、ダンジョンのクリア報酬の腕時計とか、既にもらったものもあるのに、まだこれだけ残っているのかと、数の多さに驚いてしまう。
しかも、日本のお菓子とか、報酬に含めていいんだろうか?
説明するバトラーの顔が、心なしか険しいので、余計にもらっていいのか不安になる。
「元々、こういった箱自体は、ダンジョンのクリア報酬として存在しているのです。ただ、そちらの箱は、初期は週に1度から2週に一度という頻度で中身が手に入るようになっていますので、一度報酬を受け取るとそのまま箱の性能を知らず破棄されることも多くて、有効活用されていません。稀に箱の性能に気づいても、情報を秘匿するものが多く、希少なアイテムでもあるので、世に知られないままになっています。この箱にはレベルがありまして、レベルが上がれば上がるほど、次にアイテムが出てくるまでの日数が短くなっていくのです」
ダンジョンをクリアして、箱が出てきたら、その中身だけが報酬だと思ってしまっても仕方がないかもしれない。
しかも見た目が普通の木箱なので、わざわざ持って帰ろうとはしないだろう。
もう少し持って帰りたくなるような特別感のある箱にしていれば、ある程度は防げた悲劇じゃないだろうか?
鑑定を持つ人が少なくて、箱の鑑定がされないというのも破棄される理由の一つだろう。
箱自体は存在しているからいいとして、その箱からこの世界にないお菓子が出てくるのは大丈夫なんだろうか?
「お客様の世界のお菓子の箱に関しましては、お客様への報酬というよりも、報酬という名目でこちらの世界にお菓子を持ち込み、今までは見ているしかできなかったお菓子を食べてみたいという主の欲求で作られたものかと思います。ですので、遠慮なくご利用ください。ただ、私の一存でもう一つ箱を用意いたしました。こちらはスライムの入ったゴミ箱になっておりますので、お菓子のパッケージなど、こちらの世界に存在しないゴミにつきましては、この箱に捨てていただければと思います。スライムのいる異空間はこの部屋よりも広く、一時的にゴミがスライムの処理容量を超えましても、そのうちに処理されますので、通常のごみ箱としてもお使いいただけます。一度捨てたものは取り出せませんので、間違えて捨てないように、それだけは十分にご注意ください」
できる執事は、さすがに違う。
主のやらかしが問題にならないように、ごみ箱を用意してくれたようだ。
ゴミ箱は、見た目は小さい木箱なので、キッチンの隅にでも置いておけばいいだろう。
特別お菓子が好きというわけじゃないけど、懐かしいものを口にできるのは嬉しいから、神様の思惑とか考えずに素直に喜んでおこう。
「バトラーの心配もわかるので、取り扱いには注意しますし、ごみもきちんと捨てます」
安心してもらおうと、しっかりと宣言しておく。
俺としても出所を探られるのは困るし、箱は馬車の中の隠し部屋に置きっぱなしでいいかもしれない。
「中身に関しましては、器に移しかえるなどして持ち出してくださっても構いません。アイテムを取り出せるようになると、自動的に蓋が開きますが、箱から取り出すまでは劣化しませんのでご安心ください。僭越ながら、箱を設置するための棚を作らせていただきましたので、よろしければこのようにしてご利用ください」
木製の綺麗に磨かれた棚をバトラーが空間庫から取り出して、その上部に嵌めこむように箱を並べていく。
お菓子の箱だけちょっと大きいけれど、違和感なく収められている。
棚の一番上で横に並んだ状態なので、蓋が開いたとしても邪魔にならないし、高さも、立ったまま箱の中身が取り出しやすいように作ってある。
棚の下の部分はいくつかの引き出しになっていて、小物を片づけられるようになっていた。
小さな魔核を使って、引き出しを異空間にしてしまえば、箱から取り出した素材や食料などを、分類して保存するのにちょうどいいかもしれない。
「ありがとうございます。すごく使いやすそうで嬉しいです。馬車の隠し部屋に設置して、大事に使います」
バトラーの手作りというのが、何よりも嬉しい。
ずっとずっと大事にしよう。
「喜んでいただけて光栄です。それから、これで最後ですが、主が言うには完全クリア報酬だそうです。お客様はよく学び、日々の鍛錬を欠かすこともなく頑張ってこられました。すでに得ているスキルの数も、通常では考えられない多さですが、それもお客様の努力の賜物です。頑張ったお客様に、お客様がとても欲しがっていたものを差し上げたいと、主から言付かっております」
ねぎらいの言葉と共に出されたのは、あの白い空間で、欲しいなぁと思っていたソファと、布団と寝袋だった。
ラグのようなものもあって、思わずテンションが上がる。
「こんなにたくさん、いいんですか? これ、座り心地がすごくよくて、欲しかったんです」
小さい頃に父さんの膝に抱かれていた時のことを思い出すからなんて、恥ずかしいからさすがに言えないけれど、多分神様にはばれているような気がする。
早速ソファに座ってみると、相変わらずの座り心地で、立つのが嫌になってしまうほどだった。
これは人をダメにするソファだ。
「そちらの布団なども、同じ素材で作られています。布団はベッドのサイズに合わせて大きさが変わりますので、宿などでもお使いいただけると思います。自動的に浄化が掛かりますので、常に清潔な状態を保てるようになっています」
立つのが嫌になるソファに続き、起きるのが嫌になる布団がきたのか。
嬉しいけど、ちょっとだけ理性を試されているような気分になる。
「お心遣い感謝しますと、伝えてください。どれも大事に使わせていただきます」
生きるための力や知識をもらえるだけでも十分だったのに、こんなにたくさんの餞別まで用意してもらった。
心からの感謝を伝えるために、立ち上がって、深々と一礼する。
バトラーも、とても綺麗な礼を返してくれた。
「お客様と過ごした時間は、とても実り多く楽しいものでした。主の作った世界が発展することを望みますが、それ以上に、私はお客様が幸せに生きてくださることを望みます。お客様によい出会いがありますようにと、祈っております。どうか、健やかにお過ごしください」
バトラーの心からの言葉に反応するかのように、暖かな光が降り注いだ。
祝福の光だと、教えられずとも伝わってきた。
「たくさんのことを教えてくださって、そして、より良い方向に導いてくださって、ありがとうございました。教えられたことを生かして、俺なりに頑張ります」
最高の教師をつけてくれた神様にも、心から感謝する。
最後だと思うと寂しくて、やっぱり泣いてしまった。
一頻り泣いた後、バトラーと一緒に夕食を作って、今日ばかりはとお願いして、いつも給仕に専念するバトラーにも一緒にテーブルについてもらった。
最初で最後のバトラーとの晩餐は、心に残るとても楽しいものだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
614
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる