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新世界にて
不正対策
しおりを挟む「レイ、これはだめだ。あまりにも簡単に出来過ぎる」
しばらくして落ち着きを取り戻したルイスが、それでもまだ困惑が抜けきらないといった顔のまま俺を見た。
ダンジョンなどで手に入れるしかなかったマジックバッグが、自分の手で簡単に作れてしまったことで危機感を覚えたらしい。
「簡単にできること自体は、いい事なのですが、特許を取れば、マジックバッグの価値が高いうちにと、荒稼ぎする者も出てきそうですね。ルイスが作ったこの不格好なバッグでも、今、オークションに出せば、最低でも白金貨で取引されるでしょう。何の対策もせずにマジックバッグ作成の特許を取れば、バッグが出回る前にと、空間魔法持ちを無理に集めて、マジックバッグを作らせる人が出てくるかもしれません」
フランツさんの説明を聞いて、ルイスが感じていた不安を理解できた気がした。
俺が特許を取ったために、マジックバッグを作ることを強制される人が出るのは嫌だ。
そういったことを強制する人を儲けさせるのはもっと嫌だし、何か対策が必要だろう。
「空間属性を持ってるだけじゃなくて、ちゃんと空間庫を作れる人じゃないとマジックバッグは作れないんだけど、今までよりも、空間庫を使える人の危険が増しちゃうかな?」
空間庫のスキルに関しては、ルイスが広めてくれることになっているけれど、現状では使える人が少ないようだから、希少な空間庫持ちが、更に危険に晒される可能性が増えてしまうならば、先に何か対策を立てなければならない。
けれど、対策なんてそう簡単には思いつかなくて悩ましい。
「レイは、素質のある奴なら、誰だってマジックバッグを作れるようになってほしくて、特許を申請するんだろう? それなら、申請の時に契約を交わせばいいんじゃないか? 商業ギルドの契約は、魔皮紙を使った正式なもので、違反すると神罰が下るからな」
俺が悩みこんでいると、見かねたようにクラウスさんが対策案を出してくれた。
契約違反で神罰が下るの?
思いがけないことを聞かされて、驚いてしまった。
契約違反なんてする気はないけど、神罰とか怖すぎる。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ、レイ君。神罰と言っても死ぬわけではなく、持っているスキルがすべて消えるだけですから。その後は、スキルを得辛くなるので、契約違反をするのが割に合わないことは、よく知られています」
フランツさんの説明を聞いて、ほっと息をついた。
神罰なんて言うから、雷に打たれて死ぬとか、物騒なのを想像してしまった。
でも、スキルが全部消えるというのも十分怖い。
何をするにしても、スキルがあるかないかで、結果が大きく違ってくるのだから。
物を作るときだって、スキルが発生する前と後では、出来上がりに大きな差があったし、それに、スキルがあれば魔力を使った作成も可能になる。
魔力を注いで作りたいものをイメージするだけで出来上がるから、細かい細工をしたいときとか、とても便利で助かっている。
「正式な契約って、かなり重たいものなんだね。でも、正式な契約だったらきちんと守ってもらえるなら、マジックバッグの性能ごとの上限価格を決めておくといいかもしれない」
俺が意見を出すと、フランツさんがマジックバッグから虫メガネみたいなのを取り出して、ルイスの作ったマジックバッグを観察し始めた。
「鑑定の結果、これはマジックバッグ(中)となってますね。一般的な幌馬車15台分くらいの荷物が入るようです。生き物不可、所有権のないアイテム不可となってますので、中の時間は停止していて、盗難などに使うことはできません。ダンジョンで見つかるマジックバッグは、(大)や(特大)が多いのですけど、小さなダンジョンでは、(中)が出ることもあったはずです。魔道具を売るときは、必ず鑑定書をつけることになっていますから、サイズを偽って売ることはできません。ですから、サイズごとに上限の価格を設定しておいて、必ずその価格よりも安く売ることと契約に入れておけば、マジックバッグの価格が高騰することを防げるでしょう」
鑑定の魔道具って初めて見た。
似たようなの、俺にも作れるかな?
レンズだけガラスで、外枠は木でできてるから、後は魔法陣さえあればなんとかなりそうだ。
それにしても(中)で馬車15台分ってことは、俺の一番最初のマジックバッグは、(小)どころか(極小)?
極小とか、なんか響きが嫌だ。
初めて作ったマジックバッグにこれだけ差があるなんて、ルイスって魔力が多いんだなぁと、感心してしまった。
俺が成人前に作ったバッグと比べられても、ルイスは困っちゃうかもしれないけど。
「転売禁止も契約に入れられるかな? 契約した人が定価で仲間に売って、それを買った仲間が高値で転売したりしたら、価格の上限を決める意味がなくなるでしょ?」
個人間の売買まで規制していたらきりがないから、ある程度は許容するしかないけれど、でも、儲けを出すための大掛かりな転売は何とか阻止したい。
どんな条件を付ければ、阻止することができるだろう?
「転売は、間違いなくあるでしょうね。マジックバッグが出回り始めた頃なら、定価よりも高くても購入する人が続出するでしょうし」
フランツさんでも転売の対策が思いつかないのか、呟くように言いながら悩みこんでる。
マジックバッグの上限価格が知れ渡った後なら、馬鹿みたいな高値で買うことはなくなると思うんだけど……。
「そうだ! 商業ギルドを介しての販売を、契約に入れたらどうだ? 作られたマジックバッグは必ず商業ギルドを通して販売することにして、個人間の売買を最初から禁止してしまうんだ。この方法なら、ギルドぐるみでの不正も防げるだろうし、商業ギルドにも恩を売れる」
珍しくクラウスさんが大きな声を上げたかと思うと、興奮気味に思いついたことを話し出す。
でも、興奮するのも納得のアイデアだったので、聞いているうちに俺もテンションが上がってきた。
「すごい! クラウスさん、天才!」
褒めちぎる俺の横で、ルイスは感心して唸っているし、フランツさんは何事か考え込んでいる。
「商業ギルドに恩が売れるとなれば、レイ君の安全の確保もしやすくなりますね。少なくとも、レイ君を騙し討ちで奴隷にしようとしても、商業ギルドに知られた段階で阻止してもらえます。すべての奴隷は、商業ギルドを通して契約を交わしていますから」
奴隷は商業ギルドの管轄なのか。
確かに言い換えれば人の売買だからなぁ。
「不正を阻止するだけじゃなく、恩も売れて、レイの安全も図れるなら、言うことなしだな。あと何日かでレイと離れないといけないと思うと、心配で仕方がないから、少なくとも騙されて奴隷になることはないとわかってるだけでも安心だ」
ルイスはどれだけ俺が騙されやすいと思ってるんだろう?
本気で俺の奴隷落ちを心配しているようだ。
大丈夫っていくら言葉を重ねても、心配する気持ちを消すことはできないから、商業ギルドとの契約でルイスの心配が減るならよかった。
心労でハゲたりしたら可哀そうだし。
「じゃあ明日は、浄化機能付きトイレなんかの魔道具の設計図とマジックバッグの作り方と魔核の加工法の特許申請ということでいいね。マジックバッグは、ルイスが作ったのを持ってけばいいよね?」
俺の作ったのだと、性能が微妙過ぎるから、品質の悪い物しか作れないという誤解を招きかねない。
「旅の途中でレイ君が作った、空間拡張済みのバッグはどうしますか?」
フランツさんに問いかけられて、うーんと悩みこむ。
纏めて魔法を付与する方法自体は広めてもいいんだけど、あれは裏技みたいなものだから特許を取るほどのことじゃないし、広めるのは今じゃなくてもいいかな?
みんなで商会を立ち上げるなら、目玉商品があった方がいいだろうし。
「あのバッグは、マジックバッグとは違って凄く手軽だから、みんなで作るお店の目玉商品にしようよ。それから、バッグじゃなくてさ、もっと簡単に作れる箱とかで同じ性能のを作ってみてもいいかと思ったんだ。馬車に積んでテントとかの荷物を入れるなら、箱型の方が使いやすいでしょ?」
バッグの場合は手縫いだから、一つ作るのにどうしても時間がかかるけど、蓋つきの木箱なら、割と簡単に作ることができる。
というのも、木材を切ったりするところまでは、他の人にやってもらっても問題ないからだ。
一から手縫いしないといけないバッグと、用意された材料を組み立てるだけでいい箱では、箱の方が圧倒的に短時間で仕上げられる。
いっそ、足踏み式のミシンでも作るべき?
アンティーク好きな父さんの友達が、足踏み式の古いミシンとか機械編みができる編み機を持っていたから、構造は何となく覚えているけど、再現できるものかなぁ?
あまり急激に便利なものを広めすぎるのも問題だから、そのうち、時間をかけてじっくり研究してみるのもいいのかもしれない。
「いいのか? 特許を取れば、作ってもらった分だけレイの利益になるだろう?」
ルイスに気遣われて、笑顔で頷いた。
こうやって気遣ってくれるルイスの優しいところが、凄く好きだなぁ。
ルイスだけでなく、フランツさんもクラウスさんも、決して俺を利用しようとはしない。
俺が騙されるかもしれないことを心配して、守ろうとするばかりで、俺から何一つ奪おうとしない。
だからこそ、俺だって俺にできる限りのことをしたくなる。
知れば知るほど、一緒に過ごす時間が長くなるほどに、3人のことが大好きで大切になっていく。
「俺のこと、誘ってくれたのはルイスだろ? 商会を立ち上げるなら、俺だって、俺にできる方法で貢献したいよ。それに、馬鹿正直にすべて明かすより、いくつか札は隠しておいた方がいい」
何があるのかわからないから、いざという時に使えるカードを持っておくのも大事だ。
敵に回すよりも、味方にした方がいいと判断してもらえれば、面倒事が減るだろうから。
「レイ君は素直かと思えば、意外に策士なところもあるんですね」
感心するフランツさんに同意するように、クラウスさんとルイスが頷いている。
生きていく上で、時には悪知恵も必要だよね?
「俺の周りには癖のある大人が多かったからね」
主に貴士さんとか貴士さんとか貴士さんとかっ!
あの人、俺にめちゃくちゃ甘かったけど、でも時に容赦なくて、色々な意味で鍛えてもらった。
父さんと同じくらい大きな影響を俺に与えた人だ。
人を見る目、特に女の人を見る目はしっかり養えと、小さな頃からいろんな場所に連れ出された。
多分、俺が父さんみたいに結婚で失敗しないようにと、考えていたのだと思う。
そんな貴士さんは自由を愛する独身で、恋人よりも友達を大事にする人だったから、恋人ができてもあまり長続きしなかった。
小説家でもあり、作詞家でもあるという職業柄、交友関係はとても華やかだったけど、貴士さんが大事にしているのは学生時代からの仲間たちだった。
いつ商業ギルドに行くことになってもいいように準備をしてから、その後はのんびりと過ごした。
商会を作るのなら、名前を決めなければならないそうで、みんなで意見を出し合ったけれど、リュミの正体を知らないはずのルイスが、「カーバンクル商会がいい」と言い出すので、物凄く驚いてしまったのだった。
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