上 下
64 / 89
最終章 崩壊都市

マリアの嫉妬

しおりを挟む



 旅立ちが始まって、四日後。


 剣帝国南東、結界都市コラーダ。

 数千規模の人口が住む都市に、朝方、カンタロウ達が到着した。

 この都市は、夜中は月の都レベル5を発動させるなど、安全性の向上に努めていた。


 町の中では多民族国家らしく、亜人や妖精が普通に通りを歩いており、どちらかというと人間が多い。

 武器や防具、珍しい食料など、商業も活性化し、宿場も連なっている。

 カンタロウが普段着ている和装の格好をした武人がいるのも、剣帝国ならではの光景だ。


 カンタロウ、アゲハ、マリア、ツバメは、料理店の外でお昼ご飯を食べていた。

 卵を使ったサラダに、野菜のスープ、パンと久しぶりのごちそうだ。

 他にも食事に来たお客でいっぱいで、すでにテーブルに空きはなかった。


 マリアは丁寧に、パンにスープを乗せ、食事を進めている。

 アゲハも意外にマナーが良く、マリアと同じ食べ方をしていた。

 ツバメだけはガツガツ食事を口に運び、すでに食べ物はなかった。



 カンタロウは食事が進んでおらず、まだ何も手をつけていない。



「ふぅ。さすが都市だね。結界も、最新式の月の都レベル5を発動できるみたいだし。上流階層のお嬢様もいっぱいいるじゃないかい。うへへへへっ」

 暇になったツバメは、道を歩く女性達を、いやらしい目つきで眺めていた。


 旅など無縁そうな、綺麗な洋服を着た女性が多い。

 口紅や化粧もきちんとされている。日傘をさし、優雅に整備された道を歩く。


「ツバメさん。ヨダレ、でてますよ」


 マリアは清潔な布で口を拭い、ツバメに注意する。

「おっと、失礼。お嬢様」

 ツバメは手にコップを取ると、お茶をぐびっと飲み込んだ。


「このお茶腐ってるね。マリア、そっちのお茶くれよ」

「嫌ですよ。これ、私が飲んでいるんです」

「いいからおくれよ」

「間接キス狙いでしょ? 絶対に無理です」


 ツバメの意図がわかるのか、マリアは決して妥協しなかった。

「ちぇ」ツバメは口を尖らした。



「カンタロウ君。大丈夫? 調子悪そうだけど?」



 食事を終えたアゲハが、まだ少ししか食べていない、カンタロウのことを気にし始めた。

 顔を見る限りは普段通りで、調子が悪そうには見えない。

 しかし、どこか気迫がない。

 後ろでカンタロウを見た女性達が、手で口を隠しながら噂し合っているのを、気にもしていない所はいつもどおりだ。




「ああ、大丈夫だ。母さんと別れて、もう十四日だが――まだ耐えられる」




「カンタロウ君。まだ四日」

 アゲハがカンタロウにツッコむ。


 ホームシックの兆候が出始めているのか、すでに日付の感覚がおかしくなりつつあった。


「ツバメさん。あと何日で着きますか?」

 マリアが食事を終え、ツバメに今後の予定を聞いてみる。

「そうだねぇ……。あと七日で着くかね。まっ、ちょっと剣帝国から離れるだけさね」

 ツバメはそう答えた。




「そうか。あと一年か……」




「カンタロウ君。七日」

 アゲハのカンタロウツッコみ二回目。

 すでに耳までおかしくなっていた。

 カンタロウが椅子から立ち上がり、

「トイレに行ってくる」

 都市の公園にある、公衆トイレにむかう。

 店のトイレは人が多く、列を作っているからだ。

 カンタロウは歩く途中、足同士がぶつかったり、壁に手をついたりと、調子の悪さは表情ではなく体にでていた。

「ふらついてる、ふらついてる」

 アゲハは両手に顎を乗せ、カンタロウの様子を見守っている。

「かなりきてますね。お食事も進んでいませんし……」

 マリアは心配そうに、残された食事を見つめた。

「なあ、カンタロウっちって、いつもああなのかい?」

「まあ母、ヒナゲシと離れるといつもああだね。そろそろ、幻聴とか幻覚とかが見えだすよ」


「それ、ひどすぎでないかい? 病院行ったらどうなんだい?」


 アゲハからカンタロウの病状を聞き、ツバメも、心配になってきていた。

「私が代わりになって、あげられればいいんですけど……」

「何マリア? 何言っちゃってんの?」

 アゲハがマリアに細い視線をむける。

「そうだよマリア。恋しまくってんじゃないか」

 ツバメもマリアに、アゲハと同じ視線をむけた。

「マリアがぁ。ヒナゲシママの代わりにぃ。カンタロウ君に甘えられたいってことねぇ」

「ママになりたいだなんて、やだよほんとに。夜たっぷり、甘えられたらいいじゃないさ。ザ・お母さんプレイだよぉ」

 二人の冷やかしに、マリアの頬が赤く染まり、

「やめてください二人とも。お母さんプレイってなんですか?」

「そうだよ。なんなの? お母さんプレイって?」

 アゲハが意味のわからない単語に、反応した。

「やれやれ。まだお子ちゃまには早いけど、ヒントをあげようかね。――哺乳瓶を……」

 槍の刃が、ツバメの前で踊った。



「ツバメさん。地獄へ行きますか?」



 マリアが笑いながら、ツバメにむかって槍をむけている。

「やだよマリア。ちょっとしたジョークじゃないかい」

 ツバメは必死で、マリアの怒りを静めていた。



 二十分が経過した。

 カンタロウはまだ帰って来ない。

 食事はすでに下げられている。支払いも終わった。

 アゲハは暇なので、長い金髪を、指でグルグルこね、

「遅いね。カンタロウ君」

「本当だよ。もう十分以上たってるね。大の方にしても遅いよ」

 ツバメは貧乏ゆすりをしている。

 マリアは白い髪を、櫛で綺麗にとかしていた。そして、櫛を花柄の小物にしまうと、顔を上げる。

「まさか、道の途中で、幻覚を追いかけてるんじゃ」

「ありうるな。それ」

 マリアに言われ、アゲハは椅子から立ち上がる。

 ツバメも立ち上がり、

「ちょっと公衆トイレに行ってみるかい?」

「はい。行ってみましょう」

 マリアは深くうなずく。



 三人は料理店を後にし、公園にむかった。

 公園は料理店のすぐ近くにあった。

 透き通った水の上にある、石でできた橋を渡ると、森のような木が植えられている公園につく。

 緑の絨毯で、市民がお弁当を食べたり、日向ぼっこをしている。

 雲はなく、晴天で、しかも風も穏やかなのだから、今日は人がかなり多かった。


 すぐに公衆トイレを見つけると、ツバメは遠慮なく男子トイレに入っていった。

 アゲハも入ろうとしたが、マリアに慌てて止められる。

 男の悲鳴が聞こえた後で、ツバメがトイレからでてきて、

「トイレにはいなかったよ」

「大の方にも?」

「大の方にも。おっさんしかいなかった」

 アゲハの問いに答える。


「まさか、覗いたんですか?」マリアはツバメのデリカシーのなさに、貧血を起こしそうになった。


 アゲハは両手を腰にやり、天を見上げて、

「やっぱ幻覚追いかけてんじゃん。もう、めんどくさいなぁ」

「とっ、とにかく、探しましょ」

 立ち直ったマリアに言われ、三人はカンタロウを探すことにした。


 しばらく公園内を歩いていると、石の道から外れた所に、お花畑が続いていた。

 ツバメが何となく、花を眺めていると、見覚えのある後ろ姿が立っている。



 気になり、道から土の地面に乗りだし、近づいていくと、刀を持った男の剣士が、三人の女に囲まれていた。



「あっ! いたいた! いたよ! カンタロウっちが!」

 ツバメは二人を呼ぶために、叫んだ。あの後ろ姿は間違いなく、カンタロウだ。

 アゲハが反応し、

「えっ? どこに?」

「ほらっ、あそこ」

 ツバメが指さす方向に、確かにカンタロウがいた。しかし、カンタロウを囲む女達には見覚えがない。

 三人はとりあえず、木の影に隠れて様子を見ることにした。

「本当ですね。でも……」

「女に囲まれてるね」

 マリアとアゲハも、カンタロウの状況に気づいた。


 カンタロウを囲む三人の女達は、フリフリなドレスに、丸くリボンのついた靴、手には日傘を持っている。

 どの品物も高級品で、綺麗な色が輝いている。

 どう見ても、庶民や旅人ではない服装だ。

 三人とも若く、カンタロウと同年齢ぐらいだった。

「綺麗なお洋服……」

 マリアが羨ましそうに、女達を眺めた。

「ありゃ上流階級のお嬢様方だねぇ。世間知らずが。見た目がちょっといい男に盛っちゃってさ。羨ましいじゃないか! カンタロウっち!」

 ツバメが嫉妬を遠慮なく、口にだした。


 様子を見てみると、カンタロウは女達を避けようと、必死で首を振っている。

 しかし、金色の髪をした女は、毅然とした態度で、カンタロウに話しかけていた。

 他の二人は、その様子を見守っている。


 カンタロウの困惑した表情が見える。



「――助けなきゃ。カンタロウ様を」



 マリアは背に持っている、槍に手をやった。目がギラついている。

「マリア。槍に手をかけるの、とりあえずやめよう」

 アゲハは冷静に、マリアの凶行を止める。

「なんでカンタロウっち。あんな所にいるんだい?」

 ツバメはふと、疑問に思った。

 公衆トイレから、お花畑まで、だいぶ距離がある。料理店はここから反対側だ。


「母親の幻覚、追いかけてたんじゃないの?」


 アゲハは正解をすぐに答えた。

「すごいねその幻覚。すさまじい力だよ。あっ! やばいよ! 女がカンタロウの手を引っ張ってる! このままじゃ、お持ち帰りされちまうよ! カンタロウっちの純血が汚されちまう!」

 ツバメが興奮して叫ぶ。


 金髪の女が、カンタロウの腕をつかんでいる。

 驚いたカンタロウは、もう一方の腕で拒否しているが、今度は黒髪の女がその腕をつかんだ。

 最後には、茶色の髪の女が、カンタロウを誘導すべく腰に手を置いている。

 三人とも見知らぬ男に、触れることに抵抗はなく、むしろ嬉しそうな笑顔だ。



「やっぱり、ヤルしか……」



 マリアは槍の柄を、ギュッと握りしめた。体全体から、どす黒いオーラが流れる。

 不気味な風が、マリアの体から流れた。

「マリア、だから槍に手をかけないでってば」

 アゲハはマリアの暴走を、必死でなだめる。



「ああっ! カンタロウっちが!」



 ツバメが絶望的な声を上げた。


 カンタロウは三人の女達に、どこかに連れ去られようとしている。

 女より力の強い男だが、持病のためか、抵抗する力が弱い。

 ズルズルとどこかへ、カンタロウは運ばれていく。

「やばいね、これは。カンタロウ君。持病でまるで力が入ってない。あれ? でもこのパターンて、普通女の子なんじゃないの? 女の子が凶悪な男共に、囲まれるアレなんじゃないの? なんか逆じゃね?」

 アゲハは妙なパターンに、疑問符が頭についた。



「あたしが行ってやるよ。任せな」



 ツバメは木から飛びだすと、三人の女達にのっしのっしとむかっていき、

「ちょっと待ちな! あんた達!」

 大きな声に、三人の女達がビクッと震える。

 カンタロウはその声が、ツバメのものだとすぐに気づいた。

「あら? どちら様ですの?」

 金髪の気の強そうな女が、ツバメをいぶかしげに見つめる。

 カンタロウの腕を、一番最初に握った人物だ。

 細く、綺麗な眉に、物怖じしない眼光、気品が表情からもあふれている。


「……ツバメ」


 カンタロウの弱々しい声が聞こえる。


 ツバメは助けにきたぞと言わんばかりのウインクをして、

「そいつをどうするつもりだい?」

「えっ? あっ、ああ。カンタロウさんのことね。この方少し調子が悪そうなので、私のお屋敷に案内しようと思っただけですわ」

 カンタロウを助けようとしていたのだ。

 好意も含まれているのだろう。

 カンタロウを見つめる目が、どこか優し気だ。


「そうかい。あたしの名前はツバメ。あんた達は?」


 ツバメが女達の名前を求めてきた。女達はお互い目を合わせたが、相手が名乗っているのに、名乗らないわけにはいかない。

「私はセルシアですわ」

 金髪の女が名乗った。

「私はセリナです」

 茶色の髪の女が、笑顔で名乗る。弓形の眉、細く大人びた目、落ち着きのある女性だ。

「私は、リリ」

 黒髪の女が、セルシアの背中に隠れ、名乗った。斜めの眉から、気の強そうな印象を受けるが、性格は臆病のようだ。警戒心を露わにしている。




「よし。お前達、よく聞きな。その男は、あたしの犬一号さ! あたしはその男の飼い主さね。さあ、離れな!」




 どうやらツバメの作戦は、犬とその飼い主路線でいくようだ。

 自分を親指でさし、強烈な自己主張をした。

 三人の女性達は、目をパチクリさせる。


「……お前」


 カンタロウの頭の血管が、あと少しで切れそうになった。

「本当ですか?」

 セリナが、カンタロウの顔色をうかがう。しかし、カンタロウは頭の中が真っ白になり、何も答えられない。

 三人のお嬢様は、ツバメの言うことを信じてしまった。

「かわいそう。助けなきゃ」

 リリがセルシアに訴える。恐らく、犬とは奴隷のことだと思われているのだろう。

「そうですわね。わかりました。私が彼を買いましょう」

 セルシアが一歩、ツバメの前にでた。

「……えっ?」

「おいくらかしら?」

「ちょ、本気かい?」

「嘘なんて、つきませんよ」



「……よし、売った!」



 ツバメは商談が成立し、グッと拳を握りしめた。

「おっ、お前な……」

 カンタロウは初めて、ペットとして売られていく、子犬の気持ちがわかった。

「うわっ、商談成立しちゃったよ」

 木の影に隠れていたアゲハは、ツバメ達の会話をすべて聞いていた。

「ツバメさんて、本物の馬鹿なんですね」

 マリアは呆れきっていた。


「じゃ、次は私だな」


「大丈夫ですか?」

「大丈夫。へぇきへぇき」

 アゲハは木からでると、自信満々で三人の女性達の前に立ち、



「ちょっと待て。その女は詐欺師だ。お金を渡しちゃ駄目だよ」



「えっ? そうでしたの?」

 財布を開きかけたセルシアの手が、ピタリと止まる。

「なっ、何言いだすんだい! そういうあんたは何者なんだい?」

 ツバメは嘘がバレ、犯罪者のように慌てふためいた。




「私はアゲハ。その男の、愛人だ!」




 アゲハの予想では、これで女達は泣きながら諦めて帰るだろうと思っていた。

 自分の美貌の前に、男を差しだすと考えているのだ。

 これは過剰な自信がなければ、できない行為である。


「…………」

「…………」

「…………」


 女達は予想に反して、きょとんとするばかりで、何の反応もなかった。

「あっあれ? どうしたの? うわっ!」

 急にセリナとリリが、アゲハに抱きついてきた。アゲハは何が起こったのかわからず、困惑している。



「可愛い子!」

「やだ、愛人だって! そんなにお兄さんを独占したいの?」



 カンタロウの妹だと思われているようだ。

 人間の多い都市で、獣人の女の子は珍しい。

 アゲハの見た目は、この都市では可愛らしいお人形さんのように見えていた。

「可愛い妹さんね。獣人?」

「……そうだな」

 カンタロウはセルシアに、アゲハは自分の妹だと認めた。すでにもうどうでもいい気持ちになっていた。



「違う! 私は妹じゃなくって、って、誰がお前の妹だっ! 助けろカンタロウ君!」



 アゲハの叫びは、カンタロウの耳には入っていなかった。


 ――アゲハさんがやられてしまった……私が何とかしなきゃ……。


 マリアは大きく深呼吸すると、木からでていき、女達の前に立ち、




「失礼します。使いの者達の、ご無礼をお許しください」




 丁寧な言葉を使い、品のある態度を見せる。

 誰もがマリアに注目した。

 マリアの白い髪が、風に揺れ、美しく光る。凛とした茶色の瞳が、女達を映した。

「あなたは?」

 セルシアはマリアに、ただならぬ雰囲気を感じ、表情を引き締めた。



「私の名前はマリア・ルーベンス。この者達の主人です。そしてその方は――私の婚約者です」



 マリアの声が、カンタロウの耳に入る。

「えっ?」

 カンタロウはつい、マリアに視線をむける。

「ねっ、カンタロウ様」

 優しい瞳で、マリアは笑っている。

「……ああ、そうだ」

 カンタロウはマリアの意図を読み、そう答えた。

「私達、旅をしてまして、この都市は初めて来たのです。都市を見学してましたら、どうやら私の婚約者が迷子になってしまいまして。それで、使いの者に探させていたのです」

 マリアの言うことは、すべて嘘だ。しかし、その淀みのない口調から、嘘を発見するのは難しかった。

 ツバメとアゲハも、何も言えず、動向を見守っている。

「そうでしたの……それじゃ、お誘いするわけにはいきませんわね」

「残念だね。せっかく、お気に入りの男性を見つけたのに……」

 セリナとリリが、セルシアの様子を覗き見る。

 どうやら一番カンタロウに好意的だったのは、セルシアのようだ。

 恐らくカンタロウに、最初に声をかけたのも、セルシアなのだろう。

 セルシアは静かに、日傘を下ろした。


「婚約者がいるのでしたら、仕方ありませんわね。ご無礼を失礼致しました」


 丁重にお詫びするセルシア。

「いいえ」

 マリアは静かに、それに答えた。



「カンタロウさん。また今度、一緒にお茶を飲んでくださる? もちろん、マリアさんや皆様も誘って」

「ああ、心配してくれて、ありがとう」



 カンタロウは嬉しそうに、セルシアにニコリと笑う。

 その笑顔を見たセルシアは、一瞬、悲しそうな表情をし、

「良い婚約者ですわね。お幸せになってくださいまし」

「ええ。ありがとう」

「それでは」

 セルシアは踵を返すと、カンタロウ達とは反対の方向に去っていった。

 セリナとリリも、その後ろを追いかける。

 両目を腕でこすっているセルシアに、セリナは優しく背中をなでていた。




「……あれは、本気の恋だったんだねぇ。カンタロウっち、末恐ろしい男だよ」




 ツバメはカンタロウの、女をすぐに本気にさせてしまう、鬼のようなモテ方に身震いした。



「もう! どうしてこんな所に来たの!」



 アゲハはかっかして、カンタロウに大声で問いつめた。

 自分が愛人として相手にされなかった、八つ当たりも入っている。



「気づいたら、ここにいたんだ。この花は確か、母の好きな花に似ているなと。そんな話を、あの子としてた。――好きだって言ってくれたよ、あの子も、この花が」



 カンタロウの言い分を聞き、アゲハは言葉をつまらせてしまった。


 それは中心が黄色く、小さな白い花びらを咲かせた、カモミールの花だった。

 お花畑には、カモミールが一番奥に植えられていた。

 他の花と比べると、地味な印象があるからだろう。

 どうしてセルシアが、この花を好きだと言ったのか、去ってしまった以上、理由を知ることは二度とできなかった。


「マリア」

「はい?」

「すまない。助かったよ」


 カンタロウはマリアに頭を下げた。

「いいえ。どういたしまして」

 マリアもカンタロウと同じく、頭を下げていた。

「よっ! 婚約者同士。再会のチューしたらどうだい?」

「なっ、何を言ってるんですかっ!」

 ツバメが二人をからかうと、マリアはいつもの態度に戻り、真っ赤になった。


 カンタロウは力なく笑い、

「少し。休んでいくよ。宿屋に先に帰っててくれないか?」

「大丈夫なの? また幻覚とか見ない?」

 カンタロウのそばに、アゲハがすぐに近寄る。



「大丈夫だ。さっき――本物の母を見たからな」



「それ幻覚!」

 アゲハがノリツッコミ。

 カンタロウは、重度のホームシック状態になっていた。

「もう! こんな所にいたら、またやっかいなことに巻き込まれるだろ! ほら」

「うん?」

 アゲハはカンタロウの前に、片手を差しだしている。

「ほらっ、宿屋に行くぞ。そこでもう寝てろ」


「――そうだな。すまん」


 カンタロウはアゲハのやりたいことがわかり、その手を取った。手袋をしているが、小さく細い指であることがわかる。

 アゲハはカンタロウの大きな手を握ると、嬉しそうに白い歯をだして笑った。

 マリアはその様子を、ぼんやりと見つめている。

「ふふん。じゃ、行こう」

「ああ」

「あと次からは妹じゃなく。愛人て言えよ」

「嫌だ」

「じゃ、母さん。もしくはママでもいいぞ」

「もっと嫌だ」

 二人は手を繋ぎ合い、宿屋へと歩いていった。

「おやおや。元の鞘に収まったようだね。カンタロウっちも、アゲハには気を許してるみたいだし」



「……そう……ですかね?」



 マリアの苦しそうな声に、ツバメは驚き、その表情を覗いてみた。

 マリアはツバメから顔を隠していた。

 両目は湿っており、手はお互いを握り締め合っている。

 視線は前に行く二人を、必死で見ないようにしている。

 体は小刻みに震え、歩くのも辛そうだった。それは、何かに一生懸命耐えているように見えた。



 ――やれやれ。この子。本気で嫉妬してるよ。



 ツバメは困ったように、頭をポリポリかいた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...