一度死んだ男は転生し、名門一族を追放された落ちこぼれの少年と共存する 〜俺はこいつが目覚める時まで守り抜くと決意する〜

白黒 キリン

文字の大きさ
上 下
90 / 129
第4章 異世界の男は手に入れる

第20話

しおりを挟む
 ガッ‼︎

 振り下ろした木刀が学園長室の床を砕く。

 俺の速さと香仙かせんの床に倒れた体勢を考えたら、木刀の一撃は当たるはずだったのに香仙かせんの身体が瞬時に無数の花びらと化し、その場からいなくなっていた。

「…………なるほどな。この学園長室に現れた時は花びらが集まって身体を形成していったから、逆にまた花びらの状態になる事も可能というわけか」

 変わった回避の方法を見て俺が少しだけ冷静になった中、香仙かせんは少し離れた場所で再び花びらが集まり身体を構成した。

「…………」

 しかし、さっきまでとは違い、その顔は真剣そのもの。

 どうやら俺を倒すべき敵だと認識したらしい。

「認めてあげるわ。私の興味を満たすためには、あなたが邪魔よ。排除させてもらうわね」
「排除……? お前が俺をか?」
「当たり前でしょ」
「……くはは」

 香仙かせんの言った言葉を聞いた俺の口からは乾いた笑いが出てしまった。

「気に入らないわね。その態度は何?」
「かかって来いよ。そうすれば嫌でもわかる」
「せいぜい後悔すれば良いわ‼︎」

 ダンッと強い跳び込みで俺の前まで来た香仙かせんは、そのまま流れるようにゆったりとした袖からいくつもの武器を取り出して連撃を放ってくる。

 言うだけあって香仙かせんの攻撃は鋭く間合いも複雑に変化するため、一発でも当たればそのまま攻め切られて何もできずに地面に倒れる事になるだろう。

 ただし、当たればな。

 俺はその場から動かずに全ての攻撃を避けたり木刀で斬り捨てていく。

 少しして香仙かせんは攻撃が俺に当たらない事に焦れて、さらに近づいてこようとしたので俺は動きが雑になった時を狙って両腕と横腹に木刀を叩き込み、さらに突然の反撃で体勢を崩し前のめりになった香仙かせんの頭部へ木刀を振り下ろす。

 ガッ‼︎

 今回も俺の木刀は香仙かせんが花びらとなったため当たらず床を砕いてしまった。

「何度やってもあんたに私を倒せるわけ、な⁉︎」
「しゃべるな」

 さすがに何度も見れば慣れるもので、離れたところで花びらが集まり香仙かせんの身体ができた瞬間に香仙かせんの顔と腕をつかみ、そのまま足を払って後頭部から床に叩きつける。

 やっぱり武器を自由に出したり消せる点や、武器から素手と素手から武器のように武器を手放さずに戦い方を変えられる点で秋臣あきおみの異能力は便利だぞ。

 俺は内心で秋臣あきおみの異能力を誉めつつ木刀の切先が床側にくるように出現させつかみ、そのまま香仙かせんの顔めがけて突き下ろそうとした。

 しかし、背中にゾワッと嫌な予感が走ったため、とっさに後ろへ退がったら香仙かせんの身体から赤黒いモヤが放たれたので、さらに退がる。

「師匠!? いくら何でも、それを使うのは‼︎」
「黙りなさい。流子りゅうこ
「ひゅ……」
「やってくれるわね。こうなったら何が何でも、あなたを倒してやるわ」

 香仙かせんは赤黒いモヤを周りに漂わせたまま立ち上がった。

 あのモヤの正体はわからないが、少なくとも流々原先生をひどくうろたえるくらいの代物らしい。

 さて、どうするか?

 そんなのは決まっている。

 俺は赤黒いモヤを斬って香仙かせんまでの道を作り跳び込んだ。

 そして香仙かせんの喉を木刀で突こうとしたが、香仙かせんの身体からさらに大量の赤黒いモヤが広がってきたため反射的にまた退がってしまう。

 しかし、収穫もある。

 なぜなら追加された赤黒いモヤを至近距離で嗅ぐ事ができたからだ。

「……その赤黒いモヤは凝縮された香りか」
「その通り。一つ一つは良い香りでも、それが百、千、万と集まれば不快なものへと変わる。ほんの少しでも吸い込めば体調不良程度じゃすまないわ」
「なるほどな。毒かと思ったが香りなら何の問題もない」
「は?」

 俺の発言を理解できないでいる香仙かせんをよそに、俺は香仙かせんが放ち続け徐々に広がっている赤黒いモヤの中に入って普通に呼吸をした。

「うそよ……。そんなはずが……」
「その反応、ずいぶんと自信があったんだな。まあ、流々原先生達の反応を見る限り致命的なものなんだろうが、俺にはこの通り」
「あなた本当に人間なの……?」
「この秋臣あきおみの身体は間違いなく人間だぞ。中身の俺は、かなり人間離れしているだろうな。実際、前に戦った器物が放ってきた香りも効かなかったしな」
「今私の放っている香りは生物が本能的に拒否する悪臭なのに……」
「悪臭……、悪臭ね」
「な、何よ」
「前の世界の俺の人生について、ふと考えただけだ」
「どんな生き方をしてたら最悪命に関わるこの悪臭の中で平然とできるのよ……?」
「聞いても気分が悪くなるだけだぞ?」

 あまりにも香仙かせんが愕然としているため、俺は秋臣あきおみに見ないように言っている前の世界の戦場について話した。

 視界を埋め尽くす戦場の狂気に染まった歩兵達、地面には秒単位で増えていく死体、人が出しているのかも怪しい叫び声、殺された奴から吹き出て身体を濡らす温かい血、戦いが何日も続く中で始末されずに腐った死体から漂う激臭といったものをできるか限り詳しく説明してやると、香仙かせんの顔は青白くなり俺の話を聞いていたシスティーゾ達も何というか引いていた。

 …………改めて前の世界俺の人生はろくでもなかったんだな。

 まあ、今は関係ない事だと頭を切り替え俺は殺気を強める。

「それで会話で時間稼ぎをして何かしようとしているみたいだが死ぬ覚悟はできたのか?」
「わ、私を倒す事は不可能よ‼︎ 忘れたの!?」
「できるから言っている」
「はん‼︎ やってみなさ」

 叫ぶ香仙かせんを木刀で斬り捨てたが、当然次の瞬間には香仙かせんの身体は花びらと化す。

 そして俺から離れた場所で再び身体を構成しようとしたが、俺は葛城ノ剣かつらぎのつるぎを出現させその刃から光を発して香仙かせんの身体だった花びらにぶつけた。

『きゃああああああああっ‼︎』

 光によって花びらが消滅していくと学園長室に香仙かせんの叫び声が響く。

 そして、半分ほどになり動きが鈍くなった花びらが空中で無理やり集まり身体を造ると、床に落ちた香仙かせんは幼女の姿まで小さくなっていて身体から煙を出していた。

「な、にを、した、のよ?」
「この葛城ノ剣かつらぎのつるぎには異能力が備わっていて、今の光は異能力を消滅させ無力化するものだ」
「異能力を消滅させる光……?」
「そうだ。何発も放てるわけじゃないが、まだ数発は発せられる」

 俺の説明を聞いて香仙かせんの顔は絶望に染まる。

「その様子だと気づいたようだな。正解だ。単純に俺の方が速いからお前が何をしようと俺はお前を斬れる。死を回避しようと花びらになったところで葛城ノ剣かつらぎのつるぎの光によって消滅させられる。どうあがこうとお前は終わりだな」
「うう……」
「どこに行く気だ?」

 少しでも俺から遠ざかろうとしていた香仙かせん葛城ノ剣かつらぎのつるぎの切っ先を向けながら近づいていく。

「この葛城ノ剣かつらぎのつるぎも、元はと言えば秋臣あきおみを傷つけた奴でな。実在していた葛城ノ剣かつらぎのつるぎは細切れにした。俺が何が言いたいかわかるか?」
「ひ……」
「俺の大事な存在を傷つけた奴は許さない。絶対に、だ」
「嫌……、たすけ」
「死ね」

 俺は木刀と葛城ノ剣かつらぎのつるぎを振り上げ香仙かせんを叩っ斬ろうとした。

 しかし、両腕が動かせない。

 見ると俺の両肘辺りに黒い球体があった。

「どういうつもりだ? 黒鳥夜くろとや 綺寂きじゃくく」
「理由はいくつかあるわ」
「話せ。納得できないなら、お前も斬る」
「貴様‼︎」

 学園長直属の実行部隊であるひじりの副隊長の入羽いりはね 風夏ふうかが俺を射殺さんばかりににらみつけてくる。

「あ?」
「ぐ……」
「そのまま黙ってろ」

 俺は入羽いりはね 風夏ふうかに目を向けてから殺気をぶつけて気絶させ、その後黒鳥夜くろとや 綺寂きじゃくくへ戻した。

「話せ」
「基本的には禅芭ぜんは高校で流子りゅうこがあなたを止めた時と同じよ。凶行へ走ろうとする生徒を止めるのが教育者の役目」
「俺が秋臣あきおみを守ると決めた時から秋臣あきおみを傷つけられたのは二度目だ。一度目を我慢したからと言って二度目をその程度の理由で納得できると思うのか?」
「それなら吾郷ごきょう学園の学園長である私の顔を立てるではダメかしら? 私が責任を持って香仙かせんを罰するわ」
「話にならない。それで終わりなら交渉は決裂だな」
「それじゃあ、もう一つだけ言わせてもらうわ」
「何だ?」
「そこにいる香仙かせんは世界的に見ても人間性はともかく能力を評価されていて有名なのよ」
「だから、どうした?」
「あなたが今借りている秋臣あきおみの身体を使って香仙かせんを斬り殺せば、それは秋臣あきおみ君の汚点になる。日頃から秋臣あきおみ君の名誉を気にしているあなたが、あなたの感情を優先して秋臣あきおみ君に汚点を残すのは違うはず」
「…………」

 チッ、確実に俺が言われて嫌な事を言ってきやがる。

「それに怒っているのはあなただけじゃないのよ」
「何だと?」
「ここは私が長い間守ってきた吾郷ごきょう学園。そこで正式に招いてもいないものに騒動を起こされた気持ちがわかるかしら?」
「お、おう……」

 この黒鳥夜くろとや 綺寂きじゃくくから感じる妙な迫力で圧されてしまった。

 そしてこの時を待ち望んでいた奴がすばやく動き出す。

『今日はこれで終わりにしてあげる。でも、身体を戻してから次は必ず私の興味を満足させてやるわ』

 香仙かせんが花びらとなり叫んで窓へ向かっていく。

 俺は葛城ノ剣かつらぎのつるぎから光を発して両肘の拘束と香仙かせんの花びらを消し飛ばそうとした。

 しかし、その前に香仙かせんの花びら一つ一つが全て黒い球体に覆われる。

『な、何よこれ⁉︎』
香仙かせん、あなたの私達を瞬時に動けなくして自分が追い詰められるまで私達の拘束を解かなかった技量は見事の一言よ。でもね、無礼を働いたものが無事に帰れると思わないでちょうだい。しばらくは光も音も届かない私の影や闇の中ですごしてもらうわね」
『ちょっと、ふざけてないで出しなさいよ‼︎』
「反省しないなら、いつまで経っても出られないとだけ言っておくわ。良い時間を過ごしてね」
『嘘でしょ⁉︎ 嫌よ‼︎ 嫌ああああああ‼︎』
「あ、そうだ。いろいろと言いたい事があるから、まずは話し合う方が先ね。雷門らいもん、少しの間、業務を任せるわ」
「了解した」
鶴見つるみ君」
「何だ?」
香仙かせんとの話し合いがどうなったかは後々知らせるから、その時まで待っていて」
「…………わかった」
「ありがとう。それじゃあね」

 黒鳥夜くろとや 綺寂きじゃくくはひじり隊長の武鳴たけなり 雷門らいもんと俺に話しかけた後、自分の影に沈んでいく。

 それと同時に俺の両肘の拘束が解け、叫ぶ香仙かせんを包んでいる黒い球体も周りの影に消えていった。

 …………本当に話はこれで終わりかよ。

 ただ俺がまた秋臣あきおみを守れなかったっていう事実が残っただけじゃねえか。

 クソッ、スッキリしねえ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◎後書き
 最後まで読んでいただきありがとうございます。

「面白かった!」、「続きが気になる、読みたい!」、「今後どうなるのっ……!」と思ったら、お気に入りの登録を、ぜひお願いします。

 また感想や誤字脱字報告もお待ちしています。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...