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神の森でチュートリアル
試行錯誤
しおりを挟む俺は実験室と呼んでいる作業用の部屋で、魔核と格闘していた。
とりあえずは、魔核に魔法陣を書きこんでみようと思ったのだけど、つるつると滑って、想像以上に上手くいかない。
刻み込むとしたら、細長い針のようなものが必要だろうか?
でも、書くことすらできないのに、刻むとなればもっと難しいような気がする。
直接魔核に干渉するのではなく、他の方法を考えた方がよさそうだ。
集中してたら体が凝り固まってしまったので、椅子から立ち上がり、大きく背伸びをした。
この部屋は、大きな魔道具なども作れるように広々としていて、物が多いのに圧迫感がまるでない。
バトラーの話では、空間魔法を使って、建物の内部を広くしているらしい。
俺が空間魔法を使う時のヒントになればと、この部屋は作られたそうだ。
毎日快適に生活できているけれど、ここは特別仕様だそうで、外に出ると限られた場所にしかお風呂はないし、平民の使うトイレは穴を掘って板を渡しただけのような、簡素なものも多いそうだ。
深い穴の中に清掃用のスライムがいるので、汚物が溜まったり、臭ったりということはないそうだけど、簡素なつくりでもある程度の清潔さを保てるせいで、快適性は求められなくなったようだ。
生活魔法の浄化があるので、トイレットペーパーのようなものは必要ない。そもそも、紙は貴重品で使い捨てにするようなものではないらしい。
お風呂に入る文化が根付いていないので、石鹸などは完全に高級な嗜好品で、大きな街に行かないと取り扱っていないと聞いた。
同じ石鹸で髪も体も洗うというのがどうしても我慢できなくて、シャンプーとリンスを作ったけれど、お風呂が普及していないからあまり需要はないだろう。
ちなみにシャンプーなんかのレシピは、過去にハーブ園の体験コーナーで作ったりしたものや、後はオーガニックブームの時に手作りに嵌っていた人がいて、その人に教えてもらったものが残っていた。
化粧水のレシピもあったからついでに作ってみたけれど、俺は使わないので空間庫の肥やしになっている。
お風呂がない生活が耐えられないのなら、自分で家を買ってお風呂を作るのが一番手っ取り早いようだけど、家を買うとそこが拠点になってしまうから、それはそれで考え物だ。
外に出るまでに、それらの問題を片づける方法が見つかるだろうか。
いっそ、お風呂も魔道具で作れたらいいんだよなぁ。
過去に読んだライトノベルなんかで、お風呂に拘る主人公は多かった。
同じ立場になってみると、その気持ちはとてもよくわかる。
毎朝シャワーを浴びて、夜にはお風呂に入る生活をしていたのに、それができなくなると、とても不便だと感じるだろう。
だから、お風呂の問題は、何が何でも解決しなければならない。
過去に読んだ本の中に、ヒントは隠されていないだろうか?
よくあるのは、浴槽になる桶を用意して、魔法で水を入れて温めるとか、浴槽も土魔法で作るとか、魔核のようなものを利用して、水属性の魔核で水を出して火属性の魔核で温めるというようなものだったと思う。
お風呂の魔道具を魔核で作るとしたら、浴槽に交換可能な魔核を埋め込む形になるだろうか。
水を出す魔法陣や、物を熱するための魔法陣は存在している。
この家の厨房でも使われていて、水道やコンロの代わりになっている。
魔道具を作る練習で、水を出す魔道具を作ってみたことがあるけれど、魔皮紙に魔法陣を書きこみ、魔法陣に魔力を注いで、あらかじめ作っておいた蛇口付きの箱のような物に一体化させるだけでよかった。
水量の調節などは魔法陣に組み込んであるので、蛇口についたレバーを左右に動かすだけで、簡単に水量は調節できるし、持ち運びもできるので便利だ。
この方法だと、壊れないうちはずっと使えるけれど、魔核の入り込む場所がない。
それから、必要な物は全部自分の手で作らないといけないので、時間がかかってしまう。
工作は得意だったけれど、バトラーの見本通りに箱を作るのは、蛇口の部分が難しくて、かなり手間がかかった。
魔核の利点は、魔核が使い捨てになってしまうけれど、その代わりに誰の作った箱でも魔道具にできることだと思う。
量産するのならば、魔核の方がいいのはとてもよくわかる。
「あれ? もしかして、箱に魔法陣を一体化させるみたいに、魔核に一体化できるんじゃ?」
ふと思いついて、魔皮紙に水を出す魔法陣を書きこんでいった。
何回も書いて練習したので、もう見本を見なくても書けるようになっている。
ドキドキとしながら書き上げた魔法陣に水属性の魔核を乗せてから、魔皮紙に魔力を注いだ。
水を出すだけのものだから、使った魔核は一番小さなものだ。
「成功! あれ? 何でだ? 魔皮紙が残ってる……」
いつも魔道具を作り上げる時みたいに淡く光ったので、成功したと思ったのに、いつもならば一体化してなくなる魔皮紙がまだ残っている。
成功したように見えたのは気のせいだったのかと、がっかりとしながら魔核を手に取ると、さっきよりも濃い青に変わっていた。
念のためにと鑑定してみると、【水の魔核:水魔法の組み込まれた魔核。魔核の魔力が尽きるまで、水を出すことができる】と表示される。
「やっぱりできてる? じゃあ、何で魔皮紙が残ってんの?」
成功したのに、もやもやっとした気持ちですっきりしない。
もしかして、この方法だと魔皮紙を消費しないのだろうか?
魔核に魔力があるから、魔皮紙じゃなくて、普通に紙に書いた魔法陣でも、魔核の加工ができたりするのかもしれない。
思いつくままにいろいろと実験しながら、その過程や結果をノートにまとめていった。
「あれ? 消えた……」
魔核を10回加工したところで、魔法陣を書きこんでいた魔皮紙が消えてしまった。
もう一度試してみないと確定じゃないけど、どうやらこの方法の場合、複数回魔皮紙を使えるらしい。
紙に書いた魔法陣は、紙に魔力がないせいか魔力が注げなくて、魔核の加工はできなかった。
後は、違う人の書いた魔法陣でも魔核の加工ができるのかどうか、それと、属性のない人が書いた魔法陣でも発動するのか知りたい。
魔核の加工は、魔核の持つ属性がないとできないけど、魔皮紙に魔法陣を書くのに属性が必要ないならば、正確に魔法陣を書くというのも仕事になるはずだ。
魔皮紙に魔法陣を書く人、魔皮紙に魔力を込めて魔核を加工する人と、分担ができるならば、それだけ加工できる魔核の数が増える。
一人でできることはやり尽くしたから、後の検証はバトラーにも手伝ってもらおう。
ベルを鳴らすと、すぐにバトラーがやってきた。
「バトラー! これ、魔核の加工ができたんだ。それで、実験したいことがあるから、付き合ってくれる?」
水の魔核を差し出しながら報告すると、バトラーは驚きで目を瞠りながらも微笑んだ。
「さすがですね。きっとお出来になると、私は信じておりました。試したいことがあるのでしたら、いくらでもお付き合いいたしましょう。何をすればよろしいですか?」
魔核を受け取り鑑定したのか、バトラーが満足げだ。
もしかしたら何らかの理由があって詳細を教えられなかっただけで、バトラーは魔核の加工方法を知っていたのかもしれない。
俺が自力で加工に辿り着けるように、上手く導いてくれたんじゃないだろうか。
今思えば、バトラーの言葉の端々に、ヒントが隠されていた気がする。
バトラーの手を借りて実験を続けた結果、問題なく魔核の加工ができるようになった。
魔法陣を書いた人は別人でも大丈夫だったけれど、バトラーも全属性なので、属性のない人が書いた場合の実験はできなかった。
何にしても、魔道具製作の方法が増えたので、俺は商品になりそうな魔道具のアイデアをノートにまとめたり、旅に使えそうな魔道具の試作をすることにしたのだった。
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