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新たな出逢い
想定外の贈り物
しおりを挟む物を作っていると、あっという間に時間が過ぎる。
今日は料理三昧しようと、干し肉を作った後も保存食作りに励んでいた。
保存食なんて空間庫を持っていればあまり必要なさそうにも思うけど、自分のスキルをばらしたくない状況では、普通の冒険者がよく利用している保存食は役に立つ。
それに、キノコのように乾燥することで旨味が出るものもあるから、料理に使うための保存食も作るようにしている。
食品の乾燥自体は、料理スキルを使えばいいから、簡単に乾物が作れた。
ドライフルーツも手軽に作れるので、とても便利でいい。
ただ、スキルを使うと魔力を消費するから、延々と作れるというわけではない。
だから、オーブンでもドライフルーツを作り、コンロでは同時進行でジャムやコンポートも作っていた。
果物は買ってきたものもあるけれど、六花たちが見つけてくれて森で採取したものも多い。
冬って何となく植物は枯れてるイメージだったけれど、よく考えてみれば日本にいた頃も冬が旬の果物がたくさんあった。
バトラーの話によると、ダンジョンで採れる食物もあるから、旬という概念自体はあまりないみたいだけど。
こちらでも果物や野菜などはほぼ同じものが食べられているから、リンゴやミカン、苺などが簡単に手に入った。
苺が木に鈴なりになっているのを見たときは驚いたけれど、異世界だからと思えば受け入れられる。
鑑定すれば果物の糖度までわかるし、甘みが足りないものはジャムなどに加工すればいいだけなので、空間庫の中に大量にため込んである。
苺は生で食べるのも好きだけど、ジャムも大好きだ。
厚切りにした食パンを焼いて、マーガリンを塗った後にジャムをのせて食べるのが好きだった。
父さんは俺の作ったジャムが好きで、季節のフルーツを使って作るといつも喜んでくれていた。
俺の手作りだとばれると母さんに捨てられるから、貴士さんの部屋で作ってから既製品の瓶に詰め替えてカモフラージュしていたけど、そこまで手間をかけてでも作りたいくらい、父さんに喜んでもらえることが嬉しかった。
「ご飯、ちゃんと食べてるかなぁ。貴士さんたちがいるから、大丈夫だと思うけど心配だなぁ」
父さんは忙しくなると食べることを疎かにするから、一人になった後、ちゃんとご飯を食べているか心配だ。
父さんの友達は面倒見のいい人が多かったから、きっと大丈夫だと思うけど。
学生時代からの仲間だという、父さんとその親友たちの絆は強かった。
類友というのか、割と個性的な人の集まりで、あんなグループが学校内にいたらとても目立っていただろうとすぐに想像がつくくらい、凄い人ばかり揃っていた。
大人になっても続いていた交友関係に、どちらかというと地味なタイプの母さんは馴染むことができなかったらしい。
好意から父さんの仲間たちに誘われても、馴染めないまま疎外感を感じて、内に籠ってしまったそうだ。
父さんと母さんは、私立の一貫校に通っていた同級生だけど、学内ヒエラルキーのトップのグループにいた父さんとは、まったくと言っていいほど縁がなかったらしい。
実際、父さんは一度も同じクラスになったことのない母さんのことを知らなかったけど、母さんは父さんのことを知っていて、当時から憧れていたようだ。
学生時代、父さんの隣には常に同じ女性がいて、恋人として大切にされていた。
結局、婚約までしていたのに別れてしまったけど、父さんがその女性のことを溺愛していたのは誰もが知っていた。
貴士さんの話では、告白されるのを避ける意味もあって、人目があるところでも気にしないで甘やかしていたらしい。
父さんが甘やかしたがりなのは、俺も散々甘やかされてたからよく知っている。
母さんは同級生として、父さんが好きな女性をどんな風に扱うのかをずっと見ていた。
愛する人に対する父さんの態度を見ていたからこそ、その人と自分の扱いが全く違うことが分かってしまった。
父さんが婚約を解消された後、子供ができなくてもいいからと、父さんに近づいてきた人はたくさんいたらしい。
だけど、父さんを思いやっての言葉は、余計に父さんを傷つけて、自暴自棄になってしまったそうだ。
俺はまだ、自分の子供のことどころか、結婚のことすら考えられないけれど、自分が原因で子供ができないかもしれないとなれば、男性としての尊厳が傷つけられることくらいは理解できる。
溺愛していた婚約者と別れなければならなかった父さんが、どれだけ傷ついたのか、想像するに余りあった。
そんな傷ついた父さんを癒したのは、たった一度きりの行為で俺を身籠った母さんだった。
生まれてくる子供のためにもまともな親にならなければと、父さんは立ち直ることができた。
父さんの一番の親友である貴士さんが、俺の母さんのことを、『可哀そうで気の毒な女』だと言っていたことがある。
父さんの恋人の座を狙っていた女の人たちに、心無い言葉をぶつけられたり、俺が生まれるまでは、本当に父さんの子なのかと怪しまれたりもしたそうだ。
もちろん、父さんは最初から疑うことなく受け入れたそうだけど、父さんの友人たちの中にも疑う人がいたらしい。
たくさん辛い思いをして、その結果、母さんは心を病んでしまった。
父さんが溺愛したのは、母さんでなく息子の俺だったことが、更に母さんを苦しめた。
母さんが病んでしまったのにも、一応理由はあった。
けれど、一人になってしまった父さんのことを思うと、許せない気持ちになる。
俺の知る限り、父さんはいつだって誠実で優しい夫だったから。
俺は父さんの愛を得られなくて苦しんだことなどなかった。だからこんな風に思うのかな?
父さんに愛されていることを、一度だって疑ったことはない。だから、母さんのことが許せないのかな?
父さんに逢いたいな、そう思う気持ちに反応するかのように、箱の蓋が開いた。
蓋が開いたのは、異世界のお菓子箱だ。
神様はチョコレートが好きみたいで、今まで箱から出てきたのはチョコレートばかりだった。
俺もケーキはチョコケーキが好きだし、チョコレートも嫌いじゃないからいいんだけど、偏り過ぎじゃないだろうか?
有名なショコラティエのバレンタイン限定のチョコレートとかは、もう絶対に食べられないと思っていたからすっごく嬉しかったけど。
もう二度と手に入らないかもしれないと思うと、食べるのが惜しくて、空間庫にしまい込んだままだ。
いつか、自分にご褒美を上げたくなったときに食べようと思っている。
今回は何が入っているんだろう?と、好奇心に駆られて箱の中を見る。
箱の中のものが何か分かった瞬間、ぶわっと涙が溢れた。
喜びと悲しみが同時に胸に迫って、感情が爆発するみたいに泣き声を上げた。
このためだったんだ。
神様が異世界のお菓子箱を俺にくれたのも、箱のサイズが他のものよりも大きかったのも、多分、このケーキを俺に届けるため。
箱の中にあったのは、父さんが毎年俺のために用意してくれていた、お気に入りのケーキ屋さんのバースデーケーキだった。
『愛する麗。18歳の誕生日おめでとう』と書かれたプレートが、苺で飾られたチョコレートケーキの上に乗せられている。
あちらはもう、俺の生まれた4月になっているらしい。
ここは人気のケーキ屋さんで、これは一日限定5個しか作られていないケーキだから、最低でも半月前には予約が必要だった。
一体どんな思いで、いつものようにケーキを注文したの?
その時の父さんの心情を思うと、涙が止まらなくなる。
18歳になれなかった俺の誕生日を、父さんが祝ってくれたのだとわかって、嬉しいのに切なくて辛い。
もう、ありがとうと伝える術はないのだ。
父さんと一緒にケーキを食べることもできない。
「……父さんっ……逢いたいよ、寂しい……一人は、寂しいんだっ」
床に蹲って泣きじゃくった。
寂しくて、父さんが恋しくて、胸が苦しい。
肌寒さを感じて、ぎゅっと自分の体を抱くように腕を回す。
今まで、どんなに辛い時でも、こんなに泣いたことはない。
初めて父さんのために作ったケーキをゴミ箱に捨てられた時も、母さんに殴られ、蹴られて、死ねばいいのにと罵られたときも、ここまで泣くことはなかった。
だってケーキの時は、父さんが捨てられたケーキに気づいて、ゴミと混ざった部分をよけて食べてくれた。
また作るから食べなくていいって、必死に止めたけど、「麗が初めて作ってくれたケーキを食べられないのは嫌だ」と言って、嬉しそうに味わってくれた。
暴力を振るわれたときもすぐに気づいてくれて、「守れなくてごめんな」と、泣きながら傷の手当てをしてくれた。
父さんがいたから、こんな風に泣くこともなかったんだ。
父さんに守られていたから、辛いと感じることもなかった。
どんなに泣いても、涙を拭って抱きしめてくれる父さんはもういない。
いつか、また父さんと出逢えるってわかってる。
だけど、いつかじゃなくて今、父さんに逢いたい。
思い出すたびに、逢いたくて逢いたくて仕方がなくなる。
ファザコン過ぎるだろって思うけど、大好きな父さんのそばに、たった17年しかいられなかったんだからしょうがない。
大体、俺は一人でいるのが苦手なんだ。
母さんには毛嫌いされていたけれど、それを補って余りあるほどに友達や周囲の人には恵まれていて、寂しいと感じることがあまりなかったし、寂しいと思ったときに逢ってくれる人がたくさんいた。
今は、以前と環境が違い過ぎて、まだ慣れることができない。
リュミたちは可愛いけど、抱きしめてくれる人が欲しい。
父さんだけじゃなく、俺の周りにいた大人はスキンシップ過多で甘やかしたがりだったから、誰もいなくなってしまうと本当に寂しい。
今思うと、母親の愛情を得られない俺が寂しくならないように、みんな過剰なくらいに構ってくれていたんだと思う。
優しい人たちに甘やかされて守られて、俺はとても幸せだった。
たくさんの幸せをもらったのに、今の俺に返す術はない。
失ってから気づいたことがたくさんあり過ぎて、後悔で胸がいっぱいになる。
あの頃の与えられるばかりだった俺は、なんて傲慢だったのだろう。
いつも俺の誕生日はみんなで賑やかに過ごしていたから、一人でバースデーケーキを食べる日が来るなんて、考えたこともなかった。
明日も変わらない未来が続いていて、誰を失うこともなく、ずっと一緒にいられると思っていた。
一頻り泣いて、少し落ち着いてから、バースデーケーキを取り出した。
今はとてもじゃないけど、食べる気になれない。
今更だけど、もっと感謝の気持ちを伝えておけばよかったなぁ。
箱に入れたケーキを空間庫に封印して、寂しい、そんな気持ちを持て余したまま、神様にもらったソファの上で蹲る。
このソファに座るといつもは落ち着くのに、今日は温もりがもっと欲しくなって、寂しさだけが募っていく。
バトラーと一緒にいた頃は、一人で生きていくための力をつけるのに必死で、寂しいとか考えている余裕がなかった。
もしかしたら、俺が精神的に不安定にならないような作用が、あの空間にはあったのかもしれない。
神様の家を出てからは、すぐにルイスたちと出会えたから、寂しさを感じることもなかったんだ。
ルイスたちがいなくなって数日経って、ようやくそのことに気づいた。
俺を慕って懐いてくれる従魔もいるのに、それでも寂しいなんて情けないと思う。
もうこの世界では成人していて、子供じゃないのに、そう考えると恥ずかしさも感じるけど、寂しいと思う気持ちを無くすことができない。
きっと一人でいるのがよくないんだと思い、ソファから勢いをつけて飛び降りて、泣き濡れた顔を拭った。
予定よりも早いけれど、人恋しいから街に帰ることにしよう。
キッチンを適当に片づけて、適当に浄化してから、馬車を出てさっさと空間庫にしまう。
まるで俺の情緒不安定に気づいたみたいに、六花たちは帰ってきていて、お座りして俺を待っていた。
念話があるのに何も言わず、鼻を鳴らすように鳴いて、慰めるように俺に擦り寄ってくる。
「ごめんな。今日はもう、街に帰るから。森を出たところで送還するよ」
六花と雪花の頭を撫でて、六花に預けていたマジックバッグを腰のいつもの位置に移した。
リュミが俺の肩に飛び乗って、頬に擦り寄ってくる。
いつもなら和むその仕草に、今は涙を誘われて、どうしたらいいのかわからない。
こんな状態で俺、どうやって生きていけばいいんだろう?
足元がぐらぐらと揺らぐような不安定さを感じて、自分が自分じゃなくなるようで怖くなる。
気もそぞろな俺のことを、六花と雪花がガードしてくれたので、魔物に遭遇することもなく森を出ることができた。
くぅーんと寂しそうに鳴く六花たちを送還して街に入ると、雑多な人の気配を感じてホッとしてしまう。
でも、それも束の間のことで、こんなにたくさんの人がいるのに俺は一人なんだと思ったら、余計に寂しくなってしまった。
どうしよう、居場所が見つからない。
迷子のような心細さを感じて、泣き出してしまいそうになる。
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