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新たな出逢い
いつか、人生を全うしたその先で
しおりを挟む「今のエピソード、どっかで聞いたことがあるんだよなぁ。いや、読んだんだったかな……?」
俺みたいな理由で、お菓子作りを始めた人が他にもいたんだろうか?
記憶を探るリューガの整った顔を見つめながら首を傾げてると、何を思い出したのか、リューガの表情が驚愕の色で染まる。
目を見開いて、じーっと俺を見つめてくるから、わけがわからなくて、でも何となく落ち着かなくて、膝の上で身じろぎしてしまう。
リューガの目は、日本では竜胆色とも呼ばれていた青紫で、じっと見つめられると吸い込まれそうな感覚に陥ってしまうくらい綺麗だ。
カラフルな色を持ち合わせた人が多いこちらの世界でも、リューガの目の色は珍しいみたいで、俺は他に見たことがない。
「なぁ、レイ。――って名前の作家に覚えはあるか?」
リューガが口にしたのは、貴士さんのペンネームだったので、物凄く驚いてしまった。
前世のリューガが似たような時代に生きていた人なのは、いろんなネタが通じることから想像できていたけれど、思いがけない名前を聞かされて、驚きすぎて言葉が出てこない。
言葉にならないまま何とか頷くと、リューガの表情が納得するようなものに変わった。
そこに悲痛な色が垣間見えて、それを不思議に思う。
「俺は、レイが主人公のラノベを読んだことがある。人気作家が初めて書いたラノベってことで話題になって、アニメ化もされたから、普段はラノベとか読まないやつも読んでた。俺もその一人だ」
リューガが詳しく話してくれたことによると、貴士さんは俺の死後、俺をモデルにした主人公が異世界に召喚されるという内容の小説を書いたらしい。
異世界なんてものがあるのなら、17年しか生きられなかった俺が、異世界で人生やり直しできたらいいのにと思って書いたようだ。
ある日、不思議な夢を見たのがきっかけで書いた、普段と違うジャンルの小説には、最初の一冊目にだけ、それまで一度も書いたことがなかったあとがきが書いてあって、その内容をリューガは覚えていた。
「『ある日、不思議な夢を見た。麗が不思議な生き物や仲間たちに囲まれて、幸せそうに笑っていた。それが、夢ではなく本当のことだったらいいのに、そう思ったら、この話を書かずにいられなかった。違う世界で、麗は今も生きている、そう思わなければ立ち直れない。親友にとって麗が太陽であったように、俺にとっても光だった。いつかまた、人生を全うしたその先で、愛しいあの子と巡り逢えるのだと信じていたい』……一言一句同じかまでは覚えていないが、あとがきにはこう書かれていた。転生しても思い出せるなんて、余程心に残っていたんだろうな。小説の中でも書かれていたエピソードをレイが話してくれたから、そこから記憶が繋がった」
俺の父さんは父さんだけだから、貴士さんを父さんみたいだと思ったことはない。
けれど、貴士さんは俺にとって、家族同然の人だった。
兄のような友達のような人で、父さんとはまた違う保護者で、いつだって俺を守ってくれる頼れる大人だった。
幼稚園のころの運動会やお遊戯会、小学校に上がって以降の学校行事にも、必ず来てくれたのは貴士さんだった。父さんが仕事で来られない時も、貴士さんだけは絶対にいてくれたから、母さんが来てくれなくても寂しいと思わずに済んだ。
学校で熱を出して迎えが必要になった時、締め切り前で忙しいのに迎えに来てくれたこともある。
病院に連れて行ってくれるのも看病してくれるのも、父さんができないときは貴士さんが引き受けてくれて、貴士さんの住むマンションには、俺専用の部屋まで作ってあったほどだ。
小説を書くことで、貴士さんは悲しみを昇華させたのか。
いつかまた、父さんの子供として生まれるとき、貴士さんもいてくれたらいいのになぁ。
俺がこの先頑張って世界を変えていけたら、ご褒美代わりに貴士さんも生まれ変わらせてくれないかな?
「……これ、この指輪、貴士さんからもらったやつなんだ。高校生になった時、大事にしていたコレクションの中から一つ譲ってくれたけど、その時は俺、まだ小さかったから、指輪のサイズがあわなくて」
俺の親指にも指輪が入るのを見て、一頻り笑った後、「すぐに大きくなるさ」と慰めてくれた。
貴士さんの予言通り、その後、俺の背はすくすくと伸びて、ネックレスに通して身につけるしかなかった指輪も、中指につけられるようになった。
「今は、サイズもぴったりだな。自動調節がかかってるのか」
指輪をした俺の手を取って、リューガが指を絡めるみたいに手を繋ぎ合わせた。
大きなリューガの手と比べると、俺の手は、まだ子供の手だ。
「神様の家の地下がダンジョンになってて、初めてクリアした時の宝箱に、この指輪と、父さんにもらった腕時計が入ってたんだ。だから、自動調節がかかってるし、壊れないようになってる」
「粋な計らいをする神様だな」
繋いだままの手を引かれて、ぎゅっと抱きしめられた。
慈しむようなキスをリューガが目元に落とすから、勝手に涙が溢れて困る。
情緒不安定なのはもう終わりだって思ったのに、思いがけないことをリューガが教えるから、涙が止まらない。
「お前、愛されてるなぁ。愛さずにはいられない、その気持ちは、俺も身をもって実感中だけど、保護者がいたら、俺は近づけてもらえなかったかもな」
明るい口調で慰めるように言いながら、リューガがいくつものキスを落としていく。
確かに、俺を口説く男がいたら、父さんは近寄らせなかったかも。
貴士さんはどうかな?
あの人自身がバイだったから、口説いているのがリューガなら意外と面白がったかもしれないなぁ。
「――麗、お前のことが愛しくてたまらないんだが、どうしたらいい?」
問いかけながら、リューガは優しく俺の唇を啄んだ。
俺の反応を確かめるみたいに見つめてくるから、恥ずかしくて涙も止まってしまう。
「そんなのっ、俺にわかるわけない。自分で考えてよ」
素っ気なく言いながら、リューガの肩に顔を埋めて隠す。
すごく甘ったるい声で俺の名前を呼ぶから、日本語で名前を呼ばれているようなそんな気分になる。
父さんがつけてくれた大事な名前を、宝物みたいにリューガが呼ぶから、それが嬉しいのに気恥ずかしくて、顔を上げられない。
「可愛すぎだ、麗」
くすくすと楽しげに笑いながら、優しく抱き寄せられて、素直に体を預ける。
リューガといると俺、寂しいと感じることもない。
生まれてくる寂しさは、すべてリューガが消してくれるから。
あともう少しだけ甘えていたくて、リューガに凭れ掛かったまま目を閉じた。
そんな俺を受け入れてくれるみたいに、リューガは逞しい腕で抱きしめてくれるのだった。
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