上 下
120 / 318

幕間にて 勝負の後と白の少年への興味

しおりを挟む
 ヤート殿が掌のケガの状態を確かめているとラカムタ殿が近づいてきてヤート殿の頭に拳骨を落とした。ゴツンという鈍い音がしてヤート殿が無事な右手で頭を押さえる。

「痛い……」
「ヤート、無茶をするなと言ってるよな?」
「最後の方は少し意地になってたけど冷静に戦ってたよ?」
「本当に冷静に戦ってたら、模擬戦でそんなケガはしない」

 ラカムタ殿がヤート殿の左掌を指差しながら指摘する。しかし、ヤート殿の負ったケガはヤート殿のせいではないので、そこはきちんと言っておくとしよう。

「ラカムタ殿、ヤート殿を責めないでいただきたい」
「タキタ殿……しかしだな」
「わしがヤート殿から思いもよらぬ攻撃を受けて動揺し雑な対応をしてしまったのが原因です。責めるならわしを」
「……今はこれ以上言わない事にする。ところでヤート、そのケガは治せるのか?」
「折れた骨を骨継ぎしたら、すぐに治せる」
「手伝うか?」
「うーん、とりあえず自分でやってみる。それでダメなら手伝って」
「わかった。慎重にやるんだぞ」
「うん」

 ヤート殿が治療を始めようとしたら歩いてきた人型の植物――名前はディグリ殿だったかな――がヤート殿の隣に座りヤート殿に話しかけた。

「待ッテクダサイ。私ニヤラセテクダサイ」
「ディグリ、まずは自分でやってみるから良いよ」
「手ノ骨ハ細イノデ、無事ナ片手ダケデ繊細サガ必要ナ骨継ギヲスルノハ難シイハズデス。私ニ任セテクダサイ」
「…………それもそうか。それじゃあ、お願い」
「ハイ」

 ディグリ殿がヤート殿の骨が折れている左手を手の甲を上にして両手で包むように持つと、ディグリ殿の両手の形が崩れていきヤート殿の左手を包む樹の球となった。

「ソレデハ親指ノ骨継ギカラ始メマス」
「うん、任せる」

 ディグリ殿が宣言してヤート殿が了承すると、ヤート殿の親指があるだろう部分が急激に形を変えペキッという音が響く。その後も次々と形を変えていき順番に人差し指から小指の骨継ぎしていく。そして骨継ぎが終わると今度はディグリ殿の両手である樹の球が何かをこねるような波打つ動きに変わり内部から湿ったものが形を変えるクチャクチャという音がする。

「なかなか痛いね」
「モウ少シデ終ワルノデ我慢シテクダサイ」

 ……おそらく、わしがズタズタにしてしまった左掌の肉を整形しているのだろうが聞いていて気分が良い音ではない。ヤート殿はうめきも身動きもせずに静かにディグリ殿の治療を受けていて、むしろその様子を見守っているラカムタ殿や他の水守みずもり達に姫さまや子供達の方が痛そうに顔をしかめたり少し腰が引けている。

 わしは気になっている事を確認するためラカムタ殿に話しかけようとしたが、ラカムタ殿は察してヤート殿とディグリ殿の邪魔にならないように少し離れていったので、その後を追い話しかけた。

「ラカムタ殿、ヤート殿は痛みを感じるんですよね?」
「ああ、それは間違いない。ただヤートは痛みを痛いと思うだけで外に反応を出さない」
「今のヤート殿のケガは我慢強い大人でもうめくぐらいはするはずですが……、あれはまるでケガに慣れたものが小さな切り傷を淡々と処置しているかのようです。ヤート殿はケガに慣れているのですか?」
「俺の知っている限り大きなケガをしたのは普人族ふじんぞくの城で騒動に巻き込まれた時くらいだな。ただヤートの場合、黒のみんなが知らないところでケガをしているかもしれないが、あの三体が見逃すとも思えない。さらに言えばヤートは植物の力を借りれるが、今のヤートが鎮痛効果のある植物を使っていない」
「それでは一体……?」
「……わからないとしか言えないな。はあ、まったくヤートの事となったら確かな行動を取れないのが歯がゆい」

 ラカムタ殿が頭をかきながらため息をつく。ただヤート殿を見るラカムタ殿の目は、どこまでも優しげで心配の色に染まっていた。

「ヤート殿は、そこまで周りを心配させているのですか?」
「心配だけじゃなくて困惑もあると言えばあるな」
「ほう……」
「ヤートが一人で散歩するようになったある日、突然上半身裸で血だらけになって帰ってきたと思えば高位の魔獣である鬼熊オーガベアの傷の手当てをしていたと言うし、普人族ふじんぞくの城で騒ぎに巻き込まれた時にはヤートは自分ごと相手を串刺しにした」

 たった二つの事を聞いただけでもヤート殿が普通ではあり得ない体験をしているのがわかる。

「……それは目が離せませんな」
「本当にそうだ。昔に比べると今は事前に報告なり相談してくれる事もあるからマシにはなってるが、ヤートは他の奴らが二の足を踏む状況でもためらわず進んで、あっさりと帰ってくる」
「わしも青の村で数々の問題児を見てきましたが、ヤート殿はそういうもの達とは違うようですね」
「ああ、ヤートはどんな状況でもほぼほぼ無傷で帰ってくるから危ない事するなって言っても本人にケガが無いせいで強く言えない。それにヤートの行動で黒の村が不利益になった事もない」
「怒りづらいですね」
「まあ散歩として危険地帯に足を踏み入れるのは、あの三体がヤートを守るためにそばにいるだろうし百歩譲って良くはないが良いとしよう。だが、せめて事態を解決するのに必要ならば自傷もするという、あの思い切りの良さは何とかならないかと黒ではよく話になる」

 ラカムタ殿は愚痴にも聞こえる事を言っているが表情は苦笑していた。

「何やら楽しそうにも聞こえますが……」
「……そうかもしれない。黒はヤートが生まれてから日々刺激だらけだ。おかげで精神的に強くなったんだが、それでもヤートには驚かされてばかりだな」

 その後もラカムタ殿からヤート殿の話を聞いていると、ヤート殿は自然体で周りとは関わり合う事は少ないにも関わらず周りに影響を与えているのがわかる。かく言うわしもヤート殿の言動に目が離せなくなっているのだが、ヤート殿のこの求心力はどこから来ているのか? それにヤート殿の欠色けっしょくを受け止める考え方は誰にも習っていないようだが、なぜそのような考え方に至ったのか? 興味が深まるばかりだ。



 ラカムタ殿との話が終わりヤート殿のところに戻ると姫様が近づいてきた。その表情は生まれた時より見守ってきた中で一度も見た事がない表情をしていた。

「タキタ、青の村に戻って時間ができたら私と手合わせをしてほしい」

 決意のこもった強い言葉だった。これもヤート殿の影響だろうか?



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◎後書き
 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。

 感想や評価もお待ちしています。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

処理中です...