いつかの僕らのために

水城雪見

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神の森でチュートリアル

世界の抱える問題

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 俺が異世界に転移して一か月、その間にいろいろな技能が身についた。
 今ではもう、バトラーが指定した薬草を森の中で集めてくるのも簡単にできるようになったし、魔法も全属性が使えるようになった。
 魔道具やポーションも作れるようになったし、こちらの一般的な料理なども習っている。
 料理に関しては、父さんがいないときに食事を作ってもらえないことはよくあったので、教えてもらわずとも基本的なことは知っていた。
 父さんの友達が料理人で、男性だけを集めた料理教室の講師をすることもあったので、その縁で、父さんと二人で料理教室に通ったこともあった。
 キャンプに行くことも多かったので、アウトドア料理も結構得意だ。
 厨房にはこちらの世界で手に入る調味料や食材がすべて揃っていたので、俺の作れる料理をバトラーに教えたりもした。
 料理だけでなくお菓子を作るのも好きなので、最近はバトラーと一緒に料理をすることが増えた。
 バトラーは、お菓子は基本的に取り寄せていて、自分で作ることはないそうなので、俺の記憶をもとに作られたレシピノートを見ながら、一緒に試作してみたりもした。
 幸いなことに、俺が一度でもレシピを見たり作ったことがある料理やお菓子などは、すべて記憶に残っていた。
 元々記憶していたわけではなく、神様がこの体を作るときに、思い出せるようにしてくれたようだ。
 作りたいと思うと、ステータスの画面みたいに料理サイトの画面のようなものが出てくるので、バトラーも情報を共有できるように、ノートにレシピを書き写した。
 俺にこんな能力が備わっているのは、きっと神様もお菓子を食べたかったからに違いない。
 俺の世話をしつつ色んな事を教えてくれるバトラーに、少しでも恩返しができたようなので、この能力を与えてもらえて良かった。


「いろいろなことの基本はお教えしましたから、今日はこの世界の問題点について、お話します。――現在、こちらの厨房には世界中の食材や調味料が揃っていますが、外に出れば、王宮の厨房に行こうが、大商人の元へ行こうが、これらすべてが集まっていることはありません。というのも、交易の範囲が狭いからです。大陸間を商人たちは渡っていますが、大陸の隅から隅まで巡る商人はいません。旅には時間がかかりますし、食材などは特に、保存方法に気を使ったりしなければ、すぐに傷んでしまいます。魔道具がもっと普及していれば解決することなのですが、現在は海で獲れた魚を食べられるのは、基本的にその土地の人だけ。海から馬車で1日以上離れているとなると、まず口にすることはないといった状態です」


 前に聞いた話だと、旅をする場合、魔物よりも盗賊などが脅威らしい。
 特に商人は、たくさんの荷物やお金を持っていることが多いので、狙われやすいそうだ。
 護衛として冒険者をつけて旅をするらしいので、遠くへ行けば行くほどに費用がかさむのだろう。
 利益がなければ商売にならないけど、費用が掛かったからと高くしたら物は売れない。
 そうなると必然的に、決まった場所だけで仕入れや売買を繰り返すことになる。
 馬車よりもスピードの出る乗り物や、冷蔵系の魔道具や、もしくは物を新鮮なまま保存できるマジックバッグのようなものが出回れば、このあたりの問題はかなり解決するような気がする。
 でも、生活にゆとりがなければ、贅沢はできない。
 海から離れた場所で海の魚を食べるのは、一部の特権階級にだけ許された贅沢だろう。
 流通をどうにかする以前に、一般の人の生活が豊かになるようにするしかないんじゃないだろうか。
 でもそれだって、施政者の思惑次第で思うようにいかないはずだ。
 豊かになったって、豊かになった分を税として搾取されてしまえば、何の意味もなくなる。


「俺の手で、家電製品をもとに、生活に根差した魔道具を作ることはできます。冷蔵馬車のようなものも、もしかしたら、馬なしで動かせる車のようなものも作れるかもしれない。でも、俺が作り続けたところで、手にできるのは一部の人だけだ。何もやらないよりはマシだと思うけど、焼け石に水って感じもします」


 俺の言葉に、バトラーが同意するように頷く。
 現在俺が作れる魔道具は、魔皮紙に魔法陣を書いて作るもので、あまり量産はできない。
 魔法陣を書くだけならば、慣れればそこまで時間はかからないけれど、魔道具となる本体も自分で作らなければいけないので、どうしても時間がかかるのだ。
 例えば、マジックバッグを作るときは、革などを使って、バッグを自分の手で作らなければならない。
 そうすると、一つのバッグを作るのに時間がかかり過ぎて、自分一人で使う分を補うのなら何ら問題はないけれど、流通に乗せるとなると全然数が足りない。
 
 
「魔道具には、魔物から採れる、魔核を使ったものもあります。ただ、こちらの研究はまだあまり進んでいなくて、魔核は有効活用されていません。過去の転生者が、魔核を電池のように使って、魔道具を作ったこともあったのですが、その魔道具は一部で独占され、世に広まることはありませんでした。ですので、魔核の加工ができる転生者が亡くなったことで、その魔道具も使えなくなってしまいました。前にもお教えしたように、魔核にはそれぞれ属性があります。覚えておられますか?」


 バトラーに確認されて、俺は頷きを返した。 


「魔核は基本的に、火、水、風、土の4大属性のみ。極一部のレアな魔物のみ、光と闇、空間属性の魔核を持っているんでしたよね? そして、光と闇と空間の特殊属性の方は、ダンジョンでしか手に入らない」


 俺が答えると、よくできましたと、褒めるように微笑まれた。


「自分の持つ魔法属性と同じ属性の魔核しか加工はできません。反対に言えば、自分と同じ属性の魔核なら誰にでも加工できるのです。魔核をはめ込むことで機能する魔道具を作って、魔核の加工を教えれば、お客様が作らずとも魔道具を作成することができます。過去の転生者が作った魔道具は、魔法陣の一部に魔核を組み込むことで、効率を上げていました。確かに、馬車などの大きなものならば、その方法が有効ですが、生活に使う小さなものでしたら、魔核だけでも十分に動くはずです。魔核は属性を持ったエネルギーだと考えてください。属性を利用して、魔核に魔道具としての機能を持たせることができれば、魔核を嵌めこむだけで、ただの馬車も魔道具になるでしょう。イメージの難しい時空魔法ですら、すぐに使えるようになったお客様ならば、魔核の加工もできるようになると思います」


 バトラーの期待がちょっと重い。
 時空魔法に関しては、小さい頃から見ていた国民的アニメで出てくる道具を思い浮かべれば、そんなに難しくはなかった。
 時空魔法を持っていても、イメージが難しくて使いこなせない人も多いらしく、異空間に物を収納する空間庫や転移は、習得が難しい魔法らしい。
 青い猫型ロボットのポケットとかドアをイメージすれば、簡単に習得できてしまったけど、魔道具に関してはどうだろうか?
 魔核を電池代わりにするという発想はわかりやすい。
 けれど、魔核の加工ってどうしたらいいんだろう?
 魔核は見たことがあるけれど、大きさがまちまちの水晶玉みたいな感じだった。属性によって色が違っているので、どの属性の魔核なのかは一目でわかるようになっている。
 大きければ大きいほど性能がいいらしいけれど、その分手に入れ辛い。
 そうなると、魔道具にするなら、簡単に手に入る小さな魔核が加工できなければだめなはずだ。
 ビー玉みたいなサイズの魔核に、魔法陣を刻むなんて、器用な人でもかなり難しいと思う。
 どう加工するのか、しばらく考えるしかなさそうだ。


「できるかどうかはわかりませんけど、少し考えて、午後から試作してみます」


 材料は山ほど用意してもらっているので、魔力が尽きない限り、いくらでも作れる。
 魔力を使いすぎると体がだるくなってしまうから、枯渇するまで使うことはなかった。
 よくライトノベルだと、魔力が枯渇するまで使うことで最大魔力値をあげるというのがあるけれど、バトラーの話だと、枯渇するほど使っても魔力は増えないらしい。
 過去の転生者で、枯渇するほど魔力を使い、毎晩のように気絶していた人がいたらしく、バトラーは俺の話を聞くまで、その人を特殊性癖の持ち主だと誤解していたそうだ。
 魔力は使うことで活性化され、量が増えたり、回復が早くなったりもするけれど、枯渇させても意味がない上に、体には負担が掛かってしまうと聞いて、俺は怠さを感じたら、作業を中止するようにしていた。
 変な負担が掛かったせいで、成長が阻害されて、背が伸びなかったら困ってしまう。


「資料や素材の取り寄せなどの協力は惜しみませんので、よろしくお願いします。誰にでも魔核の加工ができるようになれば、その分、雇用も増えます。仕事がないために、仕方なく冒険者になる者も、生きるために身売りする者も少なくなるでしょう。両者の合意なく、不当に奴隷にすることこそできないのですが、貧しさゆえの奴隷は増えるばかりで、減る兆しがありません。これも世界の抱えた問題の内の一つなのです」


 奴隷関連も世界が抱える問題の一つなのか。
 奴隷と聞くといいイメージはないけれど、日本だって昔は遊郭に売られる女性とかいたわけだし、仕方のないことかもしれない。
 バトラーの話だと、この世界の奴隷は契約で守られていて、契約以外の仕事を無理にさせたりとかはできないらしい。
 一般の人が手に入れられるのは借金奴隷だけで、契約の時に仕事内容などが契約に盛り込まれる。
 奴隷購入時にかかる金額分を働いた後は、望めば奴隷から解放されるけれど、解放後の生活のことを考えて、奴隷のままいる人も多いそうだ。
 奴隷身分ではあっても、借金返済後はきちんと賃金をもらえるので、ある程度の資金をためてから、主の元を離れるらしい。
 もちろん、主といい主従関係が築けていれば、ずっと同じ場所で働くこともあるし、滅多にないことだけど、主人に気に入られて奴隷身分から解放されることもあるようだ。
 意外ときちんとしたシステムなので、説明してもらったときは驚いてしまった。
 攫ってきて、無理やり奴隷にすることはできないので、盗賊などに攫われた場合は、そのまま情婦などにされることが多いそうだ。
 奴隷よりも救いのない状況に耐えきれず、自殺してしまう被害者もいると聞いて、気分が悪くなった。
 盗賊と遭遇した時には、躊躇せずに殺すようにと言われたけれど、人を殺せるのかどうか不安だ。
 殺さずに捕まえるには、圧倒的な力量の差が必要だ。
 誰も殺さずに生きていきたいのなら、自分を鍛えるしかない。
 知識も技能も増えたけれど、まだまだ足りないものだらけだ。
 それを少しでも補うため、身を入れてバトラーの講義を聞いた。



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