暗闇の家

因幡雄介

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 数日間で、物が増えつつあった。

 火をたくためのガスコンロ、水をくむためのバケツ、電気を作るための自家発電とガソリン、冬をしのぐためのストーブと灯油。

 検針に誰かが来るのを嫌い、水道、ガス、電気の契約はしなかった。

 妻と娘には、言語の勉強から始める。

 簡単な『あいうえお表』を使って、根気よく言葉を学習させることにした。

 娘を私の太ももにのせて、

「これは『いぬ』だよ」

「いーむー」

「『い・ぬ』って言うんだ」

「いーぬー」

 図鑑を見せたりして教えてやる。

 妻に言葉を教えるのは難しかった。

 顔の半分がないので、そもそも発音できない。

 舌がうまくまわらず「あーうー」が限界だった。

 娘のほうはまばたきしない瞳で、表や図鑑を見ておぼえている。

 生前の年齢は幼稚園を卒業する前だったか。

 私の太ももがお気に入りで、よくのってきたものだ。

「これはなんて言う?」

「『ぱーぱー』」

 私が父親の絵を何気なくさすと、娘は反射的に言った。

 私のほうを見上げている。

 正解かどうか、確認しているのか。

「あっ、ああ、賢いね。あってるよ」

 私は不意に涙がこみあげ、手で慌ててぬぐった。

 小さかった娘は、太ももにのると、笑って顔を私の胸にこすりつける癖があった。

 よくパパって言ってたな。

 私は今いる娘を壊れないように抱きしめていた。

 夕方近くになると、妻と娘を川に連れていきタオルでぬぐってやった。

 水の中に直接入れると、皮膚が溶け出し、内蔵が出てしまう。

 洗ってて気づいたのだが、ふたりとも毛がはえてきている。

 頭だけでなく、体からも。

 妻にいたっては、口から毛がのぞいている。

 それで、バリカンとハサミを買ってきて、のびた毛をカットしていった。

 最初はバリカンの機械音に反応していたが、なれてくると無反応になっていった。

 食事はシンプルだ。

 地下の池に生息している魚を釣ってきて、食べやすいように切る。

 そしてふたりの口に入れる。

 さすがに私は生では食べられないので、ガスコンロで焼いて食べていた。

 味は普通の魚だ。

 ふたりは寡黙に生魚を食べる。

 家族と一緒に食卓につけるだけで満足だった。

 運動は軽いウォ―キングから始めた。

 太陽の光が嫌みたいなので、夜の散歩になっていく。

 運動能力はあるのか、歩きから走りをおぼえ、夜行性の動物みたいに走り回っていた。

 足が折れないか心配になるぐらいだ。

 妻は口の中に、よくカエルやクモを入れて帰るので、私は苦笑しつつも、刻んで喉に入れてやった。

 ある日の夜。

 私と妻がろうそくに火をともし、くつろいでいると、娘が帰ってきた。

「ぱーぱー」

 娘はそう言って、背中に何か隠した。

 いたずらっ子が芽生えたようだ。

 またムカデかなんかかな?

「それはなんだい?」

 私はほほ笑みながら聞いてやる。

「ねーこー」

 娘が片手で差し出したものは、子猫の首だった。

 胴体がなく、体をつなぐ骨が飛び出している。

 目玉は小枝で突き刺していた。

 泥だらけということは、捕まえて、遊んだあとか。

 私は顔を一瞬引きつらせたが、

「ああ、子猫か。かわいいね。パパにくれるのかい?」

「あーいー」

 娘は無表情、いや、笑顔でそう言った。

 私は素直に子猫の首を受け取る。

 娘は喜んで、ママの太ももにのった。

 妻は口から粘っこい液体を流していた。

 私はふたりに見つからないように、子猫の首を持って、外の庭に埋めてやる。

 猫の鳴き声がした。

 子猫を失った親猫か。

 すまない。

 私は悲しそうな鳴き声に謝っていた。

 次の日。

 不動産屋の中年の社員が訪ねてきた。

 様子を見にきたか。

 私は妻と子を地下に隠し、外に出て対応した。

 社員は私を見るなり、驚いた表情になった。薄い髪の毛から、一本の髪が抜けて、風に運ばれ海に落ちていく。

 社員は雑談をそうそう切り上げて、「何かあったらここに電話してください」と、タウンページを渡された。

 家の様子を聞かず、さっさと営業車に乗っていってしまった。

 タウンページの端には折り目があった。

 精神科病院の案内図がそこにはあった。

 夜。

 ろうそくの明かりで、タウンページを見ていると、娘がまた背中に何か隠してやってきた。

 私が喜ぶと学習したのか。

 小さな娘が持って帰るものだ。

 子猫、子犬、カエル、蛇、ムカデ。

 その程度の大きさだろう。

 成人になったら、持って帰る物もでかくなりそうだから、対応を考えねば。

「何を持ってきたのかな?」

 私が積極的に聞くと、娘は照れつつも出し渋ったりする。

 幼い行動に、また涙が出そうになる。

 だが、差し出されたものを見て、私は血の気が引いてしまった。

 それは、人間の腕だった。
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