暗闇の家

因幡雄介

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『家族を失って数日たつ。

 すっかり生きる望みを失ってしまっていた。

 頭の中は後悔ばかりだ。

 なぜあの砂浜に妻と息子を行かせたのか。

 たまたま大雨が降り、高波が砂浜を襲うとは誰が想像しただろうか。

 神はなぜこんな試練を私に与えるのか。

 善良だった妻と息子がどんな罪を犯したというのか。

 私は酒浸りになり、胃の中にあるものをすべて出し、首をくくろうか考えていた。

 そしたらあいつがきた。

 ドアをノックするので、ふらつく足で開けてみると、怪物が立っていた。

 正確には、頭だけが怪物だった。

 体は人間の男なのだ。

 そいつは黒い男物のスーツを着て、ネクタイをしめていた。

 頭は、そう、タコだった。

 細長い四角の両目、吸盤のある足が口元でうねる、髪の毛がはえていない丸みのある頭は粘液で光っていた。

 あぜんとしている私に、そのタコ男は言った。



「家族を復活させたいと思うか?

 もし望むのなら、復活させてやろう。

 復活させるための儀式を教えてやろう。

 怖い?

 何が怖いのだ。

 お前は聖書を焼いたのではないか。

 罪のない妻と子を奪った神を信じなくなったのではないか。

 後ろ盾をなくしたというのに、何を恐れる必要があるのか。

 もし私のことを悪魔だと言うのなら、それでも力を借りたいと思わないのか。

 もう一度家族と会えるのだぞ?

 それとも拒否するか?

 わかった?

 それは受け入れか? それとも否定か?

 受け入れるのだな。

 いいだろう。

 もう一度家族に会わせてやろう」



 タコのくせに柔らかな口調で、私の欲望を刺激してくる。

 悪魔のささやきだった。

 だが、私は信心を捨てた身。

 悪魔だろうが、怪物だろうが、家族に会えるのであればどっちでもよかった。



 タコ男から【死者の書】という本をもらい、復活の儀式のやり方を教えてもらった。

 床に魔法陣を書き、死者の書にある呪文を唱えるだけだった。

 儀式を終えると、タコ男は家から出ていってしまった。

 やり方をノートに記しておく。



 イスに座っていると、夜中にドアがノックされた。

 開けると、妻と息子が立っていた。

 皮膚は水ぶくれしており、海藻が体に付着し、潮の香りと腐臭が混じる。

 私は喜び家族を迎え入れた。

 これでまた、元の日常に戻れるのだ。



 妻と息子は太陽の光を嫌がった。

 私は窓という窓を黒くしてやった。

 夜になると、ふたりははしゃいで外に出ていった。



 あれは本当に妻と息子だろうか?

 ある日、息子は小さな子犬を持ってくるといった。

 乱暴にもたれた黒い物体は、すでに生き物の形をしていなかった。

 子犬は首が折られ、ナイフで腹が切り裂かれていた。

 妻はそれを見て、きゃっきゃっと喜んだ。

 妻と息子は動物が好きで、妻は犬が車にひかれ、死んでいるのを見るだけで、涙を流していたほどだ。

 悪寒が走る。

 私はいったい、何を復活させたのだろう?



 妻と息子がどんどん凶暴になっていく。

 部屋を荒らし回り、物を破壊し、動物を見かけると追いかけて殺してしまう。

 太陽が照っている日は、生魚をくちゃくちゃふたりは食べている。

 私とのコミュニケーションも難しくなってきた。



 家の中は腐敗した臭いと、生魚でいっぱいだった。

 耐えられない。

 もうすべてを終わらせたい。



 夜、妻と息子が、私の部屋をノックしている。

 いや、乱暴にたたいている。

 早く出てこいと言わんばかりに。

 出れば、私は、殺されるのだろうか。



 ああ、神様、どうか、救いを』
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