仕事を解雇されたら、愛する彼女に監禁されました

れん

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愛する彼女の世話になって、どれだけの時間が経過したのか……テレビは自由に見せてもらえるし、ゲームもある。

外部と連絡が取れるスマホだけは許してもらえなかったが、電子書籍を見るように端末は渡された。

排泄行為を見られることに対する抵抗もない。
出されたものを食べ、会話し、彼女の前だろうが排泄し、彼女の抱き枕になって眠る。

風呂は首輪に手錠と縄をつけた状態で、一緒に入って頭も体も陰部もすべて、彼女が洗ってくれる。

陰茎が勃起したら、彼女は嬉しそうに口に含み、ゴムを装着して俺に跨がって、性欲を発散させてくれる。

至れり尽くせりで、働かなくても良いうえにセックスもできる。昔描いた、夢のような生活なのだが……これで良いのかという考えが消えない。

「アヤメ、遅いな……」

彼女が仕事に行っている間は独り。
時間経過が遅く感じる。
独りでテレビを見てもつまらない。
ゲームも、書籍も。彼女と一緒じゃないと、つまらない。

「ごめんねー、ツムたん……遅くなっちゃった~」
「ああ、お帰り」

玄関まで迎えに行きたくても、俺は鎖で繋がれたまま。
少しずつ動ける範囲は広くしてもらっているが、俺の許された場所はリビングだけ。

「今日も、飲んできたんだ」
「うん……ごめんね、職場の人がどうしてもっていうから」
「大丈夫だよ。付き合いも大事だから」

作り笑いを浮かべて家主を迎える。
休日前は毎回飲んで帰ってくるようになったが、俺が何かを言う権利はない。

泊まりがけで出かけることはないのだが、アルコールの中に他人のにおいがするのは気分が悪い。

「ツムたん……アヤメ、疲れちゃった……」
「ああ……お疲れ様。今日もいっぱい、頑張ったね」

そんな俺の心情を知ってか知らずか、抱きついてくる菖の頭を撫でながら労う。

俺が彼女にできることは、甘えさせて労うこと。求められる行動を返すこと。

「んんー、ツムの手、気持ちいい……撫で撫で、落ち着く。ニオイも好き……ああ、癒されるー」

猫のように額をすり付けてくる菖が満足するまで同じ行動を繰り返す。

疲れとアルコールで寝入った菖を部屋着に着替えさせるのも俺の役目。

普段世話になっているから、こういうときくらいはと自主的にするようになったのだが……。

「え、これ……」

下衣を脱がせたとき、指先に違和感を感じた。
布地に粘液が付着して、中途半端に乾いたような感触。

脱がせた服に顔を近づけて確認すると、独特な……栗の花のような、イカの発酵したような異臭がする。

「なんだ、これ……」

これの正体を俺は知っている。
男なら絶対に間違うことのない、あのにおい。

精液のにおいだ。

なんで菖に精液がついているんだ? 俺以外に男が? 最近帰りが遅いのも、そのせいか? 

問いつめたい気持ちをぐっと抑えこみ、着替えの続きをする。
そのとき、菖のスマホが震えた。
着信にしては短い……何かの通知か。

普段なら気にならないものが、今は無性に気になってしまう。
愛する彼女に、別の男の陰がある以上、確認せずにはいられない。

スマホを手に取り、起動させるとロック画面が表示された。
今まで、菖はそんな設定していなかったのに。
どうして急にロックを……。

そんなことより、暗証番号だ。
単純なパターンなら、自分の誕生日だろうが、当然ロックは解除されなかった。

なら、実家の電話番号? 携帯番号の下4桁? それとも……そう思って、俺の誕生日を入力すると、ロックは解除された。

これから彼女の秘密を暴く後ろめたさと、俺以外の男の陰がある不安で指がふるえる。

意を決して、メッセージアプリと通話履歴を確認していく。

そこには、見知らぬ男の名前の名前がずらりと並んだ履歴と俺を解雇した元上司とのメッセージのやりとり。

男が誰だか解らないから後回しにし、メッセージのほうを確認する。

もともとあの男が菖に気があることは解っていたが……俺を排除してすぐに口説くとは……それに対して菖は丁寧だけどオブラートに包んで断り続けている。

自分の愛する彼女が他の……それも自分を害した男に口説かれているのはとても不愉快で、今すぐ殴り込みに行きたくなる。

その衝動をぐっと抑え込んで、続きを読んでいく。
最近帰りが遅い理由はこの男が仕事を菖に振って一緒の時間を作り、そのお礼と慰労をかねて飲みに連れて行ったと。

下手に上司との関係が拗れると厄介だから、付き合いで行ってるだけ? 俺を養うために、仕事を増やしたのか? 

俺が、仕事を辞めたから……。

「アヤメ……」
「なぁーに、ツムたん?」
「…………え?」

寝ているはずの彼女の声が聞こえた。
恐る恐る振り返ると、菖が起きあがって、こちらを見ている。

「なんでツムたんがアヤメのスマホを持ってるのかなー? ロックも解除してるし、勝手に中まで見ちゃって……いけないなーー」
「いや、これは、」
「最近アヤメの帰りが遅かったり、飲んで帰ってくる回数が多くなったのが心配になっちゃった? 相手が男だったらとか、嫉妬してくれてる?」

にやにやと、菖が笑う。

「嫉妬は嬉しいんだけど、アヤメはツム一筋なのに……疑われるのは悲しいなー。それと、悪いことしたツムにはお仕置きをしないとね」
「お仕、置き?」
「そう……えーっと、たしか……あ、あったあった。これを今から、ツムにつけちゃいます!」

菖が取り出したのはリードのついた、大型犬がつけるような革製の首輪。

「これをつけて、これから夜のお散歩に出ようと思います! もちろん、お仕置きだから拒否権はないよ?」

菖が俺に首輪をつけようと近づいてくる。
逃げなきゃと思いつつ、体が動かない。
監禁生活で、俺の体は菖に抵抗できなくなっていた。

「うん、似合うよツムたん……ああ、なんだか凄くグッとくる。良いね、すごく良い」

菖は満足そうに微笑み。首輪に繋がれたリードを握る。

時刻は日付が変わる少し前。
人通りは少ないが、男が自分よりも若い女性に首輪とリードをつけられて散歩されている様は異様に映るだろう。

確実に、白い目で見られる。
それでも俺は、彼女が喜ぶのならそれで良いと感じていた。
他人の目なんて、菖に捨てられるのに比べたら……。

それにしても、どこに向かって歩いているのだろう。
見慣れた道をずっと歩いている。
まぁ、菖の家周辺だから、見覚えがあるのは当たり前なんだが……このルートは、もしかして。

「どこに行くの?」
「んー、もうすぐつくよー」

目的地を明かされず歩く。
歩くにつれて、心拍数があがっていく。
俺の予想が正しいのなら、この先にある、菖が目的地にしそうな場所は、

「俺の、アパート……?」
「そうだよ。はい、鍵」

監禁されている間、菖に取り上げられていた鍵を渡された。

帰りたかった場所にようやく帰ってこれた喜びで手が振るえる。

それを必死に抑え込んで、鍵を差し込み、扉を開けたその先には……なにもなかった。

「なんだ、これ……」

冷蔵庫も、レンジも、テーブルも、ベッドも、本棚も、洗濯機も、なにもない。まっさらな、生活感が抜け落ちた空間。

「驚いた?」
「これは……アヤメが、やったのか?」

「うん。そうだよ?」
「どうして、こんな……」

「だって、いらないでしょ? 退去手続きも終わってるし、ガスや電気、水道も今月末で止まる。ツムの家はアヤメの家。ツムが帰るのはアヤメの家だから。ツムだけの家は必要ないでしょ?」

体から力が抜けて、膝から崩れ落ちる。

「ツムは、アヤメの傍にいればいいんだよ。ずっと、ずーーっと、ね?」

菖は床に座り込んだ俺の頭を撫でながら嬉しそうに笑った。

「部屋にあった物はレンタル倉庫に全部しまってあるから、安心してね。月の家賃が10分の1になるし。ツムを追い詰めてアヤメを犯そうとしたあいつから慰謝料もたっぷり搾り取るつもりだから、ツムは安心してアヤメに……あれ? ツムたん?」

「あ、はは……」

「おーい、ツム? 聞いてる? ……ちょっと、驚かせすぎたかな。ほら、ここにはもう用はないから、帰ろ? アヤメとツムのお家に」

空っぽの部屋から、菖の部屋に戻るまでの記憶はあやふやで、ベッドの上で目を覚ましたときには菖の抱き枕にされて横になっていた。

あの部屋でとても大事なことを言われた気はするけど、なんて言われたのか、覚えていない。

ただ一つ、解っていることは、俺にはもう、帰る場所も頼れる人もいない。

今いるこの場所で、菖だけが俺のすべて。
菖に捨てられたら、俺は終わる。

「ふふ、ツム……ツム……一緒、ずっと」
「……ああ、そう、だね」

菖の寝言に返事をする。

満足そうに微笑む彼女の寝顔を見ながら、俺は考えることを止めた。
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