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愛を取り戻せ 《SF》

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 私が研究室で優雅にコーヒーを飲んでいると、突然博士がノックもせずに部屋に入ってきた。


「ミツコ君! 過去や未来に行ける、タイムマシンが完成したぞ!」


 博士は喜々として大声一発。

 黒い液体を吐きそうになるが、無理やり飲み込む。


「どうした? 早く来い!」


 せかす博士。


 ――この髭オヤジ!


 エレガントな時間をつぶされ不機嫌になる。

 自慢気にはやしている髭をむしりとってやろうかと思いつつ、部屋を出て博士についていく。

 タイムマシンとやらが置いてある場所には、灰色のロッカーがあった。


「チョビヒゲ。タイムマシンはどこにあるのかね?」

「目の前にあるだろうが。あのロッカーみたいなのがタイムマシンだ。あとチョビヒゲ言うな」


 どうやらあれがタイムマシンらしい。

 ロッカーにしか見えん。デザインが悪すぎる。

 研究一筋の男は審美眼というものがないのか。


「で? 何をたくらんでいる?」

「未来に行って、当たる宝くじや馬券の番号を覚えるに決まってるじゃないか」


 くだらない。少しは世の中を平和にしようとか思わないのか?


「じゃ、博士一人でがんばってください。私は仕事がありますので」


 引き返してコーヒーを入れ直そうとすると、


「ミツコ君。最近ホスト通いがやめられないんだってね?」


 ピタッと足が止まった。


「十年間付き合ってきた彼氏にふられたんだろ? 原因は『お前との家庭は考えられない』。仕事ばっかりやって、デートをほとんどしなかったらしいじゃないか」


 チョビヒゲェェェェェ!


 私は血管を額に浮かばせ、


「貴様! なぜそれを知っている! 親にも話しとらんことを!」


 大声で怒鳴った。


「ふふ。このタイムマシンさ。仕事に身が入っていなかったみたいなのでね。過去に行って原因を調査したのさ。ふられたのは、この研究室のとなりにある公園なのだろう? 強気な君が、男が去ったあと、大泣きしている所まで見学させてもらった」

「ぐうぅぅぅっ!」


 何も言えない。真実だからだ。

 博士は両手を背中にやり、



「ミツコ。――俺と愛を取り戻さないか?」



 なぜいきなり呼び捨て?


「……取り戻せるのなら。取り戻したい」

「手伝ってくれるのなら、このマシンを貸してやってもいい」

「……そういうことか。いいだろう」


 彼のことは、今でも愛している。

 別れた原因は、全面的に私が悪い。失ってから気づくという、アホな後悔をなくしたい。

 博士は喜んで、


「それでは今から未来に行くぞ。狙うのは一億円クラスの宝くじだ。数字が印字されているのではなく、数字選択式のやつを覚えるぞ。いいか?」

「わかった」

「ちなみに日本の歴史は改変できない。織田信長は本能寺の変で必ず死ぬ。番号をひかえたらすばやく帰るんだ」

「博士。お前も別れた奥さんを取り戻したいか?」

「いいや。俺は金がほしいだけ」

「……そうか」


 仕事はさっさと終わらすことにしよう。


 未来に行った私たちは、タイムマシンに鍵をかけたまま置いていった。

 見た目は普通のロッカーにしか見えないので、中に入って操作しようなどと誰も思わないだろう。


 宝くじ売り場では、中毒者たちがテレビの画面にくぎ付けだった。

 九つの一から九までの番号が書かれ、回転しているダーツボードに、ダーツの達人が矢を飛ばすだけだ。

 シンプルだが当たりにくい。

 九桁の番号をしっかりメモってすばやく帰る。


 これで一億が手に入るのだから安いものだ。


 宝くじ当選番号発表日。

 博士は青い顔をして帰ってきた。

 嫌な予感がして、


「当たったのだろう?」

「……外した。最後の番号を書き間違えた」

「なんだと貴様。その髭むしってやろうか!」

「まままてって! 次は間違えない! もういちど未来へ行こう!」


 だが、なんど未来に行って番号を覚えて帰っても、必ずどこかの数字を間違えた。

 博士がボケてきたと思い、私がやってみたが、やはり番号を間違える。

 見えない力に操作されているようだった。

 十三回以上繰り返し、ふとあることに気づいた。


「博士。歴史は改変できないんだったな?」

「あ~ん? そうだよ」


 博士は昼間から酒びたりである。

 金が手に入らないからヤケになっている。


「――じゃあ。未来で宝くじの番号をメモしても、当たる人の所にいってしまうんじゃないか? 別れた妻とよりを戻せないように」

「……ああっ!」


 寝ていたソファからガバッと起き上がる博士。

《歴史を改変できない》ということは、《未来も改変できない》し、《過去も改変できない》ということである。


 今から婚活しようと決意した。




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