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4.再会

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「で。次が最後の参加になるわけですか」

「参加と言うよりもう、あれは出陣だ」



 ルイスの珍しく気遣うような声音にジョシュは手を振って答える。



「でも、捜査に付き合うのですか。しかも一人で。――貴方にはいい人は見つからなかったのですか。つれていった部下たちは見つけてきたのに」



 ルイスの言葉にジョシュはぐ、と詰まる。

 最初につれていった三人のうち、ひとりは最初に参加したパーティで相手をみつけ、残りは2回目で相手を見つけた。今日の夜のパーティにはほかの部下を見繕わなければと考えていたのだ。



「変にえり好みしているんでしょう、貴方のことだから、そういうところは本当に決断力がありませんね」



 ジョシュは視線を逸らす。

 見つけた。気がした。

 が、――そうなるとなぜ捕まえなかったのかということになる。何しろ名前すら知らないのだ。この得意げに馬鹿にする副官にさらなる決断力のなさに対する言及をされるわけにはいかない。主にプライドの問題で。



 ジョシュは、「俺は何も見えない何も知らない」という表情を決め込んだ。



「本当にあなたは女性関係では軽薄ですからね、戦闘で命がかかっている時の貴方の決断力は非常に研ぎすまされたものですが、こういう人間関係のことに対しては全く決断力がありません。結婚したくないだなんて、決断する気がないだけでしょう。遊ぶ女に困らないのだって、そもそも、選んでないからでしょうし」



「選んでるぞ。ちゃんと後腐れないような相手を選んでいる」



「そこしか選んでないでしょう。後腐れなくて、問題なさそうな相手、までは選んでいてもそれ以外の面では全く選んでない」



「そんなことない。――今更俺にそんな説教してどうする。そもそも、俺はすぐに結婚する気はないといっているだろう!」



 ここぞとばかりにいい募るルイスを黙らせるも、まだいいたりない様子を察し、ジョシュはドアを指さす。



「もう鐘の音がなったのもお前だって聞いただろう。さっさと訓練所にいって今日はもう終わりだと声をかけてこい。そしてそのまま全員家に帰れ。俺は残りの書類仕事を終わらせる」



「今日の随伴の部下は見つけなくてもいいんですか?そもそも、もう付き合わずともいいのでは?あなたは黒の騎士団の代表として十分に手助けはしたと思いますが」



 副官の顔になり、そういったルイスにジョシュは首を横に振った。



「ガーメインに恩を売っとけば後々得だろ。それに今回が本命なんだとよ、これだけ終われば万々歳だろう。明日は休みだし、適当に終わらせてさっさと帰りたいんだよ」



「まぁ、そうですけどね」



 ジョシュの言葉にルイスは疑いもしなかったようだった。



「実は昨日妻が言っていたんですよ。「最近ジョシュ兄さんは婚活をしているんですって、でもえり好みをして相手が見つからないらしいわ。そうよね。だってあの年で、まだ決まった人がいないんだもの。あんなにもててたのに。きっと決まった人ができないのは好みがうるさくて性格に問題があるのかもしれないわ。兄さんは不器用な人だもの。悪い人じゃないってみんなには言ってるけど、そんな噂が流れるくらいだもの。苦労しているのよね。まさか、婚活するほど急いでいるなんて禿始めたのかしら……育毛剤ならつてがあるわ」って。もう結構噂は広まっているみたいですよ。あ、あと、もし本当に結婚したいなら相談に乗るっていってま――」



「……それ以上言ってみろ」



「む、確かにそろそろ夕食の時間ですね、俺はさっさと帰らせていただきますでは」ジョシュの脅しにルイスは素早く退出する。



 静まり返った部屋にジョシュのため息が響いた。





  ◇◇◇





「お前さん、禿はじめとるのか」



「緑のジジィ、お前の残り少ない毛髪が惜しければさっさと用件をいえ」



 夜、案内された準備室には何故か緑の騎士団長であるガーメインがいた。腰にある剣に手をかければ、ガーメインのそばにいた緑の騎士団の男から殺気があふれ出す。獲物はみる限り見あたらないが、さりげなく動いた足は何かしらの構えをとっているのだろう。見かけない構えだが、体術か、それとも隠し武器を身につけているのか。

 腐っても騎士ってか。と、その眼力に肩を竦め、ガーメインをみる。

 こいつが出ると言うことは、これが本命で、すべてを終わらせるつもりと言うことだろう。



「怖いのう、老い先短い老人にそんなことをいうなど、若人は恐ろしい………」



「お前らが変な情報をばらまいたんだろうが!!」



「それは違うわい。最初はそうじゃが、途中から勝手に変な方向に噂が広まっての?少しは広まると思ったが、ここまで大きな噂になるとは思わなかったのう。いやぁ、人気があるとこういうことにもなるんじゃのう」



「可及的速やかにその不本意な噂をとめろ」



「まぁまぁ。この一件が終わってから行うから安心してまっとれ。しかし、今回は部下をつれてこないとは。己一人で十分ということか。さすが黒の騎士団長じゃのう」



 ほほほと笑うガーメインにジョシュはため息をつく。

 こいつになにをいっても無駄だと知っていたはずだったのだが、修行が足りなかったらしい。



「で、今日は何か変わったことでも起きるのか?俺がすべきことは?」



「そうじゃのう」ガーメインはあごひげを撫で、ニヤリと笑った。「まぁ、うちの連中の手際でも見とれ。さんざん付き合わせた礼じゃ。今回ばかりは酒を飲んでおくといい。醜態だけは晒すんじゃないぞ。――まぁ、三度目の正直とも言うじゃろう。出会いがあるやもしれんぞ」





  ◇◇◇





(確かに前回より胡散臭いな)



 今回の会場は一つ目、二つ目とは違い、一応にも本物の貴族の所有物らしい。何しろ、会場の趣味が悪く対応も悪いのに、やけに集まる人々になにやらみたことがあるような貴族位の存在が見えるのだ。



(今までのはそれなりに趣味がよかったのもあるが……、この趣味の悪さは上のものの頭の悪さがにじみ出てくるようだな)



 成金商人だって趣味は悪いが、あいつ等の趣味はともかく金をかけること。こちらは無い金をふりしぼってついでに家の中から使えそうな怪しい先祖伝来の壷やら引っ張りだしてきた感じの趣味の悪さだ。

 商人の主催であれば、人がこないような内装には最低限ならないだろう。しかし、貴族が主催してあれば、内装が微妙でも名ばかりの貴族の伝で人が来る。

 そして、そんなことでも人が集まると言うことはつまり、ここがその”あやしい”婚活パーティに見せかけた”ふらちな”仮面舞踏会なのだ。

 何人かの女に秋波を送られたがジョシュはあえて無視した。

 ――ここのやつらの目は生き生きとしている。疲れた顔ではない。



「貴方、とてもいいからだをしていますのね」



「……」



 静かに壁際で人々を観察していたジョシュに蠱惑的な表情をした妙齢の女性が近づいてきた。彼女はジョシュの胸元に手をついた。



「無口な方。ベッドの上でもそうかしら」



 苦笑いをしても、そのまま体を近づけてくる。

 なるほど。確かにここは結婚よりも風紀乱れた関係を求めるものが多いらしい。



「ねぇ」



「……」何かいい募ろうとする女の唇にひとさしゆびを当て、黙らせる。



 仮面越しに期待するような目がきらめく。その輝く薄青の瞳には覚えがあった。



「……火遊びは控えた方がいいですよ、”アシュリー”」



「……貴方は」



「以前も遊ばせていただいた、黒の男です」



「……なぁんだ」



 色欲豊かで見栄えのするご婦人。で、こんなところに参加するようなやけに積極的で冒険好きな貴族の女性となると、ジョシュの”遊び相手”が混じっているのは当然のようだった。

 数年前だが、確かに覚えのあった。某伯爵の未亡人だ。

 年とった伯爵の後妻で、子ができる前に伯爵は死んだ。噂では腹上死だとか。

 元は平民の生まれだとか、貴族の妾の子だとか。そんな噂の伯爵の未亡人は、その政治的手腕を発揮し、前妻の子が嫁いだ娘しかいなかったことを利用して、そのまま伯爵婦人の地位にいる。

 さほどもめている噂を聞かない以上、伯爵の未亡人は伯爵の娘と話し合い問題なく今の状況にいるようだ。ただし、伯爵の財産を未亡人として金を使い、自由に振る舞うことができるのも、あまりに不名誉な噂が流れれば危うくなるかもしれないが。



「貴方がこんなところにくるなんて、うわさは本当だったのかしら」



「貴方のところにまで噂が?」



「ええ。おもしろおかしくて、私笑ってしまったわ」



「はは」



 心底愉快そうな笑う目元にジョシュの口元がひきつる。



「何か言いたいことがありそうね」



 未亡人の言葉にジョシュは一瞬迷った。彼女は黒幕ではないだろうし、黒幕を知っていても距離をとっているタイプだろう。危ない橋は火遊び程度と心がけている賢い女だ。

 ただし。今回の緑の騎士団の摘発で捕まってしまえば、今の地位も危ないかもしれない。一度は情を交わした中だ。しかし、なんと言えばいいものか――。

 そんなジョシュの躊躇いをみて、未亡人はフッとわらった。



「まぁ、どちらかというと、噂はちがう方が正しいのかしらね。――今日は収穫がなさそうだし、私はそろそろ退させていただこうかしら」



「ご理解が早い」言う前に引き際を悟るあたりが彼女の良さである。



「だてに遊んでいないわ」



 仮面の向こうでほほえむ伯爵夫人は手に持った扇子で優雅に口元を隠し、ジョシュに身を寄せた。



「ねぇ、本当に結婚したいのだったら、もっと周りをみた方がいいかもしれないわね」



「なにを」



「世間ではあなたは結婚に向かない男だと言われているけど、私はそうは思わないわ。ただ、少し鈍いから始まらないだけなのよ」



「あしゅ――」



「もう名は呼ばないで。私はただの参加者。そして、ここを立ち去るものよ。――そうだ、あなたには助けるべきひとがいるわよ」



「誰ですか」ジョシュの耳を引っ張り、伯爵婦人はいった。



「カーテンの向こうに、どうやらふつうの婚活仮面舞踏会だと思ってきてしまったらしい女の子がいるわ。危うく絡まれていたところを私が隠してあげたの。――黒の騎士様。迷える子羊ちゃんを救って差し上げて。めぼしい人がいなかったら私のスカートに隠してつれて帰ろうかと思ったけど、騎士様がいるならそれでいいわよね」



「心得た」



 ジョシュは伯爵夫人の指し示した方をみた。確かにカーテンがあり、心なしか少し広がっている。



「――じゃあ、いい夜を」



「さようなら」



 年齢不詳の美貌の伯爵夫人は一度ジョシュの頬に口づけし、身を翻した。そして、よってくる男をあしらい、近場にいた給仕を捕まえ何かささやき出口の方へ向かう。

 その背を目で追っていると視線を感じた。視線のほうを向くと緑の騎士団の男と目があったが首を軽く振る。

 彼女は標的ではない。

 緑の騎士は納得したように瞬きし、その後、一瞬指を振り、決めていた合図を送ってきた。



(あと数分か)



ジョシュも瞬きを二度行い、了承を伝える。すぐに緑の騎士団の男も視線を逸らし、再び会場内を回り始める。

何やら思ったよりも早く準備が終わったようだった。きっともうすぐでこの会場内に緑の騎士たちが押し入り、関係者を連行するのだろう。



(確かに今日俺は必要なかったのではないか)



 前のパーティではさんざん会場の目を引き付けるように部屋の真ん中を陣取り女性に話しかけられ、こちらも対応していたが、ここではみな参加者は自分たちの世界に入り込んでいるものが多く、ジョシュが視線を集める必要はなさそうだった。



 なんとなく疲れた気持ちになりつつ、「もらおう」とおりがかりの給仕から酒をもらう。

 においをかいでみると、普通の酒に思える。しかし、通りがかりの給仕を装う緑の騎士の一人がジョシュの腕に触れ、わざと酒を落とさせた。



「まことに申し訳ありません。新しいものを用意いたします」



「いい」



 ジョシュが首を振る。なるほど、あれが問題の違法薬剤混入物か。

 それさえ既に把握済みであるならば、今回のパーティでジョシュが行うべきことはないのではないか。

 周りは異性どころか人間であれば手あたり次第とでもいえる空気でそれぞれしなだれかかりあい、誰とも寄り添わないジョシュに注意を向けるものはいない。

まぁ、できることもある。と気を取り直し、ジョシュは人を避けながら伯爵夫人に教わったカーテンを目指した。

カーテンは重厚な赤だった。カーテンの向こうは窓なのだろう。そばに立つと冷気を感じる。歴史を感じるといえば聞こえはいいが、要するに古びたカーテンである。

それなりに長いそれに添うように歩き、端に近い位置の下のほうにふくらみがあるのを見つける。



「失礼」聞こえているかわからないが、ともかくささやいてから、カーテン越しに寄りかかるように近づき、手を突く。

 果たしてそこには柔らかい人の体があった。



(ともかくここに人が隠れているのは事実のようだな。っ!?)



 カーテン越しにふれた手がしびれ、思わず手を引く。



(こんなところに精霊か!?)



 この世界には、人間と精霊と獣人がいる。どの存在も互いに契りを結び、子をなすことができるが、それぞれ個性が強い。

 三種族の中で精霊は珍しい存在だ。人より少ない獣人よりもさらに数少ない彼らは、しかし、その希少さよりも息を吐くように魔法使う存在として知られる。

 しかし、生来欲望が薄く浮世離れした彼らがこんな物欲に支配されたところにいるわけはない。

 となると。



(高位の魔法使いか……!?)



 魔法使いは人間の中でも精霊よりの存在である。ジョシュが獣人交じりの筋であるように、彼らは大概精霊交じりの血統なのだ。魔法使いは魔法を使うことができる。しかし、魔法使いは人の血が混じっているために精霊のように息を吐くように魔法を使うことはできない。それ相応の対価として詠唱、触媒、魔法陣等、手順踏むのが常である。聞くところによると、才能の少なさと手順の多さ、発現させる魔法の大きさは比例するという。

 ジョシュがカーテン越しにさわってからの短時間で電撃を与えるなど、要するに必要な手順を略すことができる程度の才能の持ち主ということだ。



(高位の魔法使いがなんでこんなところに……)



 精霊の血を引くだけあって、魔法使いは物欲に疎いことが多い。必要でなければ食事をとることすら厭うという。

 脳裏に白い人影が浮かび、ぶんぶんと首をふる。

 あれは”男”だし、こんなところのくるようなたまじゃない。



「助けに来た。触ってすまないが、存在を確認するためにしたことだ、許せ」



 低い声でいうと、カーテンが少し揺れた。

 是ということか。

 ジョシュは部屋を見渡した。皆、暗い照明も相まって、こちらには注目していないようだ。素早い身のこなしでカーテンの裏側に入り込む。

 外は夜更けで暗く、室内ですら近づかなければ





 そこにいたのは女だった。

 緩やかに巻いた銀髪は腰ほどの長さで、肌は透けるように白い。瞳をみて息を呑む。

 ――血のような、紅だ。



(彼女が)



“三度目の正直とも言うじゃろう。出会いがあるやもしれんぞ”



 出会いではなく再会だったが。
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