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1、申し出は却下します
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「いやよ、かえらないわ」
ティニエは早々に言ってやりましたという顔でそこにいた。
美しい少女である。女と言うには幼く、頑なな表情で、しかし、輝くばかりの白銀の髪に縁取られた、とぎ澄ました鋭利さのある顔立ちは、みるものの心に切り込むような美しさだ。とげのある、白薔薇のようと人はささやく。
そんな華美ではないが高級そう――否、高級な椅子に座ったティニエの前には困ったような顔をした少女と能面顔の男がいる。
茶髪に茶色の目をした非常に地味な少女は名をネランジアといった。平民ゆえに姓はない。ティニエよりも一つ二つ年下の彼女はしかし、地味な姿からはうかがい知ることが難しいほどの薬師の才を持っている。
その隣にいる能面顔の男は頑健な体つきで、非常に頑なな印象の男である。歳は20後半か。腰に差した見るものが見れば分かる名工の品である剣と隙のない身のこなしから、その強さがうかがい知れる。名をオルカ・アーライズという。
「――おひさしぶりです。ティニエ様。」まずオルカがなんとも言いがたい顔で礼をした。きびきびとした動きで完璧な礼である。
「お久しぶりです」とティニエ。
「ええ、えと、ティニエ様おひさしぶりでございます……」消え入るような声で残りのネランジアが礼をした。
ふらふらとした動きにティニエはちらりと目を向けただけですぐに二人から視線をそらし、じっとりと視線を窓の外に向けてしまう。
そんな様子のティニエに困った顔のネランジアは目に見えて挙動不審だった。
そもそもこんな形で再会などしたくなかった――、と、ネランジアはいっそ泣きたい気持ちでいっぱいだった。しかし、命の恩人である目の前の少女も大事だが、雇い主である少女の父も大切なのである。
でもでもこんなのあんまりだ。久々に会えても楽しげな会話のひとつも生まれそうにない。会いたかったけど、こんな理由できたくなかった。
――こんな、離婚の催促のためになんて。
「私、貴方達のことはきらいでないけれど、貴方達まで夫との婚姻をやめさせようとするなんて、裏切りだわ、許されないわ。非常に気分が悪いです。さっさと去りなさい」
「――我々の来た理由をお分かりになっておられるようでなにより。話が早い」オルカは言いたいことはたくさんあるという顔で言った。
ティニエは肩をすくめた。
「えぇそうね、二年前に部下に許嫁を寝取られたドコゾの騎士様。そんな貴方に婚姻の存続に対する意見を聞きたくないわね、嫁の一人や二人しっかり養ってから言いなさい」
「ティニエ様……!お、オルカ様お気になさらず!」
「……事実ですから」
ふふんといった表情のティニエと能面顔の眉間のしわが深まったオルカを見比べるネランジアは自分の無力さを感じた。オルカとティニエは仲が悪い、というか、二人が話していると心臓に悪い。非常に。非常に。
そもそもオルカとネランジアはティニエとその夫とが結婚するまでを知っており、二人が決して離婚などという指示にうなずかないであろうことがわかっているのである。
なぜ、無駄と知りつつここにいるのかといわれれば、ただの仕事である。
二人の現雇い主はティニエの父の公爵だ。娘のかたくなさをよく知る公爵はせめてと送り出したのがティニエの数少ない友人であるネランジアとティニエの夫である皇太子と親しい仲だったオルカだったのだ。
まぁ、ネランジアとオルカでも無理は無理だということくらい公爵もわかっているだろう。少なくとも、そういう提言をした、という形が大事なのです。――とここに来る途中のオルカが死にそうな顔をするネランジアにいっていた。
大人の処世術というやつだろう。
ともかく、ティニエは離婚などする気などないのだ。
知っていた。――でも雇い主に、逆らうことは出来ない。
ので、とても心が痛い。割り切っていても心が痛い。
「ともかく、二人ともさっさとその話題から離れるかさもなければ父のもとにお帰りなさい」
そういって、ティニエは二人をおいて部屋を出た。ネランジアはオルカと視線を合わせる。
いけ、まかせた。とオルカの視線は語っていた。
ネランジアは泣きたい気分で、それでも、すぐにティニエを追ったのだった。
そして、それを見送ったオルカは小さくため息をついて、自身も己の仕事をするために立ち上がった。
◇◇◇
「殿下はティニエ様といて息が詰まらないのですか」
「ええー、ティニエは優しいよ、俺には」
「俺には、ね」
オルカは気軽な王子の言葉に小さくため息をついた。
騎士の修練場のはずれだ。オルカが王子を探して元部下に案内されたのがここだった。
遠巻きに騎士団の連中がこちらを眺めるのを右手でシッシッと追いやる。
オルカが去って2年。メンツはほぼ変わっていない。やめたのはそろそろ定年だった騎士と、オルカの婚約者を寝とった関係で騎士を辞したやつくらいか。増えたのは見習いと極数名位だろう。
皆、オルカの仕草に慌てて自分たちのすべきことに戻っていく。騎士団長を辞した後もそれなりにいうことは聞いてくれるらしい。
フィルガットはオルカの長年の護衛対象であり、同時に教え子でもあった。主従であり、師弟でもある。そのせいか、人柄のせいか騎士を辞したため、気やすさに拍車がかかっている気がする。が、フィルガットはそれを気にするような人間ではなかった。
(いいんだかわるいんだか……)
フィルガットはどちらかというと平凡な生活が似あう人間だ。市井にでも生まれていれば、適度に平和に可もなく不可もなく親の後を継ぎ、気立てのいい娘を嫁にとり、周りの皆に慕われながら孫に囲まれて長生きして死ぬ感じの。
しかし、何の因果か、平凡とは言い難い王家に生まれてしまった。
人民の命を預かり、百戦錬磨の古つわものどもと戦う政治の世界に生まれたときから浸っているのだ。
自分のように戦いが似あうと悟り自ら騎士の道を選んだのではない。
その血にこの人生を決められたのだ。
「――たまに貴方が凄いと思いますよ」
「何がだい?俺はたいしたことはできないよ」
「そこがです」
彼はそんな場所に生まれ、自分の能力が高くないことを知っている。しかし、それでもコレなのだ。
へこびらず、哀しまず、ひねくれず、真っ直ぐと自身を知り、それより優秀な人を心から受け入れることが出来る。――例えば、自分よりも年下で頭がよく顔も良い妻に一切みにくい感情を抱かないこと、とか。
彼は器の広さにかけては王者なのだ。
しかし、だからこそ思う。
「貴方は優しすぎる。彼女をまだ抱いていないでしょう」別れ際、ネランジアに言われた事実をそのまま王子に伝える。
「………ハグはよくする」
「とぼけないでください。貴方のその手のことにアドバイスしたこともある男にその言い訳は無いでしょう」
「ううーん」
フィルガットは頭をかいた。
王族貴族の男は、結婚前に閨のことはある程度教わるのが普通だ。大人になるまでに慣れずに変に色づけになっても困るし、不能ならばそうそうに今後の跡継ぎ問題を考えなければならない。
すくなくとも、フィルガットは不能ではない。オルカはそれを知っている
「……抱けないなら、夫婦でいる意味無いと思いますよ。お互いに意地を張っているのですか。貴方は彼女ととても上手くやっている。だけれど、夫婦にはその関係も必要なんですよ。特に貴方と彼女は子を作らなければいけない。分かっているはずです。まだ圧力は少ないですが、これからどんどん圧力はかかりますよ。――俺が言う言葉ではないとは分かっていますが。それを見越して陛下と公爵閣下は心配されているのです」
オルカの自虐的な忠告にフィルガットは反応しなかった。
困ったように眉をひそめ、頬をかく。
「殿下」
「……」
「同じベッドでは寝ているんですよね?」
「うん、それは、うん」
「ではなぜ――」ヤらない。と聞こうとして瞬間、フィルガットは突然立ち上がった。
「わああそろそろ軍法会議の時間じゃないかな―ではまた今度」
「……」
露骨な棒読みで走り去るフィルガットを見送りながらオルカは眉を寄せた。
軍法会議が行われるという事実は間違っていないと思う。毎回この曜日だったし、この時間にそろそろ集まり出す頃だ。それは以前騎士だったオルカにも分かる。しかし、問題は一つ。――軍法会議の会場は逆方向で行われるはずだ。
方向音痴。それも、フィルガットの悪癖だった。
捕まえて連れて行った方が良いだろうか。オルカはすこし悩んだ。
ティニエは早々に言ってやりましたという顔でそこにいた。
美しい少女である。女と言うには幼く、頑なな表情で、しかし、輝くばかりの白銀の髪に縁取られた、とぎ澄ました鋭利さのある顔立ちは、みるものの心に切り込むような美しさだ。とげのある、白薔薇のようと人はささやく。
そんな華美ではないが高級そう――否、高級な椅子に座ったティニエの前には困ったような顔をした少女と能面顔の男がいる。
茶髪に茶色の目をした非常に地味な少女は名をネランジアといった。平民ゆえに姓はない。ティニエよりも一つ二つ年下の彼女はしかし、地味な姿からはうかがい知ることが難しいほどの薬師の才を持っている。
その隣にいる能面顔の男は頑健な体つきで、非常に頑なな印象の男である。歳は20後半か。腰に差した見るものが見れば分かる名工の品である剣と隙のない身のこなしから、その強さがうかがい知れる。名をオルカ・アーライズという。
「――おひさしぶりです。ティニエ様。」まずオルカがなんとも言いがたい顔で礼をした。きびきびとした動きで完璧な礼である。
「お久しぶりです」とティニエ。
「ええ、えと、ティニエ様おひさしぶりでございます……」消え入るような声で残りのネランジアが礼をした。
ふらふらとした動きにティニエはちらりと目を向けただけですぐに二人から視線をそらし、じっとりと視線を窓の外に向けてしまう。
そんな様子のティニエに困った顔のネランジアは目に見えて挙動不審だった。
そもそもこんな形で再会などしたくなかった――、と、ネランジアはいっそ泣きたい気持ちでいっぱいだった。しかし、命の恩人である目の前の少女も大事だが、雇い主である少女の父も大切なのである。
でもでもこんなのあんまりだ。久々に会えても楽しげな会話のひとつも生まれそうにない。会いたかったけど、こんな理由できたくなかった。
――こんな、離婚の催促のためになんて。
「私、貴方達のことはきらいでないけれど、貴方達まで夫との婚姻をやめさせようとするなんて、裏切りだわ、許されないわ。非常に気分が悪いです。さっさと去りなさい」
「――我々の来た理由をお分かりになっておられるようでなにより。話が早い」オルカは言いたいことはたくさんあるという顔で言った。
ティニエは肩をすくめた。
「えぇそうね、二年前に部下に許嫁を寝取られたドコゾの騎士様。そんな貴方に婚姻の存続に対する意見を聞きたくないわね、嫁の一人や二人しっかり養ってから言いなさい」
「ティニエ様……!お、オルカ様お気になさらず!」
「……事実ですから」
ふふんといった表情のティニエと能面顔の眉間のしわが深まったオルカを見比べるネランジアは自分の無力さを感じた。オルカとティニエは仲が悪い、というか、二人が話していると心臓に悪い。非常に。非常に。
そもそもオルカとネランジアはティニエとその夫とが結婚するまでを知っており、二人が決して離婚などという指示にうなずかないであろうことがわかっているのである。
なぜ、無駄と知りつつここにいるのかといわれれば、ただの仕事である。
二人の現雇い主はティニエの父の公爵だ。娘のかたくなさをよく知る公爵はせめてと送り出したのがティニエの数少ない友人であるネランジアとティニエの夫である皇太子と親しい仲だったオルカだったのだ。
まぁ、ネランジアとオルカでも無理は無理だということくらい公爵もわかっているだろう。少なくとも、そういう提言をした、という形が大事なのです。――とここに来る途中のオルカが死にそうな顔をするネランジアにいっていた。
大人の処世術というやつだろう。
ともかく、ティニエは離婚などする気などないのだ。
知っていた。――でも雇い主に、逆らうことは出来ない。
ので、とても心が痛い。割り切っていても心が痛い。
「ともかく、二人ともさっさとその話題から離れるかさもなければ父のもとにお帰りなさい」
そういって、ティニエは二人をおいて部屋を出た。ネランジアはオルカと視線を合わせる。
いけ、まかせた。とオルカの視線は語っていた。
ネランジアは泣きたい気分で、それでも、すぐにティニエを追ったのだった。
そして、それを見送ったオルカは小さくため息をついて、自身も己の仕事をするために立ち上がった。
◇◇◇
「殿下はティニエ様といて息が詰まらないのですか」
「ええー、ティニエは優しいよ、俺には」
「俺には、ね」
オルカは気軽な王子の言葉に小さくため息をついた。
騎士の修練場のはずれだ。オルカが王子を探して元部下に案内されたのがここだった。
遠巻きに騎士団の連中がこちらを眺めるのを右手でシッシッと追いやる。
オルカが去って2年。メンツはほぼ変わっていない。やめたのはそろそろ定年だった騎士と、オルカの婚約者を寝とった関係で騎士を辞したやつくらいか。増えたのは見習いと極数名位だろう。
皆、オルカの仕草に慌てて自分たちのすべきことに戻っていく。騎士団長を辞した後もそれなりにいうことは聞いてくれるらしい。
フィルガットはオルカの長年の護衛対象であり、同時に教え子でもあった。主従であり、師弟でもある。そのせいか、人柄のせいか騎士を辞したため、気やすさに拍車がかかっている気がする。が、フィルガットはそれを気にするような人間ではなかった。
(いいんだかわるいんだか……)
フィルガットはどちらかというと平凡な生活が似あう人間だ。市井にでも生まれていれば、適度に平和に可もなく不可もなく親の後を継ぎ、気立てのいい娘を嫁にとり、周りの皆に慕われながら孫に囲まれて長生きして死ぬ感じの。
しかし、何の因果か、平凡とは言い難い王家に生まれてしまった。
人民の命を預かり、百戦錬磨の古つわものどもと戦う政治の世界に生まれたときから浸っているのだ。
自分のように戦いが似あうと悟り自ら騎士の道を選んだのではない。
その血にこの人生を決められたのだ。
「――たまに貴方が凄いと思いますよ」
「何がだい?俺はたいしたことはできないよ」
「そこがです」
彼はそんな場所に生まれ、自分の能力が高くないことを知っている。しかし、それでもコレなのだ。
へこびらず、哀しまず、ひねくれず、真っ直ぐと自身を知り、それより優秀な人を心から受け入れることが出来る。――例えば、自分よりも年下で頭がよく顔も良い妻に一切みにくい感情を抱かないこと、とか。
彼は器の広さにかけては王者なのだ。
しかし、だからこそ思う。
「貴方は優しすぎる。彼女をまだ抱いていないでしょう」別れ際、ネランジアに言われた事実をそのまま王子に伝える。
「………ハグはよくする」
「とぼけないでください。貴方のその手のことにアドバイスしたこともある男にその言い訳は無いでしょう」
「ううーん」
フィルガットは頭をかいた。
王族貴族の男は、結婚前に閨のことはある程度教わるのが普通だ。大人になるまでに慣れずに変に色づけになっても困るし、不能ならばそうそうに今後の跡継ぎ問題を考えなければならない。
すくなくとも、フィルガットは不能ではない。オルカはそれを知っている
「……抱けないなら、夫婦でいる意味無いと思いますよ。お互いに意地を張っているのですか。貴方は彼女ととても上手くやっている。だけれど、夫婦にはその関係も必要なんですよ。特に貴方と彼女は子を作らなければいけない。分かっているはずです。まだ圧力は少ないですが、これからどんどん圧力はかかりますよ。――俺が言う言葉ではないとは分かっていますが。それを見越して陛下と公爵閣下は心配されているのです」
オルカの自虐的な忠告にフィルガットは反応しなかった。
困ったように眉をひそめ、頬をかく。
「殿下」
「……」
「同じベッドでは寝ているんですよね?」
「うん、それは、うん」
「ではなぜ――」ヤらない。と聞こうとして瞬間、フィルガットは突然立ち上がった。
「わああそろそろ軍法会議の時間じゃないかな―ではまた今度」
「……」
露骨な棒読みで走り去るフィルガットを見送りながらオルカは眉を寄せた。
軍法会議が行われるという事実は間違っていないと思う。毎回この曜日だったし、この時間にそろそろ集まり出す頃だ。それは以前騎士だったオルカにも分かる。しかし、問題は一つ。――軍法会議の会場は逆方向で行われるはずだ。
方向音痴。それも、フィルガットの悪癖だった。
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