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最終章 崩壊都市

エコーという名の女神

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 鉄人が近づいてくる。

 アゲハの止まっていた思考回路が、再びフル回転し始めた。



 ――駄目だ。もう何を言っても、私がエコーズだと信用されない。それなら……。



 アゲハは覚悟を決めた。

 鉄人を真っ直ぐ見据える。


「あなたがここに来た理由は何? こんな所に来たって、何もないと思うけど?」


 アゲハは作戦を実行した。

 鉄人の動きが止まる。

 予想通りの反応だ。

 ――できるだけ、カンタロウ君とシオンが逃げる距離を稼ぐ。どうせ神脈装置を破壊されたら、結界は破られる。たぶん走る速さは遅いと思うけど、念のため。

 アゲハは時間稼ぎを選択した。

 苦肉の策だった。

「ほう? 我から逃げることを諦め、戦うというのか?」



「そうだよ。その前に教えて、あなたは何で、ここにいるの?」



 まだアゲハは、鉄人と戦う覚悟はできていない。

 それでも、そう言っておけば、少しでも足止めになるかもしれない。

 二人を守るためなら、どんなことでもする決心だった。

 鉄人は赤い両目で、アゲハを見つめ、




「……いいだろう。ある者に聞いたのだ。ここで人間が、少女の女神を作っているとな」




 重い口を開き始めた。

 アゲハの思惑はうまくいった。

 ――シオンのこと?

 アゲハの思考はそこにたどりついた。

 少女の女神。

 シオンのことを思い出せば、あの姿は女神に見えなくもない。

 クロワはシオンを女神にし、信者集めに利用したかったのだから、間違いない。





「我はそれを――殺しに来た」




 鉄人の重い声からでる、不吉な単語。

 ――えっ?

 アゲハはいきなりでてきた殺意に、目を丸くし、

「どうして? 何のために?」


「その表情……やはり、女神を知っているな?」


 巨体な体格をしている割に、鉄人の観察眼は鋭かった。

 ――しまった……。

 アゲハは声にはださなかったが、表情で見破られてしまった。


「まあいい、説明を続けてやる。今のエコーズは、白蛇の奴が王になってから、戦う気力をなくし、かつて敵だった種族どもと仲良くしようとしている。まさしく、牙を抜かれた狼よ」


 鉄人の言う、白蛇とは、三代目のエコーズの王、コウダのことだ。

 元は鉄人と同じく、十神人の一人として大陸戦争に参戦していた。

 アゲハに任務を伝えた、エコーズでもある。


「そこで我が、人間に蹂躙された女神の死体を連れ、同族に見せつける。そうすれば、原始より抱いていた、我等の他の種族に対する憎悪が、再び渦を巻き、最後の戦争が始まるだろう。もし、白蛇が反対するのなら、我は奴を殺す」


 鉄人の他の種族に対する憎悪。

 アゲハは鉄人の目的がすぐにわかり、




 ――そうか。そういうことか。原始の憎悪とは。私達が神に愛されないという憎しみ。




 鉄人がシオンに執着している理由。

 戦争の火種とするため。

 エコーズが最も憎み、愛する母を殺すため。




「あなたは――【エコー】を殺そうとしているのね」




 アゲハは断言する。

 鉄人はニヤリと笑い、



「よく知っているな。獣人の娘よ。お前達にとっては、禁忌とされた神、悪神の象徴だものな」



 アゲハは自分の記憶を探った。

 エトピリカ大陸にいたとき、自分をお世話してくれた、サラに聞いた女神の話。

 エコーズであれば、誰でも知っている昔話。



「エコーとは、エコーズの最初の母。その昔、神々がまだ存在していた時代。すべての神を消滅させ、神脈の中へと閉じ込めた、邪悪な女神。だから、一桁詠唱で、神の力を使用するとき、私達は神の名前を名乗らない。なぜなら、力だけの存在となり、名前がわからないから。後にエコーは、母大樹となり、エコーズを産み続けた」



 アゲハが一桁詠唱で魔法を唱えるとき、詠唱者は神の名前を叫ぶ。

 イメージした魔法を、言葉で具現化させ、発動させる。

 例えば、アゲハは『水神』という神の力を呼びだし、あとはイメージした魔法を言葉にだして、水系の魔力を発動させる。

 その際に口にだす、『水神』の名前を、誰も知らない。

 なぜなら、神脈に溶け込んだ力のみの存在なので、誰も名前がわからないのだ。



 その原因となったのがエコー。



 現在は大樹となり、エコーズを産み続けている母。

 エコーズが唯一崇拝する神。

 アゲハと鉄人は、すでに、かつてエコーと呼ばれた母大樹が亡くなっていることをまだ知らない。



「そうか。だから、あの子を殺そうとするんだ。エコーとは――少女の女神だから」



 エコーは、背に翼をはやし、姿形は少女のように可憐だった。



 クロワは意図して、エコーを作ったのではなかったのだろうが、今のシオンの姿はエコーにそっくりで、偶然にも似すぎている。



 それで鉄人に狙われるようになったのだ。

 鉄人は腕を組み、アゲハの知識に感心し、

「賢い娘だ。なるほど、ただの馬鹿ではないな」

 鉄人の評価のとおり、アゲハはさらに奥深い事実まで頭を巡らせていた。


 鉄人にシオンの存在を教えた人物。


 エコーズである鉄人は、他の種族の言うことなど信じはしない。

 もし、彼が信じるとしたら、自分と同じエコーズ。

 そのことに気づき、アゲハの背筋に冷たい悪寒が走る。

 そんなアゲハの様子に気づかず、鉄人は口を開いた。

「不平等な帝国平和条約により、我々はエコーの信仰を禁止された。もちろん、元々エコーを信仰していない者もいた。しかし、もし、我等の母が、人間に侮辱されるために作られていたとしたら。そして、その女神が死んだとしたら。それは信仰の死であり、我等の心の死でもある。理性を失った者達は、怒りの炎で世界を覆う」

 鉄人の言いたいことはわかる。

 アゲハは顔をしかめ、



「その起爆剤となろうとしているのね。あなたが。――とても愚かだわ」



 鉄人の赤い目が笑い、




「愚かなのは、その火種を作った人間だとは思わんのか? 獣人の娘よ」




 アゲハは何も言い返せない。

 シオンを作った理由は、他人の欲望を満たしたいだけ。

 そのためだけに作られ、少女の意志は置き去りにされた。



 姉のために救いの神になろうとした少女は、怪物になったとわかったとたん、仲間の信者や身内からも見捨てられた。



 だから、アゲハはマリアと別れる際、きつい言葉を浴びせてしまった。

 たとえ今まで戦ってきた仲間でも、その態度だけは許せなかった。

「さて、ここまで知ったからには、生かして帰すわけにはいかん。覚悟はできているな? さっさと離れていく気配を、追わねばならない」

 鉄人は、カンタロウとシオンの気配を察知している。

 ――気配を読みとられている。もう、逃げられない。

 アゲハは逃げることをやめた。

 逃げても、鉄人はどこまでも追ってくる。

 ここで倒して、カンタロウを、シオンを、そして種族を守る。

 皆を守るため、小柄なアゲハは細い剣を構え、巨悪の前に立ちふさがり、



「いい加減、馴染めば? この平和な世界に。年を取りすぎたあなたはもう狂ってる。必ず私が止める」



 アゲハの右目が赤く染まる。炎のように、真っ赤に燃え上がった。



「やってみろ――どこまで時間稼ぎができるか、な」



 鉄人は指の関節を鳴らすと、野獣のような目つきで、アゲハを睨んだ。
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