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第6話 剣術大会②

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馬車止めに向かうと、何やらトラブルが起きていた。
共に来た御者と御者見習いの少年が工具を持ちながら馬車の側で跪いている。

「あ、シャルロット様、申し訳ありません……!車輪の調子が悪く……あの、今対応しますので少しお待ちください」

「あら大変ね。私は急いでいないからゆっくり対応してちょうだい?」

その間にヴェロニカや貴族達の馬車が続々と出発した。
王城に戻る馬車はまとめて護衛が付くが、置いて行かれてしまったようだ。

「これで、なんとか……お待たせして大変申し訳ありませんでした」

「いいえ、ありがとう、思ったより早かったわ」

シャルロットはそう言うものの、馬車止めに他の馬車は一台も残っていなかった。
シャルロットが馬車に乗り込む。
無事に走り出したようだ。

馬車の背もたれに体を預ける。
今日のアランはとびっきりかっこよかった。
いつも表情が少ないアランが、あんなに素早く力強く動くだなんて。
相手の剣を弾き飛ばしたあとに鞘に納めるスマートな姿を思い出して目を瞑る。

(……駄目駄目)

膨らみそうになる気持ちに蓋をして、シャルロットは気づかないふりをした。

瞬間に、ガゴンと大きな音を立てて馬車が傾いた。
座席から滑り落ちたシャルロットは咄嗟に手をついた。

「っあ!」

手首に鈍痛が走る。
揺れが落ち着くと扉を強くノックされる。

「シャルロット様!ご無事ですか!」

御者の声だ。

「私は大丈夫、何があったの?」

馬車の扉を開けると御者が心配そうにしていた。
ゆっくりと外に出ると、なんと馬車の後輪が脱輪していた。

「申し訳ありません!対応した車輪とは別の車輪が脱輪してしまいまして……」

「あらあら……」

馬が興奮している。
大きな衝撃と音にびっくりしたのだろう。

「大丈夫よ、大丈夫」

御者も遅れて馬を落ちつかせる。
馬が落ち着いたタイミングで周りを見渡すも、人っこ一人歩いていない。

シャルロットが口を開く。

「ここから少し歩けば大きな道に出ますわ、皆んなで押していきましょう」

「押して!?そんなことさせられません」

「でも、馬車を放置していく訳にもいかないし、ここで助けを呼びに行って私が待っているのも少し怖いし……大きな道に出れば誰かしらいるでしょうし、そこで助けを求めましょう」

「シャルロット様……」

「馬も落ち着いてきたし大丈夫よ、三人で頑張りましょう」

その後、簡易的にだが外れた車輪がはまったため、人を乗せることは難しいが、前に進むだけなら困らない。
シャルロットは本気で馬車を押していこうと思っていたが、馬が引いてくれるため、三人で歩くことになった。

「良かったわ!車輪がはまって」

「うっ…うっ……フリード殿下の婚約者様に歩かせてしまい」

御者が申し訳なさと不甲斐なさに打ちひしがれていると、シャルロットが明るく声をかける。

「あらあら泣かないで、こんなことなんてことないわ。それに婚約者じゃないわ、まだ候補なの」
「そうだよ、もう一人婚約者候補がいるんだからな!」

御者見習いの少年が口を挟む。

「よく知ってるわね」

「ああ、シャルロットご令嬢が頬を叩かれたって有名だもん!」
「恥ずかしいわ」
「はっ、もしかしてもう一人の婚約者候補が車輪に細工したんじゃねえーの!?」
「あらあら、滅多なこと言うものじゃありませんよ」

シャルロットは興奮している少年をたしなめる。

「だって、出発前に確認した時は何もおかしな所はなかったのに、変だろ?」

「ヴェロニカ様はそんなことしないと思うわ」

シャルロットのきっぱりとした態度に少年は思い改める。

「……ごめんなさい」

「私がアラン様の決勝戦を見に行ってしまったばっかりに、申し訳ない……申し訳ない……」

御者が馬車から離れていた時間があるようだ。

「馬もびっくりしてしまっわね、ごめんなさいね」

シャルロットが馬の背中を撫でる。

大きな道までと言ったがそこまでもまだ距離がある。
長い距離を歩く予定ではなかったため高さのあるヒールを履いているが、最近はダンス練習に力を入れているおかげかしばらくは耐えられそうだった。

「今日は月明かりがあってよかったわ、みんなの日頃の行いのおかげね」
「そうでしょうか……」

御者は失意の表情で馬を引いている。

「あなたは大丈夫?疲れていないかしら」

シャルロットは御者見習いの少年に声をかける。

「大丈夫だよ!」

「あら、強いのね」
「俺はもっと強くなるよ!あの優勝したアランみたいにな!」
「まあ、素敵!応援してるわ」
「へへっ」

しばらくすると大通りが見えて来た。
向こうから馬の音がする。

「誰かいるみたいよ、助けを求めましょう」

馬の足音が近づいてくる。
シャルロットは遠目でも分かった。

「……アラン!」


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