6 / 9
【6】
しおりを挟む
数日間で、物が増えつつあった。
火をたくためのガスコンロ、水をくむためのバケツ、電気を作るための自家発電とガソリン、冬をしのぐためのストーブと灯油。
検針に誰かが来るのを嫌い、水道、ガス、電気の契約はしなかった。
妻と娘には、言語の勉強から始める。
簡単な『あいうえお表』を使って、根気よく言葉を学習させることにした。
娘を私の太ももにのせて、
「これは『いぬ』だよ」
「いーむー」
「『い・ぬ』って言うんだ」
「いーぬー」
図鑑を見せたりして教えてやる。
妻に言葉を教えるのは難しかった。
顔の半分がないので、そもそも発音できない。
舌がうまくまわらず「あーうー」が限界だった。
娘のほうはまばたきしない瞳で、表や図鑑を見ておぼえている。
生前の年齢は幼稚園を卒業する前だったか。
私の太ももがお気に入りで、よくのってきたものだ。
「これはなんて言う?」
「『ぱーぱー』」
私が父親の絵を何気なくさすと、娘は反射的に言った。
私のほうを見上げている。
正解かどうか、確認しているのか。
「あっ、ああ、賢いね。あってるよ」
私は不意に涙がこみあげ、手で慌ててぬぐった。
小さかった娘は、太ももにのると、笑って顔を私の胸にこすりつける癖があった。
よくパパって言ってたな。
私は今いる娘を壊れないように抱きしめていた。
夕方近くになると、妻と娘を川に連れていきタオルでぬぐってやった。
水の中に直接入れると、皮膚が溶け出し、内蔵が出てしまう。
洗ってて気づいたのだが、ふたりとも毛がはえてきている。
頭だけでなく、体からも。
妻にいたっては、口から毛がのぞいている。
それで、バリカンとハサミを買ってきて、のびた毛をカットしていった。
最初はバリカンの機械音に反応していたが、なれてくると無反応になっていった。
食事はシンプルだ。
地下の池に生息している魚を釣ってきて、食べやすいように切る。
そしてふたりの口に入れる。
さすがに私は生では食べられないので、ガスコンロで焼いて食べていた。
味は普通の魚だ。
ふたりは寡黙に生魚を食べる。
家族と一緒に食卓につけるだけで満足だった。
運動は軽いウォ―キングから始めた。
太陽の光が嫌みたいなので、夜の散歩になっていく。
運動能力はあるのか、歩きから走りをおぼえ、夜行性の動物みたいに走り回っていた。
足が折れないか心配になるぐらいだ。
妻は口の中に、よくカエルやクモを入れて帰るので、私は苦笑しつつも、刻んで喉に入れてやった。
ある日の夜。
私と妻がろうそくに火をともし、くつろいでいると、娘が帰ってきた。
「ぱーぱー」
娘はそう言って、背中に何か隠した。
いたずらっ子が芽生えたようだ。
またムカデかなんかかな?
「それはなんだい?」
私はほほ笑みながら聞いてやる。
「ねーこー」
娘が片手で差し出したものは、子猫の首だった。
胴体がなく、体をつなぐ骨が飛び出している。
目玉は小枝で突き刺していた。
泥だらけということは、捕まえて、遊んだあとか。
私は顔を一瞬引きつらせたが、
「ああ、子猫か。かわいいね。パパにくれるのかい?」
「あーいー」
娘は無表情、いや、笑顔でそう言った。
私は素直に子猫の首を受け取る。
娘は喜んで、ママの太ももにのった。
妻は口から粘っこい液体を流していた。
私はふたりに見つからないように、子猫の首を持って、外の庭に埋めてやる。
猫の鳴き声がした。
子猫を失った親猫か。
すまない。
私は悲しそうな鳴き声に謝っていた。
次の日。
不動産屋の中年の社員が訪ねてきた。
様子を見にきたか。
私は妻と子を地下に隠し、外に出て対応した。
社員は私を見るなり、驚いた表情になった。薄い髪の毛から、一本の髪が抜けて、風に運ばれ海に落ちていく。
社員は雑談をそうそう切り上げて、「何かあったらここに電話してください」と、タウンページを渡された。
家の様子を聞かず、さっさと営業車に乗っていってしまった。
タウンページの端には折り目があった。
精神科病院の案内図がそこにはあった。
夜。
ろうそくの明かりで、タウンページを見ていると、娘がまた背中に何か隠してやってきた。
私が喜ぶと学習したのか。
小さな娘が持って帰るものだ。
子猫、子犬、カエル、蛇、ムカデ。
その程度の大きさだろう。
成人になったら、持って帰る物もでかくなりそうだから、対応を考えねば。
「何を持ってきたのかな?」
私が積極的に聞くと、娘は照れつつも出し渋ったりする。
幼い行動に、また涙が出そうになる。
だが、差し出されたものを見て、私は血の気が引いてしまった。
それは、人間の腕だった。
火をたくためのガスコンロ、水をくむためのバケツ、電気を作るための自家発電とガソリン、冬をしのぐためのストーブと灯油。
検針に誰かが来るのを嫌い、水道、ガス、電気の契約はしなかった。
妻と娘には、言語の勉強から始める。
簡単な『あいうえお表』を使って、根気よく言葉を学習させることにした。
娘を私の太ももにのせて、
「これは『いぬ』だよ」
「いーむー」
「『い・ぬ』って言うんだ」
「いーぬー」
図鑑を見せたりして教えてやる。
妻に言葉を教えるのは難しかった。
顔の半分がないので、そもそも発音できない。
舌がうまくまわらず「あーうー」が限界だった。
娘のほうはまばたきしない瞳で、表や図鑑を見ておぼえている。
生前の年齢は幼稚園を卒業する前だったか。
私の太ももがお気に入りで、よくのってきたものだ。
「これはなんて言う?」
「『ぱーぱー』」
私が父親の絵を何気なくさすと、娘は反射的に言った。
私のほうを見上げている。
正解かどうか、確認しているのか。
「あっ、ああ、賢いね。あってるよ」
私は不意に涙がこみあげ、手で慌ててぬぐった。
小さかった娘は、太ももにのると、笑って顔を私の胸にこすりつける癖があった。
よくパパって言ってたな。
私は今いる娘を壊れないように抱きしめていた。
夕方近くになると、妻と娘を川に連れていきタオルでぬぐってやった。
水の中に直接入れると、皮膚が溶け出し、内蔵が出てしまう。
洗ってて気づいたのだが、ふたりとも毛がはえてきている。
頭だけでなく、体からも。
妻にいたっては、口から毛がのぞいている。
それで、バリカンとハサミを買ってきて、のびた毛をカットしていった。
最初はバリカンの機械音に反応していたが、なれてくると無反応になっていった。
食事はシンプルだ。
地下の池に生息している魚を釣ってきて、食べやすいように切る。
そしてふたりの口に入れる。
さすがに私は生では食べられないので、ガスコンロで焼いて食べていた。
味は普通の魚だ。
ふたりは寡黙に生魚を食べる。
家族と一緒に食卓につけるだけで満足だった。
運動は軽いウォ―キングから始めた。
太陽の光が嫌みたいなので、夜の散歩になっていく。
運動能力はあるのか、歩きから走りをおぼえ、夜行性の動物みたいに走り回っていた。
足が折れないか心配になるぐらいだ。
妻は口の中に、よくカエルやクモを入れて帰るので、私は苦笑しつつも、刻んで喉に入れてやった。
ある日の夜。
私と妻がろうそくに火をともし、くつろいでいると、娘が帰ってきた。
「ぱーぱー」
娘はそう言って、背中に何か隠した。
いたずらっ子が芽生えたようだ。
またムカデかなんかかな?
「それはなんだい?」
私はほほ笑みながら聞いてやる。
「ねーこー」
娘が片手で差し出したものは、子猫の首だった。
胴体がなく、体をつなぐ骨が飛び出している。
目玉は小枝で突き刺していた。
泥だらけということは、捕まえて、遊んだあとか。
私は顔を一瞬引きつらせたが、
「ああ、子猫か。かわいいね。パパにくれるのかい?」
「あーいー」
娘は無表情、いや、笑顔でそう言った。
私は素直に子猫の首を受け取る。
娘は喜んで、ママの太ももにのった。
妻は口から粘っこい液体を流していた。
私はふたりに見つからないように、子猫の首を持って、外の庭に埋めてやる。
猫の鳴き声がした。
子猫を失った親猫か。
すまない。
私は悲しそうな鳴き声に謝っていた。
次の日。
不動産屋の中年の社員が訪ねてきた。
様子を見にきたか。
私は妻と子を地下に隠し、外に出て対応した。
社員は私を見るなり、驚いた表情になった。薄い髪の毛から、一本の髪が抜けて、風に運ばれ海に落ちていく。
社員は雑談をそうそう切り上げて、「何かあったらここに電話してください」と、タウンページを渡された。
家の様子を聞かず、さっさと営業車に乗っていってしまった。
タウンページの端には折り目があった。
精神科病院の案内図がそこにはあった。
夜。
ろうそくの明かりで、タウンページを見ていると、娘がまた背中に何か隠してやってきた。
私が喜ぶと学習したのか。
小さな娘が持って帰るものだ。
子猫、子犬、カエル、蛇、ムカデ。
その程度の大きさだろう。
成人になったら、持って帰る物もでかくなりそうだから、対応を考えねば。
「何を持ってきたのかな?」
私が積極的に聞くと、娘は照れつつも出し渋ったりする。
幼い行動に、また涙が出そうになる。
だが、差し出されたものを見て、私は血の気が引いてしまった。
それは、人間の腕だった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

こちら御神楽学園心霊部!
緒方あきら
ホラー
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。
灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。
それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。
。
部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。
前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。
通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。
どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。
封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。
決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。
事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。
ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。
都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。
延々と名前を問う不気味な声【名前】。
10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
都市伝説ガ ウマレマシタ
鞠目
ホラー
「ねえ、パトロール男って知ってる?」
夜の8時以降、スマホを見ながら歩いていると後ろから「歩きスマホは危ないよ」と声をかけられる。でも、不思議なことに振り向いても誰もいない。
声を無視してスマホを見ていると赤信号の横断歩道で後ろから誰かに突き飛ばされるという都市伝説、『パトロール男』。
どこにでもあるような都市伝説かと思われたが、その話を聞いた人の周りでは不可解な事件が後を絶たない……
これは新たな都市伝説が生まれる過程のお話。
二人称・短編ホラー小説集 『あなた』
シルヴァ・レイシオン
ホラー
普通の小説に読み飽きたそこの『あなた』
そんな『あなた』にオススメします、二人称と言う「没入感」+ホラーの旋律にて、是非、戦慄してみて下さい・・・・・・
※このシリーズ、短編ホラー・二人称小説『あなた』は、色んな"視点"のホラーを書きます。
様々な「死」「痛み」「苦しみ」「悲しみ」「因果」などを描きますので本当に苦手な方、なんらかのトラウマ、偏見などがある人はご遠慮下さい。
小説としては珍しい「二人称」視点をベースにしていきますので、例えば洗脳されやすいような方もご観覧注意、願います。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
5A霊話
ポケっこ
ホラー
藤花小学校に七不思議が存在するという噂を聞いた5年生。その七不思議の探索に5年生が挑戦する。
初めは順調に探索を進めていったが、途中謎の少女と出会い……
少しギャグも含む、オリジナルのホラー小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる