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新たな出逢い
毎日がボーナスステージ
しおりを挟む「麗は何を植えたい?」
しばらく休んだ後、魔核の加工をリューガに手伝ってもらうことにした。
ついでに、庭に何を植えるか、お互いに持っている種や苗などを教えあって、庭の改造計画を立てることになった。
俺は浄化の魔法陣を書きながら、何をどこに植えるか悩みこむ。
日当たりがよくなるように、リューガはかなり広い範囲で森を切り開いていた。
だから、花壇も果樹園も作り放題だ。
何だったら、夏場に遊ぶためのプールも作れるくらい、土地は余っている。
「この辺りだと、何が育つのかな?」
海からそこそこ距離があるけど、潮風が届いて育ちづらい植物があったりするんだろうか?
鬱蒼とした周囲の森の状態を見ていると、塩害とかとは無縁そうだけど。
「こっちの植生は、日本とは全然違うから、あっちの常識を当てはめない方がいいぞ。俺はカカオをずっと探していて、熱帯に近い地方ばかりを巡ってたんだが、探し当てた場所は、一年の半分が冬の寒冷地帯だった。植物にとっては、気候よりも、魔力の相性の方が大事らしい。ここの森は、魔力が溢れていて、ダンジョンができていないのが不思議なくらいだから、植物も相性が良ければよく育つだろう」
きっと、何年どころか、下手すると何十年も探し続けて、やっとカカオを見つけたんだろうなぁ。
でも、確か、こっちの世界にチョコレートはなかったよね?
だからこそ、神様があれほどにチョコレートばかり取り寄せてたんだろうし。
もしかして、せっかく見つけたカカオは、加工できずに持ち腐れ?
「リューガ、チョコレートの作り方、わかるの?」
「わかるわけがない。チョコレートは買ってくるものだ」
俺が問いかけると、ちょっと切れ気味な笑顔で答えられた。
チョコレートの材料がカカオなのはわかっても、肝心の加工法が分からなくて悔しい思いをしたのだろう。
そうだよね、チョコレートは買ってくるものだよね。
俺だって、貴士さんが小説のネタにするからって、チョコレート工房にチョコレート加工体験に連れて行ってくれなかったら、絶対に加工方法なんて知らないままだったし、神様がレシピを見られるようにしてくれなかったら、加工するのは無理だった。
お菓子を作るときにチョコレートとかココアパウダーはよく使うけど、既に加工済みのチョコレートの状態だから、カカオからの加工方法を知っているのは、製菓の専門学校に通ったり、加工体験をした人くらいだと思う。
バレンタインの手作りチョコとかも、手軽な板チョコを使ったりしてたしなぁ。
そうでなくても、製菓用のチョコレートが簡単に手に入ってたし。今思うと、本当に便利だった。
「俺、わかるから、カカオも持ってるなら植えよっ、うわぁっ!」
「麗っ! お前、最高だっ!」
言いかけた俺を無理やり抱き上げて、リューガがくるくる回りだす。
どこの恋愛映画のヒーローだって、突っ込みを入れたいけど、身体能力の高いリューガの歓喜のぐるぐるだから、目が回ってそんな余裕はない。
振り回されながらギューッとしがみ付くと、リューガも感極まったみたいにきつく俺を抱きしめた。
そうか、そんなにチョコレートが食べたかったのか。
後で神様にもらったチョコレートを出してやろう。
「リューガに、お返しできそうなものがあってよかったよ」
目が回ったせいで、ちょっとだけくらっとするけれど、リューガがしっかりと抱きしめてくれているから問題はない。
少しぐてっとしたまま体を預けていると、俺が目を回したのが分かったみたいで、優しく髪を撫でられた。
「お返しも何も、麗に出会えたこと自体が、俺の人生最大の褒美だからな。麗と過ごせる日々は、俺にとってはボーナスステージだ」
満面の笑みでリューガが言い切る。
何を大げさなことをって言いたいのに、人としてかっこいいと思っているリューガにここまで言われると、照れ臭いけど嬉しくて、頬が緩んでしまう。
「俺も、リューガに出逢えてよかった。リューガといると、何でもできそうな気がしてくる」
不安定な足場が定まるような感覚、これは多分、転生者じゃないと理解できない。
自分がこの世にたった一人きりの異邦人のような寂しさや心許なさを、この世界で生まれ育った記憶しかない人が感じることはないのだろうから。
「俺にできることなら、何だってしてやる。とりあえずは、桜も植えようか?」
「桜っ! あるの? 一緒に、花見できる?」
桜なんて、もう絶対に見られないと思っていたから、あるんだったら嬉しい。
たくさんの春の思い出と結びつく、桜は特別な花だ。
「こっちの桜は、サクランボも実るから、サクランボ狩りもできるぞ。しかも、実が枇杷みたいなサイズの奴」
え? サクランボ、そんなに大きいの?
すっごく見てみたいけど、でも、そんなに大きいと、飾りとしては使いづらいなぁ。
レトロな雰囲気の喫茶店とかのメニューにあるクリームソーダとかアイスに飾られてるチェリーって、クリスマスツリーのてっぺんの星みたいに、何となく特別っぽく感じて好きだった。
ショートケーキの上の苺にも、相通じるものがある気がする。
「しかも、花が咲いている時期が長いんだ。散り方は同じなんだけどな。桜を見て、前世の記憶を思い出した人も多いらしい」
前世が日本人なら、桜に特別な思い出がある人も多いんだろうなぁ。
俺だって、桜にまつわる思い出は、数えきれないほどにたくさんある。
もしかして、記憶を思い出させるために、神様は桜を持ち込んだのかな?
「リューガも? 桜で思い出した?」
リューガは長生きしてるみたいだけど、いつ頃、どんなきっかけで記憶を思い出したんだろう?
好奇心に駆られて聞いてみると、ほんの僅か苦笑するような表情がリューガの整った顔に浮かぶ。
「あー、俺は、桜じゃなくて、ガキの時に死にかけて思い出した。こっちじゃ、よくあるパターンだな。この国の初代の王も、死にかけて、記憶を思い出したらしいし。冒険者ギルドを作ったり、ゴムを見つけたり、あちこちの迷宮を踏破して、勇者と呼ばれていたのが、この国の初代の王だ」
冒険者ギルドを作った転生者って、この国の最初の王様だったのか。
色々作った転生者が、最後には国まで作っちゃったってことだよね。
今いる国が、バトラーから聞いた話にも出てきた転生者が作った国だとは知らなかったなぁ。
この時俺は、この国の初代の王様のことに気を取られていて、リューガが死にかけた理由を話さずに誤魔化したことに気づかなかった。
そのせいで、後にリューガの出自を知った時に滅茶苦茶驚くことになるんだけど、この時はただ暢気に、図書館に初代王様の伝記とかないのかなぁ?とか考えていた。
応援ありがとうございます!
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