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/至る道

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 はじめにその少女の顔を見たのは肖像画だった。

 送られてきたそれは厳重に包まれていて、早くみたいあまりにその回りをぐるぐる回って目を回した覚えがある。

 開いてみれば、とても美しい少女の肖像画入っていて、素直に喜んだ。

 あんまり信じすぎるのもいけないとこっそり父に言われたが、あまり耳に入ってこなかった。



 直接会ったとき、とても緊張していたことを覚えている。

 何しろ、「王太子」としての自覚を持つよう教育が始まっていたし、色々自覚しなければいけないことが多すぎた。

 《彼女》にも良いところを見せたいと思っていたのだ。

 しかし、うまくいかなかった。



  ◇◇◇



 叔母のことを知ったのは偶然だった。



 庭で泣いている子供をみた。

 自分より少し年下であろう子供だ。

 どうしたの。そう声をかけると、子供はこちらをみてから顔をこわばらせて後ずさる。

 人に関わって、そんな反応をされたのは初めてだった。

固まっていたのはそんなに長い時間ではなかったのだろう。侍女たちが集まってその子供を連れて行った。

 見知った顔に声をかけると、困ったように首を振られた。

 その夜、父に呼び出された。



 ――エウリュケが死んだ。



 エウリュケ、それは確か父の妹の、つまりは叔母だったはずだ。長らく病んで遠いところで養生していると聞いていた。



 ――これは事実を事実として語る。それ以上ではない。

 前置きの後、父が語ったのは叔母の不幸な結婚の話だった。

 望まれて婚姻するはずだった。途中で彼女はさらわれた。

 旅路で孕んだ彼女は婚姻出来ずに心を病み、望まぬ子を宿して帰ってきた。

 そして、今日死んだ。



 ――お前には弟が出来る。ばかばかしいが、しかし、これは彼女の願いだ。少なくとも、成長して、望むまでは“弟”だ。



 自分の母は、物心つく前になくなっている。

 フィルガットという王太子がいるから、もう、別にいいだろう。といって、父は後妻をとらなかった。



 新しく出来た“弟”は遠巻きで、よく悲しげな顔でこちらを見てきていた。



 結婚。その表情に至った原因の一つに、きっと恐怖を感じてしまったのだと思う。



  ◇◇◇



 王族であるためか、同世代の子供と一緒に物事を行うという機会は少なく、自分がどんな存在なのかいまいちわからなかったところがあった。

 自分はとても頭が良くなく、要領が悪い。ということを自覚したのは彼女に出会って、失敗して、王都に戻ってから父に海外留学を勧められてからだった。

 王族間の交流として、南の国に3年。その国では王族や貴族の子供が集まる学校があり、俺はそこに所属することとなった(学校自体は俺の国にもあったが、それは庶民向けのものだけなのだ)

 自分が出来ないことを皆軽々と行う。

 そうか、自分はあまり要領が良くなく、馬鹿なのだなぁと思った。

 なるほど。

 もちろん悲しかったが、だからといって事実は変わらない。

 救いがあったと知れば、人付き合いをするに当たっての問題はなかったということか。

 王族という立場が根本にあるとはいえ、皆気を使ってくれていたし、それなりにこちらからも好意を伝えることでどうにか関係を友好的に持っていくことが出来るようになった。

 仲の良い友人も出来た。



 ――君の婚約者はどんな子なんだい?

 ――とても綺麗で優しい人だよ。ほら、手紙が来てる。

 ひらひらと読み途中の手紙を見せれば、彼は肩をすくめた。

 ――うまくいってるのか、良いなぁ。

 王族や高位の貴族となれば、幼少期から婚約者がいることが多い。話題としてよく出された。

 結婚はうまくいくとは限らない。それくらいはわかっていた。

 ただでさえ、自分と彼女の婚姻は勝手に決められたものだ。

 彼女のことは好きだ。しかし、彼女が自分を好きになってくれるとは限らない。

 いまのところ彼女は好きになる努力はしてくれている。しかし、自分がそれに答えられるとは限らない。



 ただでさえ、要領が悪く、頭も悪いのだ。

 “弟”の悲しい顔と、死んだ叔母を思い出す。



 人が笑ってくれるのが好きだ。

 笑ってもらえるようにするには、どうしたら良いのだろう。





 彼女が好きだ。

 良いところを見せたい。いつも彼女にはだめなところばかり見せてしまう。

どうしよう、どうして良いかわからない

失敗はためらいの始まりだった。





 きっと、彼女のことが本当に好きだったから、怖かったんだと今ならわかる。

 一歩踏み出すまでにかかった理由はきっとそれだ。







「ねぇ、フィル」

「どうした、ティニエ」

「愛していますわ」

 愛しい妻はそう言って裸の胸を押しつけ、口づけてくる。

 闇で見えないが、きっととろけるようなほほえみを浮かべているに違いない。――と思う。

 普段は楽観的すぎるのに、“あの頃”だけはとても堂々巡りしていた。今更ながら、何だかなぁと思う。

 今が幸せならいいか、と、思えたのは彼女が踏み込んでくれたおかげだろう。

 彼女に関して立ち止まってしまう癖は、二度目の初夜以来、少しずつ改善している。と思いたい。

 ここに至る道を思い出しながら、フィルガットは彼女を抱いて言った。

「ありがとう、――俺も愛してるよ」



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