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第13話 城下町

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アランが巡業から帰ってきて相変わらずの日々を過ごす中、今日は講師の都合で丸一日自由になったシャルロットは、丁度良いわと街に出た。

「来月お誕生日の友人達にお手紙が送りたくて、涼しげな可愛い便箋が欲しいの」
「便箋ですと、中央通りの角にある商店が雑貨をたくさん取り扱っていてよろしいかもしれません」

ビアンカの勧める店の扉を開くとチリンチリンと可愛い音色の鈴が鳴る。

「いらっしゃいませ」
「今の時期に合う便箋を探しているのだけど、あるかしら」

シャルロットが店主に尋ねると、店内からいくつか商品を持って来てくれる。

「どれも素敵ね」
「こちらは昨日入ったばかりの新作ですよ」
「ではそちらは二十枚と、他は十枚ずつ頂ける?」

「かしこまりました。……インクは如何ですか?新作もございますよ」

上客と判断されたのか、別の商品を紹介されるが、伯爵令嬢のシャルロットにとってこれはよくあることだ。

「拝見するわ」

商談スペースの椅子を勧められると、店長がインクの入ったボトルをいくつもテーブルに並べる。

「こちらから半分は新作ですよ。腕のいいインク屋から仕入れているので、発色も乾きの良さも保証しますよ」

鮮やかな緋色や橙色、若草色などのボトルが並ぶ。
どれも素敵だが、いまいちピンとこない。

「うーん、もう少し、暗いというか深い、緑色はあるかしら」
「少しお待ちください」

今日は日差しが強い。
窓から外を伺うと店の前で立っているアランが見える。
有名人ゆえに歩く人達にジロジロと見られているが、何も気にしていなさそうだった。

「お待たせしました」

店主が持って来たシンプルな形のボトルに一目で心を奪われた。
新緑のような深緑。この色が一番素敵。

「素敵な色だわ!少し試し書きさせていただいても?」
「はい、こちらにどうぞ」

「……気にいったわ、こちらも一緒に包んでくださる?」

「ありがとうございます……っとちょっと在庫を確認してきます」

店主が再び席を立ったので、またぼおっとアランを眺める。
少し離れた場所から二人の若い女性がアランを見つめている。
声を掛けようか悩んでるのかもしれない。

「申し訳ありません、先程のボトルが最後だったようで、午後の入荷リストに入っていたのであと一時間もすれば新品をお渡しできるのですが……」
「あと一時間だったら別の店を回ってからまた寄るわね」
「申し訳ありません」
「気にしないで」

侍女のビアンカを連れて外に出る。

「暑い中お待たせしちゃったわね」

アランに声をかける。

「お構いなく」

シャルロットがジッとアランを凝視する。

「……やっぱり一緒だわ」

アランは不思議そうにするが、シャルロットはインクと同じ色の瞳を見つめて満足げに笑みを浮かべた。

何店舗か見て回った後、少し休憩することになった。
カフェで前金を店員に払ったビアンカは、荷物をとって来ます!とシャルロットに告げると返事を待たずに駆けていってしまった。

人のいないテラス席に座るとアランに座るように勧める。
いえ、私は護衛ですので、と断るアランと押し問答の末、最後までアランは首を縦には振ってくれなかった。

店員にハーブティーを頼むと、沈黙が流れる。
シャルロットは無理に会話をしようとは思わなかった。
また無理を言ってしまったかしらと少し反省をしていた。

珍しくアランから口を開いた。

「……一つ、質問しても?」
「ええ、もちろん」

テラスに人はいないが、アランは念の為もう一度見渡す。

「……以前、殿下の婚約者になりたくはないと仰っていましたが、あなたは嫌がる素振りもなく、花嫁修行をサボることもない。むしろ努力を惜しまずに取り組んでいるように見受けられます」

「婚約者になりたくないのであれば普通はこれほど頑張れないと思うのです。……諦めとも違う気がしていて。あなたの思考と行動がズレているように感じて不思議に思っています」

「そうね、何から話そうかしら。……私って、生まれたのが広大な土地を治める伯爵家だったの」
「ええ、存じています」
「不自由なく、大好きな両親や兄と、愛くるしい妹がいてただただ楽しく過ごしていたわ」

それでね、と少しシャルロットが言い淀む。

「実はね……私、王立学院の試験に落ちてるの」

王立学院はガーラ王国で最難関の高等学校だ。

「……意外です」
「王立学院は厳しい試験を通らないと入れないでしょ?たくさん勉強したけど、残念だけど落ちてしまったのよ。それでね、私気づいてしまったの。私って何もすごい人間じゃないのねって」

「そうは思いません」

「……心のどこかで自分が特別な存在だという考えを持っていたってことにも同時にびっくりしたの。……何もすごい人じゃないのにね?周りのおかげで、私は不自由なく幸せに過ごせていただけなのに。それまでももちろん周りに感謝しながら過ごしていたけれど……、決して特別な存在なんかじゃないってことと、傲慢な考えを持っていた自分を、初めてその時自覚したの」

シャルロットは自分が愚かであるような口ぶりだが、裕福な伯爵家に生まれた子女としてアランは仕方がない部分もあるだろうと思った。
欲しいものはなんだって手に入り、ほとんどのことが思い通りになる環境だろう。
与えられることが当然だと思う貴族子女は多いのではないだろうか。
さらに若ければ若いほど、自分が特別な人間で、何者にでもなれるような感覚を持つものだ。
むしろ、試験に落ちた後に自分を省みたシャルロットに、もともとの人の良さを感じる。

「みんなのおかげで生かされているの。家族のおかげで、侍女やメイド、領民のみんなも。それだけじゃないわ、王城で働くみなさんも、マーケットで働く人も、たくさんの人のおかげなの」

「なるほど」

「ふふふ、気づいた時は高熱で二日寝込んだわ。なぜ今まで理解できなかったのかって苦しくて……私、私が出来ることは全て返していかなくちゃと思って。私がこんなに恵まれて、お腹を満たせて生きていられるのは周りのみんなのおかげだから、自分に出来ることはなんでもしたいと思うの」

「だからフリード殿下の婚約者候補に選ばれたのであれば、自分の出来る限りで応えたいの。私の頑張りが国や家族の為になるのであれば、なおさら」

「あなたの行動原理がようやく理解できました。……不躾な質問をして申し訳ありません」

納得をしたアランであった。
しかし同時に、それはシャルロットの幸せと直結しないことにも気づいた。

「ふふふ、今日一緒に街に降りて来てくれたこともとっても感謝してるわ、アラン」
「……護衛ですので、当然です」
「……それでもよ?」

シャルロットは少し俯くと、飲みかけのカップに口を付けた。

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