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新たな出逢い
長い一日の終わり
しおりを挟むおやつ休憩の後もずっと、庭を整えたり家の掃除をしたりして過ごした。
家の中はちゃんと家具も揃っていて、不自由なく暮らせるように整っていたけれど、リューガはほとんど使ったことがないらしい。
「作ってる時は結構楽しかったんだが、いざ出来上がってみて、一人でここを使うのも空しくてな」
家の中を案内しながら、リューガが苦笑する。
気持ちは、何となくわかるかなぁ。
秘密基地とか、一人で作ったって面白くない。
あれは、友達とか仲間と作って使うから、わくわくするし特別なんだと思う。
「せっかく建てた家が可哀そうだから、これからはたまに遊びにこようよ。薬草の世話もした方がいいだろうし、果物狩りもしたいしね」
二階の主寝室の外に作られたルーフバルコニーに出て、広い庭を見下ろした。
今はまだ、種を植えたばかりだから、何もないように見えるけれど、数か月後にはたくさんの果物が実った賑やかな庭になっているだろう。
あちらでは年単位で育てないといけない果物の木も、こちらでは土地の魔力次第で育つスピードが違う。
この辺りは魔力過剰だから、数か月もあれば立派な木に育つそうだ。
屋上まで登れば海が見えて、凄く見晴らしがよかったから、こんなに素敵な場所を使わないのはもったいない。
それに、俺がもっと強くなれば、敷地の外で魔物狩りもできるようになるだろうし。
強い魔物は質のいい魔核を持っているから、早く外で狩りができるくらい強くなりたいなぁ。
「麗が一緒なら、それもいいかもな。お前がいると、何をしても楽しいよ」
バルコニーの手すりに体を預けたリューガが、こっちを見て、とても満たされた幸せそうな顔で笑うから、嬉しくて、心が浮き立ってしまう。
この世は希望で満ち溢れていて、明日はもっと幸せになれると、何の根拠もなく信じられるんだ。
心のどこかで、父さんがいないのに幸せになれるはずがないって思ってた。
完全に満たされることはないまま、それなりに満足して生きていくことになるんだろうって思ってた。
けれど、そんな俺の気持ちを、リューガは出逢ってたった一日で変えてしまった。
何て濃密な一日だろう。
たくさん泣いてたくさん驚いて、たくさん笑って、子供みたいに拗ねたり甘えたりした。
たった一日で、リューガは掛け替えのない大事な人になってしまった。
「ここに泊まってもいいんだが、アレンから使いが来るかもしれないから、夜には宿に戻らないとな。夜まではもう少し時間があるから、屋上で従魔を出すか? ここの屋上は、従魔のドラゴンが直接降りられるように広く頑丈に作ったんだ」
こちらでは珍しい、屋上がある家を作った理由が判明した。
リューガは転移もできるけど、時間に余裕があるときならばドラゴンで移動することも多いと言っていたから、そのための屋上だったのか。
人が多い街の近くでドラゴンを出すと驚かせてしまうから、できるだけ人里離れた場所を飛んでいるらしいし、ここなら人目もなくてドラゴンを飛ばすには打ってつけの環境だ。
「いいね。リュミ以外の俺の従魔も、リューガに紹介しておきたいし」
リューガの腕を引いて、屋上へと促す。
早くドラゴンが見たいし、うちの可愛い六花と雪花も紹介したい。
それに、昨日の俺は情緒不安定過ぎたから、早く六花と雪花を安心させたかった。
「そんなにはしゃぐなよ」
笑いながら腕を引く俺を窘めて、リューガが俺の頭を撫でてくる。
こんな風に歩くのは、何だか懐かしい。
勢いよく階段を上って屋上に出ると、外は夕暮れの気配が漂っていた。
今の時期は日が暮れるのが早いので、太陽は海に沈みかけている。
「六花、雪花、おいで」
声を掛けなくても呼び出せるけれど、何となく名前を呼んでみた。
<ご主人!>
<主人! 元気になったのか? もう泣いてはおらぬか?>
すぐに姿を現した六花と雪花は、やはり俺のことを心配していたみたいで、盛んに尻尾を振りながらじゃれついてくる。
六花の方がやっぱりちょっと過保護っぽくて、つい笑ってしまいながら、いつものようにぎゅっと抱きついた。
「心配かけて、ごめん。もう大丈夫だよ」
六花も雪花ももふもふで、抱きつくとすごく気持ちいい。
こまめに俺が浄化をかけているからか、狼だけど全然獣臭くなくて、抱きついていると安心する。
俺が小さい頃、父さんがプレゼントしてくれた大きなテディベアに抱きついていたときの至福感を思い出す。
「六花と雪花というのか。雪狼だから、雪にちなんだ名前にしたんだな」
説明しなくても名前の由来をわかってくれるのが嬉しい。
声を掛けられると、六花と雪花は揃って、まるで見定めるようにじっとリューガを見つめた。
何気にリューガと俺の間に入り込むような位置にいて、しっかり俺のことをガードしているようだ。
<ご主人から、この人間の匂いがします>
雪花が警戒するように小さく唸った。
え? 俺、リューガの匂いが染みついてるの?
思わず肩のあたりに鼻を寄せて匂いを確かめてしまう。
<中々の強者のようだ。我と雪花では歯が立たぬ>
ぐるると唸る六花は、リューガに勝てないと感じているのが悔し気だ。
リューガが強いのは何となく感じ取っていたけど、六花と雪花が二匹でかかってもまったく敵わないくらい強いようだから相当だ。
だって六花と雪花は、上級ダンジョンに出てくる魔物も蹴散らす暴れん坊なのだから。
「敵じゃないから、安心していいよ」
二匹の頭を同時に撫でると、撫でる手に擦り寄ってきた。
「リューガ、うちの六花と雪花だよ、名前も見た目も可愛いでしょ? 番なんだよ」
自慢の従魔を紹介すると、リューガが微笑ましいものを見るように俺を見ながら、二匹に近づいた。
「俺はリューガだ。麗の番になるから、よろしくな」
念話は主人にしか繋がらないから、話しかけることはできても、六花と雪花の返事がリューガに伝わることはないのに、リューガは笑顔で挨拶をする。
俺の家族に受け入れてもらおうとしているのが分かって、嬉しくなってしまった。
番になるとかいう言葉は、この際スルーだ。
突っ込んだら自分が恥ずかしい思いをするだけだから。
六花と雪花はリューガに近づいて、確かめるように匂いを嗅ぎ、しばらくしてから、その場にお座りした。
どうやらリューガが俺に害を加える存在ではないと認めてくれたようだ。
<主人を守ってくれる、強い番は歓迎する>
吠える六花から伝わってくる念話が、やっぱり保護者目線だ。
六花にとって俺は、守るべき存在なのだろう。
「まだ、番候補で番じゃないから」
悪あがきのような気がするけど、素直に番とか認めるのは恥ずかしくて、ついそんな言葉を口にしてしまう。
今まで恋人とかいたことないし、彼女ができる妄想はしても、彼氏ができる妄想はしたことないし、リューガを素直にそういう対象として受け入れるのは、嫌じゃないけど複雑だ。
「今は、麗の大事な従魔に番候補だと知っててもらうだけでいいさ。こいつらと俺は、麗を守る仲間だからな」
俺の中の躊躇いを見透かしたようにそう言って、リューガが俺を抱き寄せた。
素直にリューガに体を預ける俺を見て、意外に長生きしているらしい六花たちは何か察するものがあったのか、生暖かい目で見られてるような気がする。
気恥ずかしいから、気づかない振りを貫かせてもらうけどっ!
「リューガの従魔も紹介してよ」
話を逸らすかのようにねだると、リューガは苦笑しつつもドラゴンを召喚してくれた。
初めて見たドラゴンは、俺とリューガが乗っても余裕なくらい大きくて迫力があって、何よりかっこよかった。
姿はファンタジー物の小説の挿絵で見るような西洋ドラゴンで、色は朱色が混じったようなオレンジだった。
思わず、リザー〇ン?と呼びそうになったけれど、よく考えてみたら、あれは種族名で固体名ではない。
性質も好戦的ではなく温厚で、空を飛ぶのが大好きな可愛い子だった。
リューガがリズと名付けて可愛がっているドラゴンは、今の俺の身長では、手を伸ばしても顔を撫でられなくて、背伸びをしていたら身を屈めて撫でさせてくれた。
主人に似て優しい子だと思う。
少しだけリズに乗せてもらって、リューガと空中散歩を楽しんだ後、夜になるので宿に戻ることにした。
楽しい気分のままリューガと宿に戻ると、宿の一階の酒場では、疲れ切った様子のアレンさんが俺たちを待ち構えていた。
何やら、トラブルが発生したらしい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次話から新しい章になります。
ストックが尽きかけているのと、推敲を重ねてから投稿したいので、しばらくお休みをいただきます。
今度は、2年もお待たせすることのないように頑張りますので、投稿再開したらまた読んでいただけると嬉しいです。
応援ありがとうございます!
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何度も涙しながら一気に読みました。
魅力の塊、な麗にメロメロです。
今後の展望を想像したりしながら、楽しみに待っています!素敵すぎる作品を生み出してくれた作者様には感謝しかありません!!
初めて読み一気読みしました。麗の事を語る貴志さんの後書きに泣けました。この後の冒険が楽しみです。
続きがものすごく気になります!ぜひとも続きをお願いします!!