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ホラーゲーム『デス・スペースシップ』

おいたん

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 白い巨人に見下ろされているようだ。

 体の芯からくる震えは、恐怖からか、戦闘欲求からなのかわからなかった。

 私は拍手をし、

「はっはっはっはっはっ。この私をだましたということだな? ヒロインが悪堕ちするのはよくあるパターンだが、まさか君がこんなことをするとは思わなかったよ」
「なぜですか?」
「君はとてつもなく恵まれているからだ」

 意味不明なのか、七瀬は言葉をつまらせる。

「確かに君はパワードスーツを装着していない。私のような神の力すら持っていない。しかし、大学まで入学し、ここに就職することができた。目的はなんであれ、サポートしてくれた人や、友達がいたということだ。神の力はなかったが、強運は持っていたということだよ」
「…………」

 七瀬は何も言わない。

 図星か?

 もう少し揺さぶってみることにした。

「たかだか現実世界に帰るという理由だけで、地球にクリーチャーを持っていき、君を育ててくれた人や友人を殺すのかね? この宇宙ステーションにも、同期がいたんじゃないのかね? 君の上司であるサイホンは、病院には行ったほうがいいが、優秀だしほぼ無害だ。何よりも、君をママと慕ってくれたクルミをころっ……!?」

 突然巨大な白い手で身体をつかまれた。

 すさまじい力で持ち上げられる。

「ぐっおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 パワードスーツがきしみ、悲鳴を上げ始める。

 七瀬は私を目の前に持っていき、

「あなたに……何がわかるんですかっ!!」

 地上にはえている岩や空中に浮く岩を、私を使って破壊し始める。

 岩はカケラとなって飛び上がり、重力のない空中へと浮遊していく。

「10年以上ですよ!! 10年以上もずっと計画を練って、心を殺して人と付き合ってきたんです!! こんな訳のわからない世界で、人でもない人間たちと付き合って!! 本当の両親に会えることだけをずっと願って!!」

 形ある岩がすべて私の体で砕かれた。

 両目の映像にノイズが並ぶ。

 文曲は反応すらしてこない。

「あなたはいいですよね!! いい年して、もう人生に未来がないからこの世界を受け入れてるんでしょ!? 男はいくつになっても子供だからっ!!!!」

 七瀬は私の体を逆さにして、頭から地面に突き落とした。

 浮遊した台地にクモのような亀裂が走る。

 両手両足は七瀬の手によりにぎりつぶされ、もはや機能すらしていなかった。

「あなたなら私の気持ちがわかると思いました!! 同じ異世界から転移してきた人間だから!! だけど話すのも無駄でしたね!! ただの説教好きのオッサンなんだから!! ここで一生説教してればいいじゃない!!」

 言葉に間をあけるたびに、七瀬は私を地面へと突き落とす。

 なんど頭部を地面に落とされただろう。

 すでに大地はその機能を失い、人が立てるだけの面積が砕かれていた。

 七瀬は身動きしない私を持ち上げ、


「あなたを殺すつもりはありませんでした。おもしろい人だったので。――さようなら」


 私を岩壁に投げつけた。

 大きな爆音、岩が崩れて私を埋める、茶色な煙が白い巨大な彼女を隠していく。

 私は崩れてきた岩を手でどけ、右腕だけを出して彼女に向かってかかげ、

「ぐっ……あっ……おっ、驚いたよ……」

 背中を向けた七瀬がこちらに振り向く。


「驚いたよ七瀬君!!!! 君の思いはその程度だったのかね!!!! 痛くもかゆくもないわ!!!!」
『パワードスーツの損傷率0%。六道さんは無傷です』


 文曲のスピーカーが大きく響く。

 私は崩れてきて、身体を埋めた岩をぶちとばし、面積が小さくなった地面に足を入れる。

 七瀬の冷徹な表情が初めて崩れ、動揺が走っている。

 パワードスーツの両目から出る照明が赤く染まり、装甲の隙間から白い煙が噴出した。

 転がった岩を踏みつけて砕いていく。

「うそ……どうして? ここは私の精神世界なはずなのに? 物理法則は通用しないはずなのに? どうして無傷なの?」

 七瀬の体が少し後ろに引いた。

「その程度の力で世界を壊すだと? 片腹痛いわ!! もっと私に思いをぶつけてきたまえ!!!!」

 私は拳を強くにぎりしめる。

 七瀬は大きく咆哮すると、全身に血管を浮き出させ、右腕を振り上げた。

 私も右腕を振り上げる。

 七瀬が拳を振り下ろしたと同時に、私も拳を突き上げた。

 ふたつの拳が重なり合い、すさまじい風圧で、岩という岩を吹き飛ばし、無の空間へと変えていく。

 七瀬の腕にガラスのようなヒビが入った。

 それは肩から頭部へと到達し、全身に広がっていく。


「そん……な……あなたは何者なの?」
「――私は38歳のただのオッサンだ」


 砕け散った七瀬とともに、精神世界も破壊された。

 気づけば、電子の嵐がやんだ塔の出入り口前に立っていた。

 元に戻った七瀬は、腕で自分の胸を抱え、両膝を折り曲げて座っている。

 私は何も言わず、彼女のすぐそばを通りすぎ、クルミがいる塔の内部に向かった。

 塔の扉の前に立つ。

「クルミを、殺すんですか?」

 七瀬が振り向かず、背中を向けたままそう言った。

「クリーチャーを殲滅することが、ホラーゲームのクリア条件だからな」

 残酷なようだが、それが答えだった。


「六道さん。私は、どうしたら良かったんでしょう?」
「――君は新しい世界で、新しい幸せを見つけるべきだった」

 
 そう七瀬に言い残し、私は塔の内部に入った。

 中は円柱が立ち並び、壁に複雑な模様を描いている。

 キョットウォークの中心には、神殿にありそうな台座があった。

 そこにクルミが寝かされていた。

 天井からは太陽のような明かりが、少女に差し込み照らしている。

 天使のようだった。

 私はクルミに近づき、見下ろした。

 クルミは私に気づいて、安心したのか、そっとほほ笑みを見せる。

 小さな手をのばし、苦しそうに体を震わせた。


「おいたん……抱っこ……して…………」


 私は言われるがまま、クルミに向かって手をのばす。

 もうすぐ少女の手に届きそうになる。 

 あと少しのところで、クルミの力が抜け、台座の下に手がたれた。

 そしてクルミは両目を閉じ、もう、動くことはなかった。

『心肺停止。クルミの死亡を確認しました』

 文曲が死亡宣言し、私の腕から力が抜け、のばした手が下にぶらさがる。

 クルミはかわいらしい寝顔を向けてくれた。

 空を見上げた。

 明るい閃光の中で、クルミが天国に向かうのではないかと探したが、揺れているのは白いホコリのようなものばかりだった。

 それでもクルミは、きっと、空へと昇っている途中だと信じ、口を開く。


「何。寂しがることはない。私も年だ。君にはすぐに会えるだろう」

『細胞の異常な分裂を確認。熱源再反応。身体を作り替えています』

「そうだ。もし会えたのなら、今度は抱っこではなく、肩車をしてあげよう」

『骨格の巨大化を確認。空気中の粒子を吸収しています。莫大なエネルギーが発生中』

「そしたらふたりで――いろんな所を旅しような」

『最終ステージボス、クルミ。――殲滅を開始します』
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