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新たな出逢い
転生者
しおりを挟む温かいものに包まれていた。
うっとりするほど心地よくて、ずっと包まれていたいと思った。
それなのに、俺の鼻をつまんだり、頬を突いたりして邪魔をする手がある。
嫌がるように頭を振っても顔を顰めても、悪戯はやまなくて、むすっとしながら目を開けた。
何だか今日は、瞼がいつもより重いというか腫れぼったい。
何でだろう?と首を傾げた瞬間、目に飛び込んできたのは綺麗に鍛えられた胸板だった。
俺の記憶にあるどれよりも色が白くて、男らしい色気と同時に美しさを兼ね備えている。
「レイ、起きたか? もうとっくに朝だぞ?」
からかうような声を掛けられて顔を上げると、至近距離で見ても鑑賞に堪える美しい顔が、悪戯気な表情を浮かべて俺を見ていた。
えっと、俺、何でこの人に抱きしめられてるの?
しかも、お互い裸だし。
毛布の中でもぞもぞっと体を動かして確かめてみたけれど、どうやらお互いに真っ裸のようだ。
体に違和感はないから脱がされただけだと思うけど、なんで脱がされてるんだろう、俺。
わけがわからない。
俺の反応を見て肩を震わせていたリューガが、少し強く鼻をつまんでくる。
「俺じゃなかったら食われてたぞ? これに懲りたら、無防備に寝落ちするなよ?」
「俺だって、寝落ちするにしても、相手は選ぶよ。この顔とずっと付き合ってきてるんだぞ? 変態の見極めくらいつくようになる」
確かに無防備だと叱られても仕方のない愚行だったけど、この人は俺に無体なことはしないだろうという安心感があったんだから仕方がない。
実際に何もされてないし。
「このタラシめ。確かに俺は性欲薄いけど、一応ちょっとはくらっと来たからな? あまり信用するなよ?」
くらっと来たとか、絶対嘘だろって言いたくなるくらい涼やかな顔で、リューガが俺を見る。
俺が疑わしく思っているのに気づいたのか、リューガはニヤっと人の悪い笑みを浮かべると、不意に体を重ねるように俺にのしかかってきた。
「わっ、ばかっ! そんなもん、あてるなっ!」
所謂朝の生理現象ってやつで固くなったモノに、同じ状態のモノを擦りつけられて、上擦った抗議の声を上げる。
放っておけばおさまるレベルだったものが、このままだとやばい状態になってしまう。
「いやー、愚息が戦闘形態になったの、数十年ぶりだから面白くてさ」
この人、見た目綺麗なのに下品だ。
親しみやすくていいけどさ、マジで擦り付けて遊ぶのやめてほしい。
それに、数十年ぶりって、どういうこと?
いったい何歳なんだよ。
「……ばかっ、あそぶなぁ……っ…」
リューガの年齢のことに意識をそらそうとしたけど、刺激されれば簡単に反応して、息が乱れてしまう。
リューガと違って俺は、まだ正真正銘ピチピチの十代なのだから。
「若いねぇ。カラダも素直で可愛い。どうする? このまま手伝ってやろうか?」
俺と違ってリューガは全然余裕って感じで、なんかムカついてくる。
俺が何をしても余裕でかわしてた貴士さんとちょっと似てて、懐かしさも感じるけど、だからって、素直に体を委ねられるわけがない。
「もう、おしまい!!」
強く言って、リューガの体を押しやると、あっさりと引き下がった。
やっぱり、俺のことをからかって遊んでいただけらしい。
「シャワーを浴びてきたらどうだ? その間に朝飯を頼んでおく。手乗りうさぎはそこの籠の中で、荷物とか服はその辺に投げてあるから、適当に拾ってくれ」
裸のままベッドを抜け出すのはちょっと恥ずかしかったけど、からかわれて腹を立てた勢いでベッドを抜け出した。
どこに連れ込まれたのかと思えば、いつも泊まってる宿の特別室で、ルイスたちがいた頃はここに滞在していたから、風呂の場所は聞かなくとも分かった。
まさか、リューガと同じ宿に泊まっていたとは思わなかった。
どんな縁なんだよ、これ。
ただの偶然って言いたい俺と、縁だって思いたい俺がいる。
何でだろう?
リューガには不思議なくらい簡単に気を許してるし、警戒をしていない。
大好きなルイスたちでさえ、俺はここまで気を許しているだろうか?
拾い集めた服とマジックバッグを持って風呂に籠り、シャワーだけでなくちゃっかりとお湯をためて入浴した。
すべて見透かされてると思うとムカつくけど、中途半端に煽られてしまったものを処理したのは言うまでもない。
風呂で温まってから、しっかりと着替えて食堂になっている部屋に行くと、既に料理がテーブルに並んでいた。
俺が長風呂をすることを想定していたのか、料理は届いたばかりのようで、まだ湯気が立っている。
「髪、乾かしてやるから、こっちに来い」
タオルで髪を拭いていたら、椅子に座ったままリューガが俺を手招くので、素直に近寄っていく。
手を引かれ、すとんと膝に座らせられて、結構伸びてきた髪を指で梳かれた。
その時、何らかの魔法が使われたようで、ほんのりと温かくなった次の瞬間には、髪が乾いてサラサラになっていた。
「何? 今の、魔法?」
料理スキルに乾燥があるけれど、似たような魔法があるんだろうか?
バトラーのところにいたときは、ドライヤーの魔道具みたいなのがあったし、こっちに来てからは自然乾燥に任せることが多かったので、一瞬で髪が乾いたのに驚いた。
「火と風の混合魔法だ。エルフは魔法に長けた種族だから、俺は細かな制御も得意なんだ。ほら、髪乾いたから、飯食うぞ。魔法なら、俺がいつでも教えてやるから」
席に着くように促されて、素直にリューガの向かいの席に座った。
テーブルには、パンやスープ、卵料理などが並んでいる。
リューガは朝からガッツリ食べるタイプのようで、サラダやフルーツまで合わせると結構な量だ。
「牛乳があるけど、リューガも飲む?」
空間庫からミルク専用のピッチャーとグラスを取り出して、よく冷えた牛乳をグラスに注ぎながら聞いた。
身長を伸ばすために、俺は毎日必ず牛乳を飲むようにしているけど、本格的な成長期はまだやって来ないようだ。
人族の成人男性としては背が低い方だから、早く成長期がくるといいんだけど。
この際、成長痛には仕方がないから目を瞑る。
「知ってるか、レイ? 大人になると牛乳で腹を下しやすくなるんだぞ? 確か、分解酵素がなくなるんだったかな。ハーフエルフになってもそこらへんは同じだった時には、がっかりしたぞ?」
そういえば、父さんも牛乳でお腹を壊してた。
昔は一日一リットルでも余裕だったのにって、話してたことが……って、なんで!?
何でリューガが、分解酵素なんて言葉を知ってるんだ?
それに、ハーフエルフになってもって、その前に、ハーフエルフ以外の種族だった時期があったように聞こえる。
もしかして、リューガは転生者なんだろうか?
「レイの察している通り、俺は転生者だ」
隠すこともなくあっさりと転生者だとばらされて、驚きで固まってしまう。
転生者であることは、秘密にする人が多いと聞いていた。
何で、知り合ったばかりの俺に、こんなにあっさり教えてくれたんだろう?
俺のことも転生者だと思っているから?
これは、リューガなりの歩み寄りなんじゃないかって感じた。
過去に転移者は一人もいなかったから、バトラーは秘密にした方がいいって言ってた。
けれど、リューガになら、話してもいいんじゃないだろうか。
秘密を一人で抱えているのは重い。
ルイスたちといるとき、時々騙しているような罪悪感を感じることもあった。
「勝手に、レイは俺の同類なんじゃないかと思ってる。だけど、無理に話さなくていい。話すのはレイが話したいと思ったとき、俺のことを信用できるようになった時でいい。話したいならいつだって聞いてやる。聞かれたくないなら、ずっと聞かずにいてやる。だから、気に病むな。俺は、どんなレイも受け止めてやるから」
あぁリューガは、俺とは比べ物にならないくらい成熟した大人なんだ。
だから余裕があって、出会ったばかりの俺のことを、あっさりと受け入れてくれる。
多分、俺がどんな選択をしても、リューガは許してくれる。
そう思ったら、とても気が楽になった。
ありのままの自分を受け入れてもらえるのは、物凄く嬉しいことだ。
「ご飯食べてから、話を聞いて。俺、リューガには全部知ってほしい」
リューガが俺のことを重たいって感じるんじゃないかって、不安になることはなかった。
俺一人くらい、リューガはあっさりと受け止めてくれるって、出逢ってからのわずかな時間で理解していた。
「レイの気のすむまで付き合ってやるから、しっかり食って、大きくなれよ。今のままだと、ちょっと細すぎだからな」
「余計なお世話だよ。あと2年もすれば、リューガと同じくらいまでは背が伸びるんだからな」
身長が180を超えてくれるかわからないけど、ちょっと見栄を張っておく。
頑張ってるんだから、前と同じくらいまでは伸びるはず。そうなれば、1~2センチなんて、ほんの誤差だ。
俺は若いから牛乳でお腹を壊したりはしないので、コップ2杯分、きっちりと飲み干しておいた。
昨日感じていた底知れない孤独感や寂しさが、いつの間にか消えていたことには気づかなかった。
応援ありがとうございます!
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