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雪の季節【その2】 《現代怪談》
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雪山の遭難から生還し、二年後、神無月春永は古い石の階段を上っていた。
寒い気温に対応するために、黒のダウンジャケットを着ている。
ズボンはスリムなチノパンだ。
二十七歳なので、若者向けの服装でも十分似合った。
吐く息が白い。
手袋をしていても、山の頂上に近づくたびにかじかんでくる。
さわさわと、木の枝が冷風に揺れていた。
階段を上り終わると、大きなブナの木があった。
木の根を抱えている土は、専門家から言わせると、車二十台分はあるという。
老い木なので、樹皮は白髪のように白くなり、深いシワが入っていた。
ブナの木に近づく。地上から三メートルぐらいの太い枝に、女が座っている。口を緩ませた。
「雪江ー。迎えに来たよー」
雪江がブラブラさせていた両足を止める。
神無月雪江。
妻だ。
おなかは大きく、妊娠していた。
格好は、マタニティーウエアであるワンピースを着ている。年齢は二十三歳と若かった。
「はーい。春永君はやーい」
雪江が夫の名前を呼んだ。
「子供を身ごもっているってのに、よくこんな木上れるよな」
あきれて、ブナの太く長い根っこの上に立つ。
「なつかしいんだもん。私たちが初めて出会った場所じゃない。ここは」
雪江は楽しそうに笑うと、真っ青な空をながめる。
北のほうから来たためか、寒さに強く行動的だった。
明るさは、子供の頃、両親を亡くした反動なのだという。
「一年前だっけ? 俺が神木にお供えしにきたら、雪江がこの辺で倒れてたもんなぁ」
木の根っこを指さし、
「倒れてた理由が、『おなかすいたぁ~』だっけ。あきれてものも言えなかったよ」
一年前、うつぶせに倒れていた女に声をかけると、「おなかすきましたぁ」という返事がきた。
旅行で遊びにきたのだが、途中で道に迷ったという。
ブナの木は神木として雑誌に特集されたが、田舎にあったので、観光客は少ない。
来るとすれば、春永のような地元の人間だけだった。
だけど、ただの古くて大きなブナという認識なので、めったに来ない。
町おこしの材料にもならなかった。
「春永君こそ『大変だ! 110番だ!』って、警察なんて呼んできて、ふたりで謝ったよね」
「あー、忘れたい記憶」
「一生忘れられないわ」
雪江はクスクス笑った。その縁で結婚するまでに至った。
結婚にためらいはなかったがちゅうちょしていた。
一児の父親だったからだ。
娘の名前は神無月小春と言う。八歳になる。
亡き妻とは、高校を卒業して結婚した。
病弱だったためか、小春を出産後他界してしまう。
ショックで、仕事を辞め泣き続けた。
立ち直ったのは、小春の存在が大きかった。
妻の親戚が引き取ると言い出したとき、愛の結晶を奪われると思い、抵抗し、就職し、子供を守ってきた。
子育てに奮闘し、仕事で金を稼ぎ、ほかの女など見向きもしなかった。
雪江と出会って変わった。黒髪のロングを手でかき上げてみせると、目元が涼しく、笑うと花のような顔つき。
亡き妻にそっくりだった。
心が動き、妻に申し訳ないと思いつつも、彼女と一緒になることを選んだ。
小春に手がかからなくなり、雪江になついていたのも大きかった。
怖いくらい、幸せな日々を送っている。
「なんでいつも神木にお供えしてるの? 誰もそんなことしないよ?」
雪江は疑問だったのか聞いてくる。手は大きくなった、おなかをさすっていた。
「う~ん。神木には、精霊が宿ってるって言うだろ? それでだよ」
お供え用のまんじゅうをポケットから取り出すと、根っこの間に置いた。両手を合わせる。
「ふふっ、変な理由。誰がどう見ても、ただの木だよ?」
「俺は、何かが宿ってるって信じてるんだよ」
「ふ~ん。変なの」
「あんなことがなけりゃ、古い大木だとしか思ってなかったよなぁ」
頬を指でかく。
「あんなこと?」
一瞬、雪江の声が冷えた。
「いっいや、なんでもないよ。小春が小学校から帰ってくる。戻ろう」
「春永君」
雪江の様子が変だ。おなかを押さえ、苦しそうな表情になる。
「ごめん、産まれそう……」
「ええっ! 本当か! まっ待ってろ! 110番を!」
「だから、それ、警察……」
警察、救急車、地元の人間を呼び出し、雪江を病院に連れて行く。
オメデタに笑ってくれていたが、ペコペコ頭を下げていった。
寒い気温に対応するために、黒のダウンジャケットを着ている。
ズボンはスリムなチノパンだ。
二十七歳なので、若者向けの服装でも十分似合った。
吐く息が白い。
手袋をしていても、山の頂上に近づくたびにかじかんでくる。
さわさわと、木の枝が冷風に揺れていた。
階段を上り終わると、大きなブナの木があった。
木の根を抱えている土は、専門家から言わせると、車二十台分はあるという。
老い木なので、樹皮は白髪のように白くなり、深いシワが入っていた。
ブナの木に近づく。地上から三メートルぐらいの太い枝に、女が座っている。口を緩ませた。
「雪江ー。迎えに来たよー」
雪江がブラブラさせていた両足を止める。
神無月雪江。
妻だ。
おなかは大きく、妊娠していた。
格好は、マタニティーウエアであるワンピースを着ている。年齢は二十三歳と若かった。
「はーい。春永君はやーい」
雪江が夫の名前を呼んだ。
「子供を身ごもっているってのに、よくこんな木上れるよな」
あきれて、ブナの太く長い根っこの上に立つ。
「なつかしいんだもん。私たちが初めて出会った場所じゃない。ここは」
雪江は楽しそうに笑うと、真っ青な空をながめる。
北のほうから来たためか、寒さに強く行動的だった。
明るさは、子供の頃、両親を亡くした反動なのだという。
「一年前だっけ? 俺が神木にお供えしにきたら、雪江がこの辺で倒れてたもんなぁ」
木の根っこを指さし、
「倒れてた理由が、『おなかすいたぁ~』だっけ。あきれてものも言えなかったよ」
一年前、うつぶせに倒れていた女に声をかけると、「おなかすきましたぁ」という返事がきた。
旅行で遊びにきたのだが、途中で道に迷ったという。
ブナの木は神木として雑誌に特集されたが、田舎にあったので、観光客は少ない。
来るとすれば、春永のような地元の人間だけだった。
だけど、ただの古くて大きなブナという認識なので、めったに来ない。
町おこしの材料にもならなかった。
「春永君こそ『大変だ! 110番だ!』って、警察なんて呼んできて、ふたりで謝ったよね」
「あー、忘れたい記憶」
「一生忘れられないわ」
雪江はクスクス笑った。その縁で結婚するまでに至った。
結婚にためらいはなかったがちゅうちょしていた。
一児の父親だったからだ。
娘の名前は神無月小春と言う。八歳になる。
亡き妻とは、高校を卒業して結婚した。
病弱だったためか、小春を出産後他界してしまう。
ショックで、仕事を辞め泣き続けた。
立ち直ったのは、小春の存在が大きかった。
妻の親戚が引き取ると言い出したとき、愛の結晶を奪われると思い、抵抗し、就職し、子供を守ってきた。
子育てに奮闘し、仕事で金を稼ぎ、ほかの女など見向きもしなかった。
雪江と出会って変わった。黒髪のロングを手でかき上げてみせると、目元が涼しく、笑うと花のような顔つき。
亡き妻にそっくりだった。
心が動き、妻に申し訳ないと思いつつも、彼女と一緒になることを選んだ。
小春に手がかからなくなり、雪江になついていたのも大きかった。
怖いくらい、幸せな日々を送っている。
「なんでいつも神木にお供えしてるの? 誰もそんなことしないよ?」
雪江は疑問だったのか聞いてくる。手は大きくなった、おなかをさすっていた。
「う~ん。神木には、精霊が宿ってるって言うだろ? それでだよ」
お供え用のまんじゅうをポケットから取り出すと、根っこの間に置いた。両手を合わせる。
「ふふっ、変な理由。誰がどう見ても、ただの木だよ?」
「俺は、何かが宿ってるって信じてるんだよ」
「ふ~ん。変なの」
「あんなことがなけりゃ、古い大木だとしか思ってなかったよなぁ」
頬を指でかく。
「あんなこと?」
一瞬、雪江の声が冷えた。
「いっいや、なんでもないよ。小春が小学校から帰ってくる。戻ろう」
「春永君」
雪江の様子が変だ。おなかを押さえ、苦しそうな表情になる。
「ごめん、産まれそう……」
「ええっ! 本当か! まっ待ってろ! 110番を!」
「だから、それ、警察……」
警察、救急車、地元の人間を呼び出し、雪江を病院に連れて行く。
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