暗闇の家

因幡雄介

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 妻と子は服を着ていなかった。

 まずは体を洗ってやらねば。

 臭すぎる。

 水道の水など引いていないので、近くの川にふたりを連れていく。

 死んだ者はしゃべれないのか、「あーうー」としか言わなかった。

 曲がりくねった水の流れを取り囲む、木々や茂み。

 到着したら、まず妻の背中から洗ってやる。

 水をすくい肉と骨の見える体を洗ってやると、抱いていた感触を思い出した。

 私の手が一瞬震え、涙ぐんでしまった。

 娘が転がっている岩の上に座って、ヨダレをたらしながら様子を見ているので、恥ずかしい気持ちになる。

 妻が終わったら、今度は娘だ。

 娘は冷たい水に、「あー」とうめいていたが、我慢してもらうしかない。

 水が皮と筋肉と骨の間を抜けて、前に飛び出てしまう。

 あまりやりすぎると、内臓が出そうだったので、私は水にぬれる程度におさえてやった。

 泥の汚れや、臭いは多少マシになった。

 時刻は夕方。

 太陽はすでに沈みかけている。

 家に連れて帰らなければ、自然の中だと真っ暗だ。

 薄い明かりが差すなか、ふたりを家へと連れ帰る。

「あーあー」

 妻と子はそれしか答えない。

 それでもよかった。

 反応があるだけで満足だ。

 申し訳ないが、今日は裸のまま休んでもらうしかない。

 私は持ってきた寝袋に入り、その日はぐっすり眠ることができた。

 安眠なんて何年ぶりだろう。

 目が覚めると、まだ外は暗かった。

 いや、窓が黒く塗られているから、太陽が入ってこないだけだな。

 妻と子はイスに座って、机に顔を伏せている。

 朝ご飯を待っているのかな?

 私は持ってきた携行食を、ふたりに与えることにした。

「あーうー」

 妻の口に四角で手のひらサイズの携行食を食べさせようとするけど、顔の半分がないせいか、うまくかめないようだ。

 私は携行食を砕いて、喉に入れてやる。

 娘は残った左腕を使って、携行食を口に持っていきたいようだが、うまく入っていかない。

 額に何度も当てている。

 私は携行食をきちんとにぎらせ、口に運べるようにしてやる。

「うー」

 妻がほえた。

 もっとくれということか。

 私は残りの携行食を砕き、妻の喉へと入れてやった。

 すると、胸の筋肉の隙間から、粉みたいなものが落ちている。

 砕いた携行食か。

 内臓に穴が開いては、消化できないか。

 あとで皮膚と内臓を縫ってやらねば。

 食事が終わり、ふたりは立ったまま、かかしみたいに揺れていた。

 私は車の鍵を持って、町へ買い物に出掛けた。

 田舎町だが、大型ショッピングセンターがあるので、買い物には困らない。

 食事が素早くできる缶詰を買い、体を縫うための糸と針を買った。

 地下室を調べるための懐中電灯も必要だ。

 服は大人、子供用を買う。

 その他思いつく物を買い、家に車を走らせた。

 家の中に入ると、妻と子は床を手で掘っていた。

 何をしているのか?

 私は購入した物を机に置き、彼女たちをのぞいてみて、ぎょっとした。

「待て待て! やめろ!」

 私は妻と娘の腕を持って、行為をやめさせた。

 爪が床に散らばっている。

 木造建築とはいえ、素手なんかで掘れば、腐った爪は取れてしまう。

 手袋を購入してやればと、私は後悔した。

 ふたりが掘っていた床は、あの地下室に行く扉だ。

 変な音が鳴っていたから、気になるのだろう。

 私は懐中電灯を持ち、地下室の扉を開け、階段を下りてみた。

 気配がする。

 何か、大勢の生き物が走り回る音。

 ネズミか?

 地下階段の壁の中から聞こえてくる。

 だが、懐中電灯を壁に当てても、隙間からネズミを発見することはできない。

 しかし、確実に、何かが走り回っている。

 なんの音だ?

 上からついてきた妻と娘が、早く行けと、「うーうー」鳴いている。

 私はつばを飲み込みながら、全身汗びしょりになり、地下の階段を下りていった。

 地下室は二階ほどの長さで、壁は天然の岩でできていて、意外と広い空間だった。

 昔の人が作ったのか?

 現在生きる人間が、こんな雑な仕事をするだろうか。

 波音がすると思ったら、海の水が引かれて、池みたいにたまっている。

 岩壁の隙間から海水を吸っているようなので、海に出ることはできない。

 潮の香りが充満している。

 池の中では、黒い何かがうごめいていた。

 魚だ。

 銀色のうろこが、懐中電灯の光に反射する。

 なぜこんな所に魚がいるのか?

 どこから入ってきているのか?

 餌はなんなのか?

 疑問が次々浮かぶが、原因を調査するには、水の中に入らなければならない。

 さすがに濁った池に入りたいと思わなかった。

 変な臭いがするし。

「うーあー」

「うーあー」

 妻と子が池に手を入れ、泳ぐ魚を捕まえようとしている。

 当然魚は捕食者に対して抵抗し、尾びれで水を飛ばしてくる。

 下手すると、腕を持っていかれるかも。

「私がやるから」

 復活者には魚取りをやめさせて、私が挑戦してみた。

 魚はあっさり捕れた。

 狭いし、大量にいるから、釣り道具がなくてもよゆう。

 漁師をする必要はなさそうだ。

「うーうー」

 妻と娘が魚をくれと鳴く。

 私は娘に魚を渡してみると、頭から口に入れ、肉をひきちぎり、くちゃくちゃかみ砕いている。

 妻は頭部が半分なくかめないので、無理やり喉に魚を突っ込ませているが、大きいので入るわけがない。

「はは。細く切ってあげるよ」

 私は彼女に優しく言ってやる。

 また魚を捕ろうと、水の中に手をやると、細長いものが絡みついてきた。

 ぬめりとした感触。

 びっしりと手についたものは、長い髪の毛だった。

 懐中電灯を池の中に入れてみる。

 形を成していないが、骨のカケラみたいなものが、魚が起こす水流で踊っている。

 砕かれている?

 動物のものにしては、太く大きい骨がいくつもあった。
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