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3、彼女は酒を手に入れた

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「――お二人とも、お若くて中がよろしいようでなにより。時にお子さまはまだですかな」



 会食も務めのひとつだ。今日の相手は南の国の大使である。大使とはいえ王族なうえに、この国の王族とも親類関係がある。なので、不躾なことをどうどうと聞いてくる。さらにいえば南はそういうことに開放的な空気があるとかで、聞いてくる大使の顔にはただの興味しかない

 こういうときはティニエよりフィルガットの方が躱すのがうまい

 ティニエは口を開かず夫にまかせた



「そうですねぇ。楽しみにしているのですが、こればかりは時に任せないといけませんから。ところで大使の娘さんが結婚されたとか」



「おお、そうなんだよ!もう孫が生まれてね、いや、これがとてもかわいくて――」



 世間話だと断然うまくかわせるのに、どうして政治的な、君主的な言い回しだとへたくそなのか。それはまぁ彼のいいところでもある。

 ティニエは静かに食を進めながら思う。

 フィルガットは穏やかな表情と相づちで人に語らせるのがうまい。何しろ本人が人好きのする性格なのだ。聞きたい、知りたい、貴方ともっと語りたい。という雰囲気を嘘偽りなく発揮しているわけだから、彼によほどの悪意を持つものでない限り語りたいことは散々語っていくのだ。しかし、話題が話題だ。

 彼の元にもオルカが顔を出したのだろうし、その手のことを彼も少しは意識したはず。

 そんなことを考えているからだろうか、彼の視線が少しさみしげにも見える。

 ティニエは皿に視線を落とした。

 結局、その後フィルガットと大使の会話は「子供はいいものですぞ、さらに孫は良い物だ」などと大使の満足そうな言葉に収束し会食は終わった。



 会食が終わるとティニエは席を立った。夜更かしは肌によくないし、何やら大使とフィルガットはワインの話で盛り上がっているし、酒に強くないティニエはお役ごめんだ。

 簡単に礼をし、その場を去る。







 夜、夫と共に入る布団は同じものだ。

 寝る前はゆっくりと湯船に使って疲れを癒す。時期によっては水の確保が難しいが、それでもコレだけは欠かすことが出来ない。

 今日は懐かしい顔をみることが出来てよかった。ティニエはそう思う。旧知の仲の二人の顔を頭に浮かべる。

 人によっては長く入っていられないと言う湯のみの時間は、彼女にとっては考えることだけに集中する貴重な時間として長くとっていた。

 女官すら衝立の向こうに追いやり、静かにつかるのだ。



「――同衾しても、性交渉がない理由……ね」



 懐かしい顔を思い浮かべるのは良かったが、二人が来た理由は好かない。

 湯船に浸る自分の身体を見下ろしながら思う。すっきりとして、それでいて肉が必要なところにはしっかりとついた身体だ。魅力的か魅力的でないかの二択なら魅力的だと思う。客観的にみて。でも、この身は汚れない身だ。結婚して2年もたつのに。

 そんなの、私が知りたい。

 完璧な初夜とはいえまい。しかし、彼にそんなものは期待していない。

 していなかったのだけど、



「――やはりあの失敗が全ての原因なのでしょうね」



 風呂の中でティニエには珍しく後悔する。

 しかし、あの場でティニエに何が出来たと言うのか。



「……」



 彼は寝てしまったし、起こすべきだったのか。いえ、でも。

 ティニエは自分のことが好きだ。自分を好きで居ることが出来るように頑張り続けているおかげだと信じている。

 でも、夫婦の関係が進んでいない関係に関しては自分のことが嫌いになりそうだった。

 自分はこんなに弱虫だっただろうか。こんなに他人のことを気にする人間だっただろうか。

 悩むくらいなら動いた方がマシとか、そういう性分のはずなのだけど。

 ティニエは肌を伝う水滴をじっとみてから、口を開いた。



「……誰」



 物音がしたのだ。戦闘なしにここまでやってくる不埒モノは数が限られる。ティニエの問いかけに、帰ってくる声があった。



「てぃにえ様、いいですか」ネランジアだ。



「いいわよ」



「どうもどうも」



 不必要なまでにこそこそと彼女は現れた。

 ティニエは濡れた髪をかき上げ問う。思ったより早く二人で会話をする機会に恵まれたようだ。恵まれた、というより、もぎ取ったような物なのだろうが。



「で、なんのお話しかしら。まぁ、先ほどの続きでしょうけれども」



「は、はい、そうです……あの、私も力を貸したいと思いまして、文献をあさりました」



「文献?」



「はい。あ、でもですね、媚薬って材料が難しいのと私まだ作ったことがなくて。王宮でも、簡単な傷薬なら作れるんですけど、場所の確保も難しいですし、なかなか直接手金手段ではお力になれそうにないです……」



「待って、なぜ媚薬なんてものが出てくるの?」



「同衾しても性交渉がないということは理性がすべての邪魔をしているということ。理性を奪えばすべての問題が解決すると思われるためです」



 ネランジアには問題点をある程度なあたりのことしか伝えなかったが、彼女なりに色々考えてくれたらしい。それがしょっぱなからそちらにいくのかという思いはあったものの。



「なので、ここは方向を変える感じにしようと思いまして」続けて良いながら、ネランジアはティニエに一つ瓶を出した。



「なあにこれ」じぃ、とみる。センスのいい小瓶だ。そこに薄桃色の液体が入っている。



「お酒です。かなりきついやつ」



「私、お酒苦手なのだけど……そもそもこれお酒で解決する問題なの?」



「とりあえず本音を聞くのが大切かなぁと思いまして。何にせよ一歩すすむには理性はじゃまなのだとおもいます。媚薬までいかずとも、ですね、師匠もいっていました。酒飲むと本心が出るって。つまり、理性を奪うくらいならお酒でもどうにかなるかと」



「それで良い方向に行けば良いけれど」



 いってからすぐに口を噤む。だめだ、また弱気だ。



「……これを彼に飲ませたらいいの?」



「はい、とりあえず、飲ませてからこう、服をこう、ぬぎつつ迫ればいいんじゃないかと」



「そうしたら彼は私と、そういうことをする気になると」



「うーん、理性を崩すにはそれしか思いつかなかったんですよねぇ」



 理性を壊す以外にもほかに方法はあるだろうと脳内で常識的な思考のオルカが叫んでいたが、その方法はその方法で却下だ。だって、恥ずかしいし。そういうところがオルカとそりが合わない原因の一つである。

そうなるとまだネランジアのほうがいい。卑怯は卑怯だが、ティニエは彼に求められたのだ。それで、安心したいのだ。

 彼のそばにいていいと、優しさゆえにおいてくれているんじゃないくて、彼の意志でそばにいてくれるのだと知りたい。



「そもそも彼が酔っ払って布団に入ってくるのはよくある話なのだけど、うまくいくかしら」



「うーん、普段はどんな感じなんですか」



「そうね」



 まず、ティニエは早寝早起き派でフィルガットも同じようなものだが、彼は寝る前に彼なりの予習(ティニエが彼に渡した教材で)をしてから布団に入る。その際ティニエはだいたいもう寝ている。寝つきがいいいのが自慢の一つである。



「―—よく考えたら、わたくし、フィルガットが寝る前に寝ているわ」



「ティニエ様……」



 ネランジアの視線が思った以上に痛かった。



「フィルガット様はお優しい方なのですからティニエ様がゆっくり眠っていらしたら起こすのは忍びないと思われるのでは?」



「いえそんなまさか……」



 否定しながら少し嫌な予感がする。



「でも、この間はわたくし、寝ずに待っていたわよ」



 フィルガットを待ったつもりはなく、ただ単に面白い小説を読んでいたら彼が寝る時間になっていただけなのだが。



「そのときはどうでしたか?」



「それは……」







 まだ寝ていなかったんだね、という言葉に生返事をして。彼がベッドの隣に入り込むきしむ音でふと我に返った。

 視線が文字の上を走って、とりとめもない思考にまみれる。勢いよく本を閉じた。

 寝よう、もう寝よう。――そして、彼の出方を見よう。

 自分に言い聞かせて、本を棚に置いた。そしてそのまま布団をかぶってしまう。あごの下まで布団に入って、気づく。視線だ。彼のほうをみると、なんだか妙な顔をしていた。

 猫が膝の上にきたけど触ったら逃げるだろうなみたいな。



「フィルガット、様」名前をいって、続きの言葉に戸惑う



「なんだい」



「……私その、あなたのことが好きです」



「そっか」



 フィルガットは笑って、布団に潜った。



「手を握って良いかい」



「いいけど、いえ、いいのよどうぞ」



 フィルガットの手がティニエの手に触れた。そして――、







「手をつないで寝たわ」どきどきしたが、しかし思った以上によく眠れた。人肌は良いものだ。しかし、



「……夫婦なんですよね」ネランジアは複雑な顔をしていた。



「夫婦よ」



「やっぱり理性が邪魔してると思うんです、媚薬必要ですよ」



 真剣な顔でいうネランジアにティニエは嫌がらせをしたくなった。この反骨精神がいけないんだ、という理解はある。



「あなたも飲んだ方が良いと思うけど。理性の存在で困っているのはあなたも同じじゃなくて?」



「……私は関係ないです!」



 ネランジアは渋い顔をした。その表情にティニエは少し笑って静かに謝った。



「ごめんなさい、でもありがとう。これはいただいておくわ。明日は色々忙しいから、彼に飲ませるなら明日の夜になるけれど」



 ごめんなさい、素直にそう出た言葉に自分でも少し驚いた。目を少し丸くしたネランジアも同じ気持ちだっただろう。しかし、彼女はそのことに触れずに、瓶をティニエに差し出した。



「私は、ティニエ様とフィルガット様はお似合いだと、一緒にいるべきだと思います。勝手な考えですが。でも、このままで良いと思いません。だから、私の信じるあなたを、あなたもしんじてください」



 ティニエはネランジアの言葉に小さくうなずいた。

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