上 下
1 / 7

1、申し出は却下します

しおりを挟む
「いやよ、かえらないわ」



 ティニエは早々に言ってやりましたという顔でそこにいた。

 美しい少女である。女と言うには幼く、頑なな表情で、しかし、輝くばかりの白銀の髪に縁取られた、とぎ澄ました鋭利さのある顔立ちは、みるものの心に切り込むような美しさだ。とげのある、白薔薇のようと人はささやく。

 そんな華美ではないが高級そう――否、高級な椅子に座ったティニエの前には困ったような顔をした少女と能面顔の男がいる。

 茶髪に茶色の目をした非常に地味な少女は名をネランジアといった。平民ゆえに姓はない。ティニエよりも一つ二つ年下の彼女はしかし、地味な姿からはうかがい知ることが難しいほどの薬師の才を持っている。

 その隣にいる能面顔の男は頑健な体つきで、非常に頑なな印象の男である。歳は20後半か。腰に差した見るものが見れば分かる名工の品である剣と隙のない身のこなしから、その強さがうかがい知れる。名をオルカ・アーライズという。



「――おひさしぶりです。ティニエ様。」まずオルカがなんとも言いがたい顔で礼をした。きびきびとした動きで完璧な礼である。



「お久しぶりです」とティニエ。



「ええ、えと、ティニエ様おひさしぶりでございます……」消え入るような声で残りのネランジアが礼をした。

 ふらふらとした動きにティニエはちらりと目を向けただけですぐに二人から視線をそらし、じっとりと視線を窓の外に向けてしまう。

 そんな様子のティニエに困った顔のネランジアは目に見えて挙動不審だった。





 そもそもこんな形で再会などしたくなかった――、と、ネランジアはいっそ泣きたい気持ちでいっぱいだった。しかし、命の恩人である目の前の少女も大事だが、雇い主である少女の父も大切なのである。

 でもでもこんなのあんまりだ。久々に会えても楽しげな会話のひとつも生まれそうにない。会いたかったけど、こんな理由できたくなかった。

 ――こんな、離婚の催促のためになんて。





「私、貴方達のことはきらいでないけれど、貴方達まで夫との婚姻をやめさせようとするなんて、裏切りだわ、許されないわ。非常に気分が悪いです。さっさと去りなさい」



「――我々の来た理由をお分かりになっておられるようでなにより。話が早い」オルカは言いたいことはたくさんあるという顔で言った。



 ティニエは肩をすくめた。



「えぇそうね、二年前に部下に許嫁を寝取られたドコゾの騎士様。そんな貴方に婚姻の存続に対する意見を聞きたくないわね、嫁の一人や二人しっかり養ってから言いなさい」



「ティニエ様……!お、オルカ様お気になさらず!」



「……事実ですから」



 ふふんといった表情のティニエと能面顔の眉間のしわが深まったオルカを見比べるネランジアは自分の無力さを感じた。オルカとティニエは仲が悪い、というか、二人が話していると心臓に悪い。非常に。非常に。

 そもそもオルカとネランジアはティニエとその夫とが結婚するまでを知っており、二人が決して離婚などという指示にうなずかないであろうことがわかっているのである。

 なぜ、無駄と知りつつここにいるのかといわれれば、ただの仕事である。

 二人の現雇い主はティニエの父の公爵だ。娘のかたくなさをよく知る公爵はせめてと送り出したのがティニエの数少ない友人であるネランジアとティニエの夫である皇太子と親しい仲だったオルカだったのだ。

 まぁ、ネランジアとオルカでも無理は無理だということくらい公爵もわかっているだろう。少なくとも、そういう提言をした、という形が大事なのです。――とここに来る途中のオルカが死にそうな顔をするネランジアにいっていた。

 大人の処世術というやつだろう。

 ともかく、ティニエは離婚などする気などないのだ。

 知っていた。――でも雇い主に、逆らうことは出来ない。

 ので、とても心が痛い。割り切っていても心が痛い。



「ともかく、二人ともさっさとその話題から離れるかさもなければ父のもとにお帰りなさい」



 そういって、ティニエは二人をおいて部屋を出た。ネランジアはオルカと視線を合わせる。

 いけ、まかせた。とオルカの視線は語っていた。

ネランジアは泣きたい気分で、それでも、すぐにティニエを追ったのだった。

 そして、それを見送ったオルカは小さくため息をついて、自身も己の仕事をするために立ち上がった。



  ◇◇◇



「殿下はティニエ様といて息が詰まらないのですか」



「ええー、ティニエは優しいよ、俺には」



「俺には、ね」



 オルカは気軽な王子の言葉に小さくため息をついた。



 騎士の修練場のはずれだ。オルカが王子を探して元部下に案内されたのがここだった。

 遠巻きに騎士団の連中がこちらを眺めるのを右手でシッシッと追いやる。

 オルカが去って2年。メンツはほぼ変わっていない。やめたのはそろそろ定年だった騎士と、オルカの婚約者を寝とった関係で騎士を辞したやつくらいか。増えたのは見習いと極数名位だろう。

皆、オルカの仕草に慌てて自分たちのすべきことに戻っていく。騎士団長を辞した後もそれなりにいうことは聞いてくれるらしい。

 フィルガットはオルカの長年の護衛対象であり、同時に教え子でもあった。主従であり、師弟でもある。そのせいか、人柄のせいか騎士を辞したため、気やすさに拍車がかかっている気がする。が、フィルガットはそれを気にするような人間ではなかった。

(いいんだかわるいんだか……)

 フィルガットはどちらかというと平凡な生活が似あう人間だ。市井にでも生まれていれば、適度に平和に可もなく不可もなく親の後を継ぎ、気立てのいい娘を嫁にとり、周りの皆に慕われながら孫に囲まれて長生きして死ぬ感じの。

 しかし、何の因果か、平凡とは言い難い王家に生まれてしまった。

 人民の命を預かり、百戦錬磨の古つわものどもと戦う政治の世界に生まれたときから浸っているのだ。

 自分のように戦いが似あうと悟り自ら騎士の道を選んだのではない。

 その血にこの人生を決められたのだ。



「――たまに貴方が凄いと思いますよ」



「何がだい?俺はたいしたことはできないよ」



「そこがです」



 彼はそんな場所に生まれ、自分の能力が高くないことを知っている。しかし、それでもコレなのだ。

 へこびらず、哀しまず、ひねくれず、真っ直ぐと自身を知り、それより優秀な人を心から受け入れることが出来る。――例えば、自分よりも年下で頭がよく顔も良い妻に一切みにくい感情を抱かないこと、とか。

 彼は器の広さにかけては王者なのだ。

 しかし、だからこそ思う。



「貴方は優しすぎる。彼女をまだ抱いていないでしょう」別れ際、ネランジアに言われた事実をそのまま王子に伝える。



「………ハグはよくする」



「とぼけないでください。貴方のその手のことにアドバイスしたこともある男にその言い訳は無いでしょう」



「ううーん」



 フィルガットは頭をかいた。

 王族貴族の男は、結婚前に閨のことはある程度教わるのが普通だ。大人になるまでに慣れずに変に色づけになっても困るし、不能ならばそうそうに今後の跡継ぎ問題を考えなければならない。

すくなくとも、フィルガットは不能ではない。オルカはそれを知っている



「……抱けないなら、夫婦でいる意味無いと思いますよ。お互いに意地を張っているのですか。貴方は彼女ととても上手くやっている。だけれど、夫婦にはその関係も必要なんですよ。特に貴方と彼女は子を作らなければいけない。分かっているはずです。まだ圧力は少ないですが、これからどんどん圧力はかかりますよ。――俺が言う言葉ではないとは分かっていますが。それを見越して陛下と公爵閣下は心配されているのです」



 オルカの自虐的な忠告にフィルガットは反応しなかった。

 困ったように眉をひそめ、頬をかく。



「殿下」



「……」



「同じベッドでは寝ているんですよね?」



「うん、それは、うん」



「ではなぜ――」ヤらない。と聞こうとして瞬間、フィルガットは突然立ち上がった。



「わああそろそろ軍法会議の時間じゃないかな―ではまた今度」



「……」



 露骨な棒読みで走り去るフィルガットを見送りながらオルカは眉を寄せた。

 軍法会議が行われるという事実は間違っていないと思う。毎回この曜日だったし、この時間にそろそろ集まり出す頃だ。それは以前騎士だったオルカにも分かる。しかし、問題は一つ。――軍法会議の会場は逆方向で行われるはずだ。

 方向音痴。それも、フィルガットの悪癖だった。

 捕まえて連れて行った方が良いだろうか。オルカはすこし悩んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

【R18】幼馴染の男3人にノリで乳首当てゲームされて思わず感じてしまい、次々と告白されて予想外の展開に…【短縮版】

うすい
恋愛
【ストーリー】 幼馴染の男3人と久しぶりに飲みに集まったななか。自分だけ異性であることを意識しないくらい仲がよく、久しぶりに4人で集まれたことを嬉しく思っていた。 そんな中、幼馴染のうちの1人が乳首当てゲームにハマっていると言い出し、ななか以外の3人が実際にゲームをして盛り上がる。 3人のやり取りを微笑ましく眺めるななかだったが、自分も参加させられ、思わず感じてしまい―――。 さらにその後、幼馴染たちから次々と衝撃の事実を伝えられ、事態は思わぬ方向に発展していく。 【登場人物】 ・ななか 広告マーケターとして働く新社会人。純粋で素直だが流されやすい。大学時代に一度だけ彼氏がいたが、身体の相性が微妙で別れた。 ・かつや 不動産の営業マンとして働く新社会人。社交的な性格で男女問わず友達が多い。ななかと同じ大学出身。 ・よしひこ 飲食店経営者。クールで口数が少ない。頭も顔も要領もいいため学生時代はモテた。短期留学経験者。 ・しんじ 工場勤務の社会人。控えめな性格だがしっかり者。みんなよりも社会人歴が長い。最近同棲中の彼女と別れた。 【注意】 ※一度全作品を削除されてしまったため、本番シーンはカットしての投稿となります。 そのため読みにくい点や把握しにくい点が多いかと思いますがご了承ください。 フルバージョンはpixivやFantiaで配信させていただいております。 ※男数人で女を取り合うなど、くっさい乙女ゲーム感満載です。 ※フィクションとしてお楽しみいただきますようお願い申し上げます。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

愛娘(JS5)とのエッチな習慣に俺の我慢は限界

レディX
恋愛
娘の美奈は(JS5)本当に可愛い。そしてファザコンだと思う。 毎朝毎晩のトイレに一緒に入り、 お風呂の後には乾燥肌の娘の体に保湿クリームを塗ってあげる。特にお尻とお股には念入りに。ここ最近はバックからお尻の肉を鷲掴みにしてお尻の穴もオマンコの穴もオシッコ穴も丸見えにして閉じたり開いたり。 そうしてたらお股からクチュクチュ水音がするようになってきた。 お風呂上がりのいい匂いと共にさっきしたばかりのオシッコの匂い、そこに別の濃厚な匂いが漂うようになってきている。 でも俺は娘にイタズラしまくってるくせに最後の一線だけは超えない事を自分に誓っていた。 でも大丈夫かなぁ。頑張れ、俺の理性。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

処理中です...