彼女の我慢と期待 リメイク版

彼女の我慢と期待 リメイク版

  いっしょに食事をしていると彼女が、こっちをチラチラ見てくる。
  いや、正確に言うと、僕の食べているモノを見ている。

「今日も、おいしいよ。特に唐揚げが」
「あ、うん、ありがとう……」

　彼女は僕が感想を言うと慌ててチラ見をやめて自分の食事に戻った。



　同棲を始めて半年が過ぎた頃、僕はほぼ毎日いっしょに食事をしていて彼女のある行動が気になりだた。
　その行動とは僕が唐揚げ・肉団子・ミニトマトなどの一口サイズのものを食べていると、彼女がこちらをチラチラ見てくる事。
　最初は味の感想を言ってほしいのかと思っていけど、どうやら違うようで今日を含めて何度も感想を言ってみても、彼女は慌てて食べ進めるだけで次の日にはチラ見をしてくる。
 
　さすかにこうも、彼女の意図が分からずはっきりしない状態が続くとモヤモヤが解消されないので今日こそはと思い聞いてみた。

「前から思ってたけど、何で僕が食べてるところをチラチラ見てくるの？」
「え、それは、えっと……」

　彼女は動揺したのか、箸で摘まんでいた唐揚げを落とす。
　僕は彼女のその様子に聞かない方が良かったかと後悔したけど、いまさら後に引けないと思い直し質問を続けた。

「なんか食事に唐揚げとかミニトマトとかあると、僕の方をチラチラ見てくるよね？　なんで？」
「それは……」

　彼女は話したくないようで、口を噤つぐんだまま顔を伏せる。

「……ごめん。変な事聞いた」

　つい勢いに任せて聞いてみたが彼女にも何かしらの事情があるのだろう。
　そんな思いを浮かべながら僕が彼女に謝ると、彼女は少し慌てて否定してくる。

「あ、あのね、言いたくないわけじゃないの。ただ、あなたに呆れたり引かれたくないから言いづらいだけ……」
「それなら、なおさら無理には聞かないよ」
「大丈夫。それにこのままだとあなたは食事に集中できないでしょ」
「まぁ、それはそうだけど……」
「そうでしょ。だから、今日は私の秘密……というか私が我慢してた事を見せるね」

　そう言って彼女は、箸で唐揚げを一つ摘まみ上げた。

「よく見てて」

　僕が言われた通りじっと見ていると、彼女は唐揚げを箸で上に放り上げ見事口でキャッチしてみせた。
　そして今まで我慢していた事をできたせいか、すごく嬉しそうに笑いながら食べていた。
 
 
 
「どう？」
「どうって言われても、きれいな口キャッチだったとしか……」
「そう……、行儀悪いとか、はしたないとか思わない？」
「失敗して床に落としたら、そういう風に思ったと思うけど、きれいな口キャッチだったから、なんか見とれてた」
「そうなんだ。それじゃあ失敗しないで良かった。人前でやるの久々だったから内心不安だったの」
「その口キャッチが、君が我慢してた事？」
「そうよ。テレビで見た事ない？　子供の頃に見た時、マネしてみたら一回目でうまくできて親にも褒められたわ。その時の達成感が忘れられなくて今でもやりたくなるの」
「なんで我慢して……って聞くまでもないか、成長してからはやっぱり怒られた？」
「あはは、それはもう何回も。特に中学生になってからは激怒されてたわね」

　僕が聞くと彼女は苦笑しつつ答えてくる。

「でも、さっきのきれいな口キャッチができるという事は……」
「そうよ。自分の部屋とか親がいない時に隠れて続けてたの」

　やっぱり子供の頃に好きになった事は続けれるものなんだと、僕がどこかズレた事を考えてると彼女が真剣に聞いてくる。

「やっぱり、しない方が良い？」

　ここでそうだと言うのは簡単だし、事実言うべきだとも思う。
　だけど、さっきの彼女の嬉しそうな顔ときれいな口キャッチを見た後だと考えてしまう。
　どうしたものかと考えていると、彼女がじっとこちらを見ている事に気づいて、さすがにこのまま黙っているのもまずいと思い時間を置く事にした。

「とりあえず、このままだと全部冷めるから答えは食後で良い？」
 
 
 
　三十分後、僕達は食事を終えお茶を飲む。
　ただ彼女は不安げな表情をしていたから、これ以上待たせるのも悪いと思い僕は話を切り出した。

「それじゃあ、口キャッチの事なんだけど……、いくつか約束してくれるなら口キャッチは続けても良いよ」
「……本当に良いの？」

　たぶん反対されると思っていたのか、彼女は驚いた表情で聞き返してくる。

「約束守ってくれるなら……だよ」
「約束？　どんな？」
「一つ目は、食事時にはしないでほしい。やっぱり手料理で口キャッチは嫌なんだ。だから口キャッチをやるなら間食なんかのお菓子でしてほしい」
「お菓子なら良いの？」
「料理したものでやって失敗したに君の手間が増えるだろ？」
「失礼ね。ソースや汁気があったら元々やらないわよ」
「そうだとは思うけど念のためだよ」

　彼女は少し起こったようだ。

「……わかったわ。二つ目は？」
「失敗した時は、きちんと掃除する事」
「……次は？」
「口キャッチをやるのは、家でだけにしてほしい」
「…………まだある？」
「口キャッチをやるのは、僕といる時か一人の時に」
「……なんか子供に言い聞かせてるみたいで馬鹿にされてる気がする」

　彼女は約束の内容を聞くたびに、徐々に不機嫌になったのか不満げな顔になった。
　その様子を見ながら口キャッチは子供のする事だろとも思ったけど、彼女の機嫌を考えて口には出さずになだめていく。

「まあまあ、約束とは言っても、どれも念のための確認みたいなものだよ」
「本当に？　なんか口キャッチは子供のする事とか思ってそうだけど……」
「……そんな事ないよ。何回も言うけど念のためさ」

　女性の持つ鋭さに驚きつつも、過去に同じような事を言われたんだろうなと内心で思った。

「なんか気になるけど……、まあ良いわ。それで、まだある？　それとも四つだけ？」
「今思いつくのは、これぐらいだね」
「そう……、じゃあ私から重要な事を確認して良い？」

　口キャッチについて話し始めた時と同じくらいに、彼女は真面目な表情で聞いてくる。
　その事に僕は多少動揺しつつも彼女の質問を促した。

「……何？」
「いつからいつまで？」

　そういえば時間について言っていなかったなと彼女の質問に納得した。
　でも、これは単純にいつでも良いと考えていたから答えにくい。

「……約束を守ってくれるなら別にそういう時間や時期の指定ははないよ。今からでも口キャッチはやっても良いしね」
「そうなんだ……」

　彼女は、おもむろに立ち上がって普段菓子置きにしている棚に歩いて行き戻ってくると、その手には彼女お気に入りの数個の小さいクッキーが入っている小分けの袋があり、封を開けて一つ手に取り放り上げ早速見事な口キャッチを披露してくれる。
　もちろん彼女の表情は満足気な顔をしているわけだけど僕はある事に気づいた。
 
「あれ？　僕をチラ見してくる理由って聞いたっけ？」
「うっ……」

　少しして何気なく言った確認に、彼女はやっぱりバレたかというような僕から顔を背けた。

「口キャッチって一人でできる事なのに、こっちをチラ見する必要なかったよね？　そもそも同棲してるとは言え、四六時中いっしょにいるわけじゃないんだから、いつでもじゃないけどチャンスはあったはず……、おかしいよね？」
「えっと……、ソンナコトナイヨ」
「なんで片言？」

　彼女の明らかにおかしい態度に、僕はまだ何か隠してる事を確信した。

「この際だから、全部言ってくれない？」
「それは……」
「それは……？」
「マシュマロキャッチって知ってる？」
「マシュマロを投げて相手が口でキャッチする奴だっけ？」
「そうそう」
「それで？」
「それをやってみたいなと……」
「それならマシュマロ買ってきて、口キャッチすれば良いだろ？」
「違うの……。マシュマロが食べたいわけじゃないの」
「じゃあ……って、まさか……？」
「投げてもらいたいなと思って……」

　ようやく彼女が、僕をチラ見する理由が理解できた。
　少し考えれば分かりそうな事だっただけに逆に衝撃が強い。
　そして彼女が、衝撃でクラクラしている僕に聞いてくる。

「どうかしら？」

　僕の投げたものを、見事に口キャッチする。
　そんな場面が思い浮かび、少し良いかもとは思ったが否定した。

「…………さすがになしで」
「なんで？」
「言い方は悪いけど、なんか動物を餌付けしてるみたいだから……」
「そうなんだ……。でも、ずいぶん考えてたからできる可能性はありそうね」

　彼女は、そう言いながら口キャッチを再開した。
　僕は彼女の言い分が当たっているだけに、なんとも言えない気分を味わう。
 
 
 
　その後、彼女は僕の前で約束を守りながら遠慮なく口キャッチをやっている。
　ただし、今でも彼女は僕の手元を期待を込めた目でチラチラ見てくるのはやめない。
　そこには箸だったり、お菓子がある。
　いつか僕が彼女のチラ見と期待に負けて、食卓の上を食べ物が放物線を描くという妙な食事風景になりそうなのが悩みだ。
　ただ、そこまでいやじゃないと思っている自分もいる。
　それほど彼女の口キャッチは見事だった。